06:うるさーーーーい!!
決して広くはない古守家の居間に、いつもの倍の人数が座卓を囲んで座っていた。半分以上が成人男性のうえ、それぞれが主張の激しい服装をしているせいで余計に居間が窮屈に感じる。
美言の左に神父服のアルトリウス、右に赤いシャツを着たホスト風の金髪男が座っており、狩衣の青年はそのホストを美言から少しでも離そうとして二人の間に割って入るから狭いことこの上ない。軽く睨むと、狩衣の青年はなぜか照れたように笑った。
「……もう何が起きても驚かなくなりそう」
驚くというよりは諦めに近い溜息が美言の唇を割って落ちる。アルトリウスもこの事態を不思議に思っているはずなのに、表情があまり変わらないので彼が何を思っているのかはわからなかった。唯一「ほぉ……」と軽めに驚いたのは雅就で、加代はさっきから忙しなくスマホのシャッターを押し続けている。
「ねぇ……」
「何だ?」
「この二人、どう考えても聖剣とヘイちゃんでしょ?」
コソッと耳打ちするようにアルトリウスに尋ねれば、答えはなぜか右隣から返ってきた。おまけにしれっと肩まで抱き寄せられる。びっくりして顔を上げると、至近距離で目の合った金髪男が、パチンとスマートにウインクを飛ばしてきた。
「さすが僕のハニー。可愛いだけじゃなく聡明なんだね。愛おしいよ」
ぐぐっと距離を詰めてくる金髪男が、慣れた手つきで美言の顎に指を添える。本当にホストみたいな仕草だ。
服装も赤いシャツに金色のネックレスや腕輪をしていて、とても派手な外見である。肩にかかるくらいの金髪は緩くウェーブがかっていて、何というか大人の危険な魅力がだだ漏れているようだ。
外見で言えばそれこそナンバーワンホストの座にいてもおかしくない顔立ちだ。けれどどうしても胡散臭さが先立ってしまい、至近距離で見つめられても美言の胸はドキリともしなかった。
「だ・か・ら! その穢れた手で姫に触れるなでござる!」
美言の顎を持ち上げる金髪男の手をバシンッと叩き落としたのは、さっきから後ろで騒いでいる狩衣の青年である。
艶やかな黒髪を後ろでひとつに纏めているのは、美言も見覚えのある紙垂だ。淡いグリーンの狩衣を着た彼は童顔で、アルトリウスや金髪男と比べると年下のように見える。もっとも、人間の年齢が当てはまるのであればの話だが。
そんな二人が美言を挟んで、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てていた。
「キミこそ、美しくない手でボクに触れないでくれる? 野郎はお呼びじゃねぇんだよ」
「いま何と言ったでござるか! 拙者の手は姫が毎日磨いてくれたありがたき両腕でござるぞ!?」
「ハニーの手を煩わせる両腕なんていらないよね。ボクが叩っ切ってやろうか」
「ほほーぅ? やれるものならやってみろでござる。この無能剣が」
「あぁん?」
「おぬしが聖剣? 笑わせてくれる。姫に振るってもらわねば力を発揮できず、護り手の体に収めなければ力を保てないおぬしなど、図体がデカいだけのなまくらではござらんか」
「魔物に手も足も出ないどころか、アルトリウスに髪の毛引き千切られて転がってたのはどこの誰だっけ? ただの木偶の坊に戻してやってもいいんだよ? クソガキが」
居間にいる誰よりも人間らしく感情をぶちまける二人に、人間である美言たちの方が呆気に取られ、人形のように言葉を失っている。次第に二人の口喧嘩はエスカレートし、やがてそれは美言の取り合いにまで発展してしまった。金髪男に腕を引かれれば、狩衣男が肩を掴んで引き戻す、その繰り返しだ。間に挟まった美言は前に後ろにと激しく体を揺さぶられ、下手をすればさっき食べた朝食がすべてカムバックしそうな勢いである。
「ちょっ、と……待っ……! やめ……っ」
「ボクとハニーの間に入ってくるなんて無粋な男だね。元カレは引っ込んでな」
「拙者と姫はそのような関係ではござらん! 低俗な発想しかできぬとは、憐れみを通り越して同情すら覚える」
「いいから、手を……!」
「女の悦ばせ方も知らないお子様が何吠えても一緒なんだよ、バーカ」
「姫が喜ぶ方法ならおぬしよりも知っている。一杯の茶にはぁと型のすとろぉを差して両側から一緒に飲んだり、鼻頭についたくりぃむを……」
このままだとヘイちゃんの口から余計な性癖まで暴露されそうだ。焦りと恥ずかしさと気持ち悪さで感情が一気に振り切れた美言は、ぶるぶると震える拳をダンっと強く座卓に叩きつけると、声に霊力を込めて腹の底から大声を上げた。
「うるさーーーーいっ!!」
悪霊を鎮めるための言霊が彼らに効くことはないのだが、代わりに襖がびりびりと振動する。アルトリウスと金髪男が目を丸くして驚くなか、狩衣男だけは真っ青になって畳にビタンッと頭を擦り付けた。
「も、申し訳ございませんっ、姫! 拙者、このなまくらから姫をお救いせねばと思って」
「何言ってんの。ハニーはちっとも嫌がってないでしょ。キミの目は節穴なのかい? 右側だけ前髪を長くして変におしゃれしてるから、見えるものもちゃんと見えてないんじゃないの? 背伸びしたい年頃……」
「その口を閉じろっ! なまくらが!」
再び言い合いが始まった二人を無視して、美言はスッと立ち上がると無言で障子を開けた。その背中をアルトリウスの静かな声が追う。
「ミコト、どこへ行く?」
「ちょっと外の空気吸ってくる」
「姫? 拙者もお供致しま」
「ついてこないで」
立ち上がろうとする狩衣の青年を一瞥もしないまま、美言は居間を出るとピシャンっと音が出るほど強く障子を閉めた。そのまま縁側から外に出るまで、「ひ、姫ぇ~~」という惨めな泣き声が途切れることはなかった。




