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31:いくぞ、勇者ミコト

「アルトリウスっ!!」


 ディセリアの上空に眩いばかりの黄金の光が炸裂した。魔王に引き寄せられた瘴気も魔物も、その神聖な輝きを浴びただけで塵と化す。一人残った魔王はそれでもアルトリウスの中にしがみついたまま、苦悶の表情を浮かべて美言みことの方を振り返った。

 美言みことを捉える深紅の瞳が、驚愕と憎悪に見開かれている。彼の目に映っているのは、美言みことの手に握られた聖剣エクスカリバーだ。


「おのれ……っ、小娘がぁぁ!」


 剣を向けて降下する美言みことを、魔王は避けることが出来ない。ヘイちゃんが背中にがっちりとしがみついているからだ。自由を奪われてもなお足掻く魔王が、詠唱もなしに自身の前に防御結界の青い魔法陣を展開させた。


『問題ない。ボクを信じて突っ切って』


 心の中で、美言みことは何度も何度も同じ言葉を繰り返した。

 

(大丈夫。きっとできる。魔王を倒して、アルトリウスを取り戻すんだ)


 言霊は、力だ。

 望む未来を自ら引き寄せることのできる、最高の――それはきっと、現代を生きる美言みことたちが扱える魔法なのかもしれない。


「アルトリウス!」


 声が届くように。

 そう願いながら名前を呼んだ。


「戻ってきて! 一緒に……帰ろう!」


 砕け散った魔法陣の破片が、まるで星屑みたいにきらきらと舞う。青く儚い輝きが降り注ぐなか、アルトリウスの体が大きく弓なりに仰け反った。その左胸、彼の心臓に深く突き刺さっているのは――美言みことが持つ聖剣エクスカリバーだった。


「おの、れ……っ。我は魔王、ぞ……。こんな……っ、こんな小娘にっ!!」


 背中のヘイちゃんを振り落として、魔王が胸を突き刺す聖剣の刃をギリッと掴んだ。アルトリウスの手のひらが切れ、鮮血が飛び散る。その鮮やかな赤を目にして、美言みことは確信した。

 心臓を貫く聖剣からは、血の一滴も流れていない。ということは美言みことたちが考えていたようにアルトリウスはまだ護り手として存在しており、聖剣の刃が彼の心臓を貫くことはないということだ。


「ガリバー! アルトリウスの中へ戻って!」


 美言みことがそう叫ぶと、右手から柄の感触が消えた。おぼろげな靄のようにすぅっと形を崩した聖剣が、そのまま光の粒子となってアルトリウスの胸の中へ吸い込まれてゆく。完全にすべての光がアルトリウスの中へ戻った瞬間――。


『オオォォ……――――っ!!』


 大地を揺るがすほどの低い戦慄き声が、空をも震わせて響き渡った。

 アルトリウスの体の中から、漆黒の瘴気が弾き出される。その中にギラリと光る深紅の眼球が、憎々し気に美言みことを睥睨して――そしてその体を奪おうと細長く変形させた瘴気の触手を一斉に伸ばしてきた。


『このままでは消えぬ……。消えぬぞ! お前の体を、魂をよこせぇぇ!』

「……っ!」


 ヘイちゃんは魔王に振り落とされ、聖剣はアルトリウスの体内へ戻している。美言みことは今、身を守る武器を何一つ持っていない。

 視界が真っ黒に染まる。上空で身動きも取れず、ただ落ちていくだけの美言みことの体に、魔王の瘴気が覆い被さった。


 掴み取ったと思った希望が、一瞬で絶望に塗り替えられる。

 視界を覆う瘴気の黒が、美言みことの心まで闇に染め上げてゆくようだ。

 けれども――。

 その絶望の闇にきらりと輝く美しい銀色の光を、美言みことは、確かに見た。


「ミコト!!」


 懐かしい声と共に、体がくんっと引き寄せられる。

 絶望の闇から抜け出した美言の視界に、美しい銀髪が揺れていた。


「……アルトリウスっ!!」


 体に伝わる熱も抱きしめられる感触も、二人で聖剣を持って戦ったあの時と同じだ。いつの間にか懐かしいと感じるほどに美言の体に馴染んでしまったアルトリウスの感触に、美言の視界が思わず涙に滲む。その一粒が頬を滑り落ちる前に、アルトリウスの長い指が美言の目元を優しく拭った。


「すまない。迷惑をかけた」

「そんなこと……」

「ミコト」


 美言みことの声に被せるようにして、アルトリウスが静かに名前を呼んだ。


「まだ戦えるか?」

「……もちろん!」


 しっかりと頷いて、美言みことはアルトリウスの左胸に手を当てた。ずぷりと沈み込む右手に、再び掴んだ聖剣を一気に引き抜く。その手を上からアルトリウスに握られた美言みことは、初めて戦った時と同じように背中からふわりと抱きしめられた。

 何だか少しだけ胸がくすぐったい。魔王を前にしているのに、美言みことの心はとても穏やかだった。


「いくぞ、勇者ミコト」

「まかせて!」


 そう強気に返事をしてみせると、耳元でふっと笑みをこぼす声がした。


 タンッとアルトリウスが空を蹴って軽やかに舞い上がる。

 重なり合った右手に宿るのは、二人分の力だ。霊力と魔力。勇者と護り手の力。そして美言とアルトリウスの思いを乗せて。

 黄金の輝きを放ちながら振り下ろされた聖剣エクスカリバーの刃に、魔王の魂は、真っ二つに切り裂かれて――そして、断末魔の悲鳴もなく静かに崩れて消えていった。



 美言みことが覚えているのはここまでだ。

 次に目を覚ました時、美言みことは豪華な天蓋付きのベッドの中でフリフリのネグリジェを着て横になっていた。

 その後、部屋にやってきたメイドたちによって綺麗に着飾られ、何もわからぬまま城のバルコニーから群衆に向かって手を振ることになってしまった。隣にアルトリウスがいてくれたので安心はしたが、ゆっくりと話す時間もないまま夜を迎えている。


 体は疲れを感じているが、このまま寝てしまっていいものかどうか迷うところだ。現代では雅就まさなりたちが首を長くして待っていることだろう。まさかディセリアに二泊もするなんて、完全に想定外である。けれども魔王討伐に沸く群衆を前に勇者不在では話にならないと、美言みことはマ・ドゥーシやディセリア王に言いくるめられてしまったのだった。


「うぅーん……どうしよ」


 王国は今日から一週間ほど魔王討伐を祝う祭りがおこなわれるという。せめてそれが終わるまではディセリアに留まってほしいと懇願されたが、現代の両親のことも放ってはおけない。こちらの状況を知らせる手段があれば、美言みことも安心して初の異世界を心置きなく楽しめるのだが。


「マ・ドゥーシさんに、何かそれらしい魔法がないか聞いてみようかしら」


 このままでは気になって眠れもしない。美言みことはベッドを抜け出してショールを羽織ると、マ・ドゥーシに会いに部屋を出た……ところで、アルトリウスにぶつかった。


「ぶっ!」


 ちょうど扉の前にいたアルトリウスに顔面から飛び込む形になってしまい、したたかに鼻を打つ。


「すまない。大丈夫か?」

「……痛い」

「見せてみろ」


 そう言ったアルトリウスが、身を屈めて顔をぐっと近づけてきた。いきなり眼前に整いすぎた美貌が飛び込んできたので、美言みことは思わず「ひゃっ」と奇声を上げて上半身を仰け反らせた。


「だいじょぶ! 問題ない!」

「……そうか?」

「と、ところでこんな時間にどうしたの? 何かあった?」

「あぁ……そう、だな……」


 歯切れ悪くぽつりと呟いた後、アルトリウスはしばらく美言みことから視線を逸らして黙ってしまった。もしかして、魔王に乗っ取られた後遺症みたいなものがあるのだろうか。心なしか顔が赤く見えて、熱があるのかもと心配になる。

 おでこを触ってみようかどうしようかと迷っている間に、なぜかアルトリウスは自身が着ている神父服キャソックの上着を脱いで、それを美言みことの肩に羽織らせてきた。


「……そんな姿でうろつかれては困る」

「ふへっ!?」


 想像もしていないときめき爆弾を落とされて、美言みことの口から色気のない声が出てしまった。アルトリウスの顔が赤く見えたのは、熱があるからではなく……薄手のネグリジェとショールを羽織っただけの姿に、もしかしてほんの少しでもドキドキしてくれたから、なのだろうか。そう思った瞬間、美言みことは全身の血が一気に頭に上っていくのを感じた。


「ミコトは、どこへ行こうとしていた?」

「えっ!? あぁ! 私はちょっとマ・ドゥーシさんのとこに……。お父さんたちに現状を伝える魔法がないかどうか聞いてみようかなって」

「それなら問題ない」

「え?」

「明日、ヘイちゃんに先に戻ってもらうよう頼んできた。マ・ドゥーシにも、そう伝えてある」


 そう答えたアルトリウスに、美言みことは目を丸くした。ヘイちゃんは、美言みことの相棒でもある。そのヘイちゃんに美言みことを通さず先に帰るよう頼んだアルトリウスにも驚いたし、美言みことの返事を聞くことなく判断したヘイちゃんにも驚いた。


「アルトリウスが、ヘイちゃんに? お願いしたの?」

「勝手に決めて悪かったとは思っている」

「あ、いや、別に怒ってるんじゃないんだけど……びっくりしたって言うか……。だってあなた、今までそういうわがままとか自己主張、あんまりしてこなかったし」

「そう、だな。……自分でも、おかしい気がする」


 かすかに眉間に皺を寄せたアルトリウスが、胸元を抑えるようにしてキュッと服を掴んだ。


「だが……こんな機会はもう二度とないだろうと、そう思ったら、自分でもわからないうちに動いていた」


 胸から外した手で、今度は美言みことの手を握ってくる。その指先が、ほんの少しだけ震えているような気がした。


「俺がいたこの世界を、ミコトに見せたいと……思った。だから明日一日、お前の時間を俺にくれないか?」


 目の前のアルトリウスが、赤いバラを背負っている――ように見えた。天使の鳴らす鐘の音色の幻聴まで聞こえてくる。

 視覚も聴覚も、もはや感覚まで麻痺しかけた美言みことは、壊れたロボットみたいにガクガクと頷くしかできなかった。




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