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23:全部終わったらいろいろ聞かせて

 翌朝、美言みことは自室で目を覚ました。布団の中が少しだけ窮屈に感じる。寝ぼけ眼で身じろぎすると、こつん……と額に冷たく固い感触があった。


「うぅ……ん?」


 ぼんやりとした視界に、黄金の剣の柄が見える。途端、美言みことの意識が一気に覚醒した。


「ガリバー!?」


 驚いて飛び起きると、掛布団の上に丸まっていた白冥はくめいがこてん、と畳の上に転がった。


「ぎゃふん」

白冥はくめいも……ここで寝てたの? だから布団が重かったのね」

「そんなに太っておらぬわ! そなたの体調を心配して付き添ってやったというのになんという言い草だ。ちゃんと礼を述べよ!」


 尻尾を膨らませて騒ぐ白冥はくめいを抱き上げて膝の上に乗せると、美言みことはその小さな体を優しく撫でてやりながら布団の上に横たわる聖剣を見つめた。なぜ一緒に寝ていたのかはわからないが、一応怪我をしないようにと、刃の部分には毛布がぐるぐるに巻かれている。


「どうして聖剣がここにあるの?」

「解毒が成功したとはいえ、護り手の体力はまだ本調子ではない。そんな護り手の中へ聖剣を戻しても、ろくに回復などせぬわ。それに古子ふるこの力を得たそなたにはもう、護り手も必要あるまい。ほれ、剣を持ってみよ。一人でも持てるようになっているはずだ」


 白冥はくめいに促され、美言みことは剣の柄に手をやった。少し触れるだけで、体の中から何か気のようなものが流れていくのがわかる。毛布の中から剣を抜き取ると、白冥はくめいが言ったように美言みことは剣を一人で、しかも右手だけで持ち上げることが出来た。あんなに重かった剣が、今は御幣ごへいと同じくらいに軽い。


「護り手のように体内に宿さずとも、触れているだけで聖剣の力を回復させることができるぞ。授かった力が微小ゆえ、時間はかかるがな」

「だから布団の中に一緒に寝かされてたのね」

「人型を得るほど回復はしておらんが」

「むしろ人型にならなくてよかったわ」


 目が覚めたら同じ布団にガリバーがいる。そんな光景を想像すると、ときめきよりも身の危険に胸が鳴りそうだった。


 身支度を急いで整えた美言みことは、髪も結わずにアルトリウスがいる客間へと向かった。手には加代から渡された、おかゆと水の入ったグラスを乗せた盆を持っている。本当なら白冥はくめいも一緒に来るはずだったのだが、加代がちらつかせた油揚げの誘惑にあっさり負けてしまったようだ。居間にいたヘイちゃんにも何か用事を頼んでいたので、たぶん、おそらく、《《そういうことなのだろう》》。盆を受け取った時の、わざとらしいウインクが美言みことの脳裏にちらついた。


「アルトリウス。起きてる?」


 障子越しに声をかけると、しばらくしてから「あぁ」と短い返事が聞こえた。


「お邪魔します」


 自分の家なのに妙に緊張しながら障子を開けると、アルトリウスは布団の上に上半身を起こした状態で座っていた。顔色は決していいとは言えず、体の方もまだ辛そうである。


「体調は……あんまり良くないと思うんだけど……おかゆ、食べる?」

「ありがとう」


 アルトリウスのそばへ腰を下ろした美言みことは、手に持っていた盆を一旦枕元に置いた。先に水の入ったグラスを手渡すと、よほど喉が渇いていたのか、アルトリウスは一気にそれを飲み干してしまった。

 上下する喉元がやけに男らしくてドキリとする。アルトリウスが寝巻代わりに着ているのは雅就まさなりの浴衣だ。少し乱れた襟元からは致死量かと思うほどの色気がだだ漏れており、加えて寝起きゆえの気怠げな雰囲気が、より一層アルトリウスを艶めかせていた。


「すまない。皆に迷惑をかけてしまった」

「それは言いっこなし。私だって今までずいぶんとアルトリウスに迷惑かけてきたし、そもそもあなたが毒に倒れたのは私のせいでもあるんだもの。だから、ごめんなさい」


 アルトリウスの浴衣の袖をキュッと握りしめて、美言みことはぺこりと頭を下げて謝罪した。そしてアルトリウスが声を発する前に、更に続ける。


「そして……ありがとう。助けてくれて」

「それは当然だ。お前は大事な……」

「……え」


 心臓がとくん、と跳ねる。思わず顔を上げると、アルトリウスはすかさず枕元のおかゆを手に取って食べ始めるところだった。

 出来立てのおかゆからはアツアツの湯気が立っている。ゆっくりとおかゆを口に運ぶアルトリウスの頬も、ほんのりと赤く染まっている。それがおかゆのせいなのか、それとも別の理由なのか、美言みことにはわからなかった。


「そういえば、シフィルの夢を見た」


 おかゆを半分ほど食べた辺りで、アルトリウスがポツリと呟いた。


「ありがとう、ミコト。お前がシフィルに会わせてくれたんだな」

「会えたの!? 実は私も会ったの。すごく素敵な人だった。どこかのお嬢様みたいに可愛いくて小柄なのに、聖剣を持って戦っていたなんてちょっと信じられないくらい」

「だが、怒ると怖かった。引き取られて間もない頃に一度だけ死のうとしたことがあったんだが、あの時のシフィルは魔王より恐ろしかったことを覚えている。泣きながら怒って、俺の頬をぶって、息ができないくらいに抱きしめてきた」

「ちょっと待って。死ぬって……」

「自分の命と引き換えに、近くの村を襲う魔物たちを殲滅しようとしたんだ」


 淡々と話すアルトリウスがこのまま消えてしまいそうで、美言みことは思わず彼の腕をぎゅっと掴んだ。その手に、アルトリウスの大きな手が重ねられる。聖剣を持つ時に何度もそうされるのに、いま美言みことの手を握ってくるアルトリウスの手からはいつもと違うぬくもりが伝わってくるようだった。


「心配するな。今はもう、自分の命を軽んじることはない」

「本当? 嘘だったら、私だって怒るからね!」

「シフィルのことを話せる相手がいて、うれしかったんだ。……楽しくて余計なことまで喋ってしまった」

「余計なんかじゃない。できれば、私はもっと聞かせてほしいわ。シフィルのこと。昔のあなたのことも。瘴気祓いでずっとバタバタしてて、そういうこと全然話せてなかったじゃない? もちろん、あなたが嫌じゃなければ……なんだけど」

「嫌ではないが、特に面白い話でもないと思う」

「何でもいいの! ね、全部終わったらいろいろ聞かせて。この世界のこともたくさん教えてあげる」


 アルトリウスとこうして話すことが楽しくて、美言みことも少しだけ饒舌になっている自分を自覚していた。アルトリウスも少し驚いたようで一瞬目を瞠っていたが、それでもすぐに金色の瞳はやわらかく細められて――その淡い微笑みに釣られて、美言みことも笑った。


「ミコト。お前はシフィルの……勇者の力を受け継いだんだな。夢の中でシフィルがそう言っていた」

「あ、うん。そうなの。勇者の力があれば、毒も消せるって白冥はくめいが」

「すまない。無理をさせた」

「だから謝らないでってば。勇者の力であなたの毒も消せたし、それに聖剣だってもう一人で持てるようになったのよ」

「……だった」

「え?」


 声が聞き取れなくて首を傾げると、不意にアルトリウスが美言みことの頬に腕を伸ばしてきた。綺麗な指先がかすかに頬を掠め、そのまま美言みことの髪をひと房掬い上げる。シフィルの力を受け継いだ時、銀色に変わった部分だ。


「綺麗な髪だった」


 髪を触られているだけなのに、なぜか美言みことの頬がこそばゆい。憂いを含んだ視線は、けれど宝物を見るような愛おしさも宿していて、美言みことは胸の奥がきゅうっと締め付けられるのを感じた。


「だ、大丈夫。気にしてないわ。それにほら! 何かお揃いみたいじゃない」

「お揃い?」

「そう。あなたの髪と同じ色」


 そう言うと、アルトリウスは虚を突かれたように金の瞳を瞬いた。そして初めて、小さな声を漏らして――笑ったのだった。





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