27:ボクのハニーに何してくれてんの
どぉん、と何かが破壊されていくような音にパッと目を開くと、そこはもう神社ではなく、見知らぬ建物の中だった。石造りの床や壁は白みがかっていて、窓がないのに部屋全体はほのかに明るく感じた。
床の上にぼんやりと光るのは、神社にあったものと同じ青白い魔法陣だ。とすれば、美言たちは無事にディセリアへ来ることができたということだろうか。
けれど部屋の中を見回しても、アルトリウスはおろか人っ子一人いない。美言とヘイちゃん二人だけが、床の上に座り込んでいるだけだった。
「ここはどこなのかしら」
「姫。あそこに扉があるでござる。まずは拙者が外の様子を見に……」
「一緒に行くわ。それにここが安全かどうかもわからないし」
美言が立ち上がると、またどこかで地響きみたいな音が響いた。天井からはパラパラと小さな石くずが落ちてきて、明らかにこの建物のどこかが崩れていることがわかる。それに知らない場所で離ればなれになるのは怖かった。
「では、姫は拙者の後ろに」
恐る恐る扉を開くと、青い絨毯を敷き詰めた長い廊下に出た。右にも左にも人影はなく、とりあえず音が聞こえる方へと進むことにする。廊下にも窓はなく、光源は壁に取り付けられている高級そうなランプの明かりだけだ。炎のようだが、よく見ると何かの鉱石自体が光を放っている。現代にはない技術に、美言は改めてここが本当に異世界であることを実感した。
突き当りの階段を上ると、ようやく日の光が差し込んできた。長い廊下には窓が並んでいて、その向こうには緑が見える。中庭だろうか。色鮮やかな花が咲き乱れているのが確認できた。
人の姿はまだ見当たらないが、騒がしい気配が廊下の先の扉から伝わってくる。飛び交う怒号のような声に、何か金属が擦れるような音もする。
人差し指を唇に当てたヘイちゃんが、静かにするよう目配せしてから少しだけ扉を開く。その隙間から覗いた扉の向こう、そこに広がる光景に美言は目を瞠った。
まるで洋画やゲームの中で見るような豪華絢爛な城のエントランスホールに、甲冑姿の騎士やローブを纏った魔道士らしき人物が何やら慌ただしく動いている。その中で一番偉そうに見えるのは、ファーの付いたマントを羽織り、頭に金色の冠を乗せた中年の男だ。見るからに国王風の男のそばには、これまた鉄板っぽい見た目の長い白ヒゲを生やした老齢の男性が、かっこいい杖を振って皆に何か指示を出している。
「王様と、筆頭宮廷魔道士っぽいわね」
「さすが姫。あーるぴぃじぃげぇむの知識が活きているでござるな」
「王道っぽい世界観だからなんとなくわかるだけよ。それよりヘイちゃん、何かヤバそうな雰囲気じゃない?」
「そうでござるな。あの中に護り手殿もおらぬゆえ、廊下の窓から外に出て情報を集めた方がよさそ」
「何者だ!」
ヘイちゃんの声を遮って、鋭い男の声がした。同時に扉を全開まで開かれて、美言はヘイちゃんと一緒にエントランスホールの床に倒れ込んでしまった。
「きゃっ!」
倒れた拍子に、聖剣が床にくるくると転がっていく。それを見た騎士たちが、一斉に武器を構えて美言たちを円形に取り囲んだ。
「こいつ、武器を持っているぞ!」
「魔王襲撃に乗じて陛下の暗殺を狙う不届き者か!?」
「珍妙な服を着ている。人間の姿に化けた魔族かもしれん。油断するな!」
向けられる剣や槍の先から美言を庇うように、ヘイちゃんが両手を広げた。
「物騒なものを向けるなでござる! 姫は勇者でござるぞ!」
「勇者だと!? そんな貧相な女が勇者であるはずがないだろう。勇者を騙り、我々の隙を狙ったつもりか! 卑しい魔族め」
「魔族なんかじゃありませんっ! 私たちはアルトリウスを助けに来たんです!」
話を聞いてくれる雰囲気がまるでない騎士たちに、美言はつい語気を強めて叫んでしまった。その拍子に空気がびりびりと震え、騎士たちが驚いたように後ずさる。意図せず乗った言霊の力は騎士たちの動きを止めるものではなかったが、それでも何かしらの力の波動はしっかりと伝わったようだった。
ヤバい、と思った時にはもう遅く、未知の力に怯えた騎士らが一斉に武器を構えて襲い掛かってきた。
「姫っ!」
迫り来る刃から美言を守るようにして、ヘイちゃんが覆い被さってくる。
「ヘイちゃん!」
その肩越しに、鉛色の刃が振り下ろされ――。
『まったく……ボクのハニーに何してくれてんの。この下衆どもが』
低い声が聞こえかと思うと、エントランスホールを丸ごと覆い尽くす勢いで黄金の光が炸裂した。その光が収まらぬ中、コツ……と床を鳴らす乾いた靴音が響く。と同時に、美言は誰かに腕を引かれて抱き寄せられていた。
「……っ、ガリバー!」
薄れていく光の中で、見覚えのある顔がウインクを飛ばしてくる。たった一日も過ぎていないのに、その軽薄な笑みがひどく懐かしい。
「遅くなってごめんね、ハニー。ケガはないかい?」
「大丈夫。ヘイちゃんが守ってくれたから」
「へぇ。棒も役に立つことがあるんだね」
「おぬしはもう少し早く出て来んか! 危うく串刺しになるところだったでござるぞ!」
「色男は遅れて登場するのがセオリーなのさ」
「おぬしの場合はただの色狂いでござろう? いつまでも姫を触っていないで、さっさと手を離すでござる!」
二人のやり取りにホッとしていたのも束の間、美言たちを囲む騎士たちは一人増えたガリバーを見て更に不信感を抱いたようだった。ガリバーの黄金の光を何かの術と思ったのか、今度は魔道士たちも集まって何やら呪文を唱え始めている。
「何? このボクとやり合うつもりなの? 力の差も測れないキミたちが王国騎士団を名乗るなんて笑えるんだけど」
「貴様……っ!」
カッとなった騎士の一人が、今まさに剣を振り上げようとしたその瞬間。
「待て!」
力強い低音の声が響いたのと同時に、騎士や魔道士たちの手から一斉に武器が弾き飛ばされた。何が起こったのか、美言たちはもちろん、騎士たちにもわかっていない。ただどよめく騎士たちの意識はもう美言たちではなく、彼らの背後――ゆっくりとこちらへ近づいてくる二人の人物に注がれていた。
金色の王冠を乗せた中年の男性が軽く手を横に払うと、美言たちを取り囲んでいた騎士や魔道士が引き潮のように下がっていく。王様であろう男性の一歩後ろに控えていた白ヒゲの魔道士が杖を振ると、床に散らばっていた武器がふわりと浮いてホールの端へひと塊にされた。さっき騎士たちの武器が勝手に飛んでいったのは、おそらく彼のしわざなのだろう。とすれば、美言たちを助けてくれたことになる。わずかな期待を込めて二人を見ると、王様のエメラルドみたいな瞳が美言を値踏みするように凝視してきた。
「いくらディセリアの王だからって、ハニーに色目を使うのはいただけないね」
「あれは色目ではなく疑念の目でござる」
「どっちでもいいよ。ハニーを見つめるのはボクひとりでいいからね」
「ガ、ガリバー。少しおとなしくしてよう? 相手が王様ならなおさら……」
「関係ないよ。ボクの主はキミだけなんだから」
ガリバーが復活して助かったのも束の間、今度はそのガリバーの言動が原因で不敬罪として投獄されるのではなかろうか。そんな未来を一瞬でも想像してしまい、美言は無意識に霊力を体の奥で練り始めた。異世界人に言霊の効果は薄いだろうが、それでも一瞬くらいなら動きを封じることはできるだろう。
そう密かに決意した美言の前で、王様と何やらこそこそと話していた白ヒゲの魔道士が厳かに前へと進み出てきた。
「私は宮廷魔道士のマ・ドゥーシじゃ。いくつか質問したいのじゃが、よいかの?」
穏やかな声とは反対に、美言を見つめる瞳には鋭利な光が宿っている。まるで逆らうことを許さない雰囲気に、美言はおずおずと頷いていた。
「時間がないので単刀直入に聞くが……おぬしらとアルトリウスはどういう関係じゃ?」
「……っ! アルトリウスを知ってるの!?」
「無論じゃ。アルトリウス・ヴィルオルセン。彼は我ら魔道士とシンセェナ教会の管理下にあった、聖剣の護り手じゃ。その護り手の名を、なぜ侵入者のおぬしが知っておる? 助けるとはどういうことじゃ?」
「アルトリウスは……魔王の魂に体を乗っ取られて……。私たちはその魔王からアルトリウスを助けるために七楽町……えぇーと、こちらの世界基準で言えば異世界? からやってきました」
美言が簡潔に説明すると、白ヒゲ魔道士のマ・ドゥーシが驚いたといわんばかりに目を大きく見開いた。
「アルトリウスは勇者に呼ばれ、異世界へ消えたと報告を受けていた。とすれば、おぬしは勇者に選ばれし者、ということになるな」
「信じてくれるんですか……?」
「先程床に転がった黄金の剣に、わしは見覚えがある。あれは確かに聖剣エクスカリバーじゃった。……しかし、おぬしの言葉を完全に信じることが難しいのも事実。なぜなら異世界で聖剣を奪った不届き者の可能性もあるからじゃ」
「だったらその曇った目にしっかりと焼き付けるといいよ」
そう言ったガリバーが、不意に美言の手を握ってきた。振り向きざまにパチンとウインクを飛ばされた後、ガリバーの体は黄金の光に包まれてゆく。光に照らされた影は見る間に形を崩していき、やがてガリバーはマ・ドゥーシたちが凝視する中、その姿を聖剣エクスカリバーへと変化させた。
「おぉ……! これはまさしく、聖剣エクスカリバー! 何と神々しき輝きか」
これ見よがしにビカビカと光り輝く聖剣を目の当たりにして、マ・ドゥーシをはじめ、騎士や魔道士たちが一斉に美言に対して頭を垂れた。その中で唯一ディセリア王だけが、美言をまっすぐに見つめていた。
「先程の非礼を詫びよう、勇者よ。いま王国は敵の襲撃を受けていて、皆気が立っているのだ」
ディセリア王の言葉を肯定するように、また建物を揺らして大きな音が響いてきた。
「城にはマ・ドゥーシらが結界を張っているが、それもいつまで持つかわからない。我らは突然現れた敵に不意を突かれ、急ぎ対策を練っているところであった。そこへ勇者が聖剣と共に現れたことはまさに奇跡としか言いようがない。勇者よ。どうかその聖剣エクスカリバーで、我が国を救ってくれ」
「……もしかして、国を襲ってる敵って……」
「勇者の話から察するに、魔王に体を奪われた聖剣の護り手――アルトリウス・ヴィルオルセンに間違いないだろう」
その瞬間、今までで一番大きな轟音が響いたかと思うと、エントランスホールの壁の一部が豪快に吹き飛んだ。




