28:どうやって助けるつもりだ?
「マ・ドゥーシ様! 結界の一部が破られました!」
マ・ドゥーシのそばまで駆け寄ってきた一人の騎士が、ほとんど叫ぶようにしてそう報告してきた。
「狼狽えるでない。結界の核は問題なく機能しておる。おぬしらは結界周辺に配備した魔道士たちの護衛に回るのじゃ。急げ!」
「はっ!」
一気にホールが騒がしくなる。美言たちを囲んでいた騎士や魔道士たちは、各々武器を取って持ち場に戻っていく。崩壊した壁は魔道士たちが即座に魔法で修復を始めており、騎士たちは一部を残してホールから外へ出て行ってしまった。
「勇者よ。こちらへ」
ディセリア王とマ・ドゥーシに促され、美言は別室に案内された。ヘイちゃんと、人型に戻ったガリバーも一緒だ。
部屋の中には大きな机が置いてあり、その机の上には精巧に作られた箱庭が置かれている。巨大な城や庭園、大聖堂らしき建物に城下町が配置された箱庭は、おそらくこの城の周辺を模していると思われた。箱庭の中にはビー玉くらいの青い石が幾つか置かれており、そのうちのひとつ、城に配置されている石だけがゆっくりと点滅を繰り返していた。
「マ・ドゥーシ。結界の核は?」
「大丈夫じゃ」
王様に問われたマ・ドゥーシが箱庭の上に手をかざすと、しばらくして城の近くに置かれていた青い石が点滅を止めた。
この箱庭に置かれた青い石が、さきほど言っていた結界の核なのだろう。ここが無事である限り、結界は何度でも張り直されるという仕組みだ。
「さて、勇者よ。ひとつ、確認をしておきたいのだが」
そう切り出したディセリア王の表情は、なぜか少しだけ硬く見えた。
「君はさっき、アルトリウス・ヴィルオルセンを助けたいと言ったが……彼は魔王の魂に体を乗っ取られている。どうやって助けるつもりだ?」
「どうって……」
ディセリア王に指摘され、美言は言葉に詰まった。アルトリウスを取り戻したい一心でここまで来たが、そういえば具体的な計画はないにも等しい。とりあえず魔王を倒せば戻ってくるだろうと考えていたが、ディセリア王の表情を見るに、そう簡単な話ではないのだろうか。
「魔王を倒してアルトリウスを取り戻すことは……難しいんですか?」
「難しいというか……魔王を倒すには聖剣エクスカリバーが必要だ」
「……え? はい、そうですね」
「ちなみにだが、君はどうやって魔王を倒そうと思っている?」
「聖剣で」
「聖剣で?」
「グサリと」
「……」
「……?」
「「死ぬだろ!!」」
ディセリア王とマ・ドゥーシの声がおもしろいくらい綺麗に重なった。
「待て待て! 君はアルトリウス・ヴィルオルセンを助けたいのだろう!? それでは逆に死んでしまうではないか! いや、君がいいなら彼を犠牲にして魔王を倒すことに反対はしないし、たぶんそっちの方が確実に魔王を倒せるだろうから、我々はむしろそちらの方法で世界を救おうとしていたのだが?」
「えっ!? アルトリウスを殺そうとしてたんですか!」
「それは君の方だ!」
「そんなことしませんってば!」
お互いの話が噛み合っていないことは何となくわかった。けれど、どう説明すればうまく伝わるのか、焦れば焦るほど言葉が何も出てこない。
「姫、落ち着くでござる」
スッと隣からヘイちゃんの腕が伸びてきたかと思うと、リュックの中にしまってあったはずの水筒を手渡された。中には冷たい麦茶が入っている。
「加代殿が用意してくれたお茶でござる。これを飲んで、気持ちを整理するといいでござる」
さすがに王様の前で水筒の麦茶を飲むのは気が引ける。けれど王様が無言で頷いたので、美言は厚意に甘えて水筒の蓋を開けた。
実を言うと少し喉が渇いていたのでありがたい。ゴクゴクッと一気に二口ほど飲むと、冷たい麦茶が美言の思考をさっぱりクリアにしてくれた。
そこでもう一度、美言は自分が思っている「アルトリウス救出作戦」を頭の中で反芻してみることにした。
アルトリウスは聖剣の護り手だ。その彼の体の中に、聖剣でしか倒せない魔王の魂が入っている。ならば彼の体に聖剣を戻す感覚で突き刺せば、魔王の魂を消滅させることが出来るのではないか。万が一消滅できなくても、聖剣を嫌がった魔王がアルトリウスの中から出て行ってくれれば……とも思っていたりする。
美言のやり方だと、アルトリウスは死なないはずだ。それとも何か、美言の知らない護り手の秘密みたいなものが存在するのだろうか。
そうかすかに不安を覚えながら自分の考えを説明すると、ディセリア王とマ・ドゥーシは二人して驚いたように目を瞠ったのだった。
「もしや勇者殿は、護り手からまだ力を譲り受けておらんのか?」
マ・ドゥーシの発言に疑問を持ったのは美言だけではなかった。ディセリア王も初めて聞いたように、マ・ドゥーシの方を振り返っている。
「どういうことだ? マ・ドゥーシ」
「聖剣の護り手は次の勇者が見つかるまでの、謂わば繋ぎ役じゃ。新たな勇者に聖剣を引き継いだ後は、その役目を終えて、生身の人間に戻るはずなのじゃが……。勇者殿の話を聞いていると、どうにもまだ護り手アルトリウス・ヴィルオルセンはその役目を終えておらぬようじゃ」
「人間に……戻る……?」
聖剣の護り手となったその代償に、アルトリウスは自身の時が止まったと言っていた。聖剣の……神の力の残滓がアルトリウスの時を止めているとするのなら、彼の体からその原因をなくせば再び時が動き出すということか。
ちらりとガリバーを見ると、「そうだけど、何か?」とでも言いたげな表情を浮かべていた。
「え!? 何、そういう話だったの? ガリバーってば、そういうことはちゃんと話してよ!」
「えぇー? だってハニー、最初は全然ボクのこと持てなかったでしょ。アルもキミのサポートするの楽しそうだったし、このままでもいっかなって」
「楽しそう……」
あのバックハグ戦闘を楽しんでいたのかと思ったら、なんだか胸の奥がほわほわとあたたかい色に染まってゆく。口元まで緩みそうになったので、美言は慌てて唇キュッと噛み締めた。
「どちらにしろアルの時間のことは差し迫った問題でもなかったしね。ハニーが勇者として成長する方を優先したってわけさ。まぁ、正直アルの時間が止まってても動いても、ボクには興味ないんだけど」
「本音がポロリと出ているでござるぞ」
「ハニーが一人前の勇者になったら、その時にちゃんと話そうとは思ってたよ。たぶんアルも、近いうちに体に残ってるボクの残り香をキミに渡そうとしたんじゃないかな。でもそうする前に、魔王が復活してしまったってわけさ」
「残り香というより残りカスでござろう」
「あぁん? 何か言ったか、木偶の坊が」
「ケンカしないで!」
一国の王の前でもこの二人は通常運転である。そもそも彼ら……主に聖剣が人型を取っていることも、ディセリア王たちからすれば不思議な事案だろう。いろいろと説明しなくてはいけないことも多いはずなのに、ディセリア王たちは意外とすんなり目の前の現状とガリバーの言葉を受け入れてくれたようだった。さすがは魔法あふれる異世界。不思議なことには慣れているのかもしれない。
「要約すると、勇者殿は護り手の体に残る聖剣の力の残滓をまだ受け取っておらんということじゃな? したがってアルトリウス・ヴィルオルセンは、まだ聖剣の護り手として存在しており、その体に剣を突き刺しても死ぬことはない……と」
「そう、です。たぶん! そうだよね、ガリバー!」
「残念だけどそうだね。ボクとハニーはまだ完全にひとつに溶け合っていな……ふがっ!」
「大丈夫ですっ!!」
またよからぬことを言いそうだったので、美言は慌ててガリバーの口を手で塞いだ。
「なるほど。合点がいった。であれば、君が言ったように護り手アルトリウス・ヴィルオルセンを殺さず、魔王だけを消滅することが可能なのかもしれない」
「本当ですか!」
「長い間一人で聖剣を守り続けてくれた彼を、我々もできれば見捨てたくなかったのだ。しかしディセリア王として、我は国を、民を守らねばならぬ。だから……彼の命で国が守られるのなら間違いなくそうしていた」
国と民を背負う王の気持ちを、美言は何となく理解はできても、素直に受け止めることはできなかった。自分が、アルトリウスを救いたいと願う側だからだ。
立場が違えば、選べる選択肢も変わる。ディセリア王を責めるつもりはなかったし、たとえ自分の主張が通らずとも、美言は美言のやり方でアルトリウスを救おうとしただろう。
今回はたまたまうまく、互いの進む道が重なっただけだ。ならばこの幸運に感謝して、美言はアルトリウスを救うために全力をぶつけるだけだ。
「王として、謝罪はできぬ。……その代わり君が魔王を倒し彼を救出できるよう、我々は全総力を持って協力することを約束しよう」
「王様……! ありがとうございます!」
ディセリア王が差し出してきた手を取り、美言は固く握手を交わした。
異世界ディセリアの王と、現代を生きる古守白狐神社の巫女。時空を超えた「アルトリウス救出&打倒魔王」の同盟が今ここに結ばれた。




