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30:姫! ご武運を!

 その後、美言みこととポリン族の青年は秘密裏に城を出て、馬で城下町へと降りて行った。当然二人乗りが精一杯だったので、ガリバーとヘイちゃんは聖剣と御幣ごへいに戻ってもらっている。

 ディセリア王とマ・ドゥーシは城に残って指揮を執る。けれど計画のすべてを明かすことはしないという。どこから話が漏れるかわからないからだ。ただ美言みことという勇者の存在はもうすでに皆が目にしていたので、ただ「勇者が魔王を倒すまで持ちこたえろ」とだけ告げることにしたようだ。


 ポリン族の青年と共に馬に乗って走っている間、美言みことはずっと胸の奥に何か言葉にできない感情がつっかえているのを感じていた。

 初めて乗った馬の背中は想像とまるで違った。ファンタジー世界に聖女として召喚された現代ヒロインが、ヒーローと一緒に綺麗な花の咲く丘の上を馬で駆けるなんていう甘い現実はどこにもない。ただただ、お尻が痛かった。

 憧れが、ひとつ、終わった気がした。


「マ・ドゥーシ、様、言う、場所、ここ」


 ポリン族の青年が馬を止めた場所は、城下町の中心部にあるシンセェナ教会管轄の大聖堂の前だった。千年以上続く歴史ある大聖堂で、マ・ドゥーシの話だとシフィルが魔王と共に異世界《現代》へ消えた後、アルトリウスが身を寄せた場所でもあるらしい。

 もしかしたらここで護り手になるための修行なども行っていたかもしれない。そう思うと、また胸の奥がキュッと締め付けられるのを感じた。


 美言みことたちが馬から降りるのを見計らったかのように、大聖堂の中からひとりの男性が姿を現した。アルトリウスと似た神父服キャソックを着ているその男性は神官長を名乗り、美言みことの持つ聖剣を見ると深々と頭を下げた。


「マ・ドゥーシ様からお話は伺っております。どうぞ」


 美言たちが案内されたのは大聖堂の中ではなく、敷地内の前庭にあたる場所だった。人の影はなく、辺りはとても静かだ。

 馬で城下町を走ってくる時にも、そういえば人の姿は見なかった気がする。魔王襲来の危険性もあり、ディセリア王が家の外に出ないよう命令を出しているのかもしれない。


「その剣……本当に勇者様なのですね」


 持ち運びのために刃に巻いていたバスタオルを外していると、神官長の男性が感嘆の溜息をこぼしてそう呟いた。


「私たちは代々、眠りについた聖剣の護り手様を見守ってきました。勇者様不在の間、護り手様はこの国を生きるすべての人々の希望でした。聖剣エクスカリバーがある限り、勇者は必ず現れる。私たちの願いをその身に受け、護り手として希望を体現して下さったアルトリウス・ヴィルオルセン神父様。どうか彼を、魔王の手から救って下さい」


 アルトリウスは以前、この世界に大事なものは何もないと言っていた。けれどディセリア王も神官長も、直接話したことすらないアルトリウスのことをこんなにも気にかけている。

 アルトリウスはたった一人きりで長い時間を生きてきたけれど、少なくともこの時代に彼をただ聖剣を守るための道具だと思っている人物はひとりもいない。それを早くアルトリウスに伝えてやりたいと思った。


「もちろんです。アルトリウスは必ず連れて帰ります!」


 そう自分自身にも誓って、美言みことは聖剣を強く握りしめた。


「準備、いいか?」


 ポリン族の青年はいつの間にか鎧を脱ぎ去っており、なぜか上半身は裸になっていた。美言みことと神官長が呆気に取られている間に、最後の砦である下半身の衣服にまで手をかけようとしていたのだが、そこは危険を察知したヘイちゃんが人型になって未然に防いでくれた。


「ここ、マ・ドゥーシ様、言った、場所。頭上、魔王、いる」


 ポリン族の青年が指差した方を見上げると、はるか上空に漂う黒い靄の中に小さな人影が見えた。


「そろそろ、始まる。城の、総攻撃」


 事前の打ち合わせ通り美言たちが大聖堂に到着する時間を見計らって、城の方からついに攻撃が開始された。国を守る結界に、まるで花が咲くように幾つもの魔法陣が浮かびあがる。そこから放たれた攻撃魔法は多種多様な属性を纏い、一斉に魔王へと襲い掛かってきた。

 突如として耳を劈くほどの轟音が響き渡った。街は大きく縦揺れし、マ・ドゥーシの結界に守られているはずなのに石畳や塀に深い亀裂が走ってゆく。美言みことたちがいる前庭に植えられていた木も、ぶつかり合う魔力の波動に耐え切れず、枝がひとりでに折れてしまった。


「勇者、俺、いつでも、いい」


 その場で屈伸運動をしていたポリン族の青年は体も十分に温まったようで、頬もかすかに上気しているのが見て取れた。

 城からの攻撃が始まったら、その後は美言みことの出番だ。マ・ドゥーシたちの攻撃を迎え撃っている魔王の背後に跳んで、アルトリウスの心臓を聖剣エクスカリバーで一気に貫く。

 チャンスは一回きり。この一瞬、一撃に、すべてを賭ける。


「お願いします!」


 ポリン族の青年にお辞儀をして、美言みことは彼の方へ進み出た。その後を追って、なぜかヘイちゃんも駆け寄ってくる。


「姫。拙者もお供致します」

「え?」

「姫がちゃんと使命を全うできるよう、拙者が魔王を足止めするでござる」

「足止めって……」

「空中で、こう! こうやって、更にこう! そして完全に動きを封じてみせるでござる。さすれば姫も楽に剣を突き刺せるでござる」


 いつものヘイちゃんとは思えないほど、身振り手振りがとても激しい。狩衣がばっさばっさと揺れている。一瞬どうしたのかとびっくりしたが、ヘイちゃんはヘイちゃんなりにアルトリウスを心配しているのだろう。

 ヘイちゃんの真摯な願いを拒否する理由はどこにもない。それにずっと一緒にお祓いをしてきたヘイちゃんがそばにいれば、この一世一代の魔王退治も難なくこなせるような気がした。


「わかった。一緒に魔王を倒そう! ヘイちゃん」

「承知!」


 当初の予定より一人増えたが、ポリン族の青年はなぜか得意げに頷いた。


「問題、ない。俺、筋肉、強い!」


 自慢の筋肉を披露できるのがうれしいのか、ポリン族の青年は片腕に一人ずつ抱えると、助走の屈伸を開始した。

 最初は膝の曲げ伸ばしだけだったものが軽いジャンプに代わり、その高さは次第にそばにいた神官長の背丈を優に超えていく。二人分の体重に加えてガタイのいいポリン族の青年が、固い石畳に着地するのだ。相当の衝撃があるのだろうと危惧していたが、美言みことの予想に反して着地は穏やかで、かつ全身を包み込むような柔らかな弾力も感じた。

 まさにトランポリンの上で跳ねているかのようだ。ポリン族の足腰に、衝撃を和らげる不思議な器官でもあるのだろうか。


 やがて美言みことたちは大聖堂のてっぺんくらいまで跳ね上がった。一瞬の無重力の後、ポリン族の青年が言った。


「次、最後! 魔王、背後、取る!!」


 急降下し、石畳の上に着地したポリン族の青年の両足に、ビキビキッと太い血管が浮かび上がる。滾る血が両足に集中し、まるで火を噴く勢いで真っ赤に染まったかと思うと、それまでとは桁違いに速いスピードではるか上空まで一気に跳ね上がった。


「姫! ご武運を!」


 そう叫んだヘイちゃんが先に魔王めがけて投げ飛ばされた。無事にアルトリウスの背中に張り付いて、彼の自由を奪う姿が確認できる。


「行け、勇者! 魔王、倒せ!」

「はい!」


 強く叫んで、聖剣を握りしめる。体の中に感じる勇者の力を最大限高めて、右手から聖剣へと惜しみなく注ぎ込んだ。


『あぁ……最高だよ、ハニー。それでこそボクの勇者だ』


 ぶおん、と、耳のそばで風が唸る。

 次の瞬間、美言みことは聖剣を大きく振り上げながら、ディセリアの空を舞った。



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