20:ジャガイモ出力三十パーセントだ
聖剣の輝きは魔物にとって脅威だ。以前のメリーさんのように、薄い瘴気なら剣から放たれる光だけで消滅させられる。さすがにドリアードにその効果はなかったが、美言たちが進むたびに聖剣の光を恐れた蔓や根が逃げるように後退した。
けれどそれもすぐに終わる。このまま本体を狙われるよりはと、蔓や根が捨て身の攻撃に転じたのだ。
最初は様子を見るように一本。その蔓を聖剣で叩き切ると、次は二本と数が増えてくる。やがて剣の光自体に攻撃される心配がないことを悟った蔓たちが、数で押し切ろうと一斉に襲い掛かってきた。
「ミコト! 力の出しすぎに注意しろ。グリンピースだ」
「わかってる。でも数が多くて……!」
「グリンピースを連射するイメージだ。……っ! 今のはニンジンくらいあったぞ。気をつけろ」
美言はバッティングセンターの打席に立つ自分の姿をイメージした。飛んでくるのは黄金のグリンピースだ。野球ボールよりも小さいグリンピースを的確に捉えて打ち返すと、現実でも聖剣の力が適量ドリアードにヒットする。時々空振りするとニンジンになってしまうが、それでも今までに比べると自分でも手ごたえを感じるほど聖剣の力を制御できている実感があった。
「そろそろ本体が近い。力の準備はいいか? ジャガイモ出力三十パーセントだ」
美言の脳内にあるピッチングマシンに肉じゃがのジャガイモが装填される。
『待って。三十パーセントは厳しいから十パーセントにしてくれる? それくらいでも雑草をやっつけるには十分だよ』
力の限界が近いのか、そう追加してきたガリバーに、美言は無言で脳内のジャガイモを少しだけ煮崩した。
「見えた! あれが本体だ」
大量の蔓を切って進んだ部屋の奥、壊れた手術台の上に巨大な花が咲いていた。座布団くらいはありそうな赤い花びらは肉厚で、五枚ある花びらの中央にはギザギザの鋭い歯が並んでいる。まるでハエトリグサみたいな歯の隙間から、にょきりと生えるのは二本の雄しべと雌しべ……ではなく、ぎょろりと動く二つの眼球だった。
「キモッ!!」
想像以上にグロテスクなドリアードの姿に、せっかく高めていた集中力が乱され、脳内のピッチングマシンから糸こんにゃくが飛び出してしまった。纏まりのない糸こんにゃくはバラバラに弾け飛び、どこをどう打ち返していいかわからない。焦った美言は、結局ただ闇雲に聖剣を振ることしかできなかった。
『ハニー! ハニー、落ち着いて……。そんなに激しくしたら、ボク……』
「ミコト!!」
耳元で強く名を叫ばれ、体をぎゅうっと抱きしめられた。アルトリウスが美言の右手から手を離したことで、聖剣がガシャンと床に滑り落ちる。その床一面には、細切れにされたドリアードの蔓や花びらの破片が散らばっていた。
しんと静まり返る闇の中、動く気配は美言たち以外に何もない。ドリアードは無事に退治できたのだ。けれど最後の最後で美言はドリアードの外見に気を取られ、力を制御できずに軽く暴走すらさせてしまった。建物を破壊するまでには至らないものの、壁や床には聖剣で付けたであろう傷跡が残っている。
「私……ごめんなさい。ドリアードの姿にびっくりしちゃって……祓い屋としてあるまじきミスだわ」
悔しさとやるせなさに唇をきつく噛み締める。体を抱くアルトリウスの腕がほどかれ、消えていくぬくもりに自分の失態を咎められたような気がして心細ささえ感じた。けれど俯いた美言の頭に、ぽん、と優しく手のひらが置かれ。
「ミスは誰にでもある。あんなに無駄打ちしたにもかかわらず、ちゃんとドリアードを倒せたのは、蔓を倒すためにお前がうまく力を節約したからだ。そこはちゃんと評価していい」
「でも……ガリバーが燃料切れになっちゃったわ」
足元に転がる聖剣が、心外だといわんばかりにきらりと光る。それでもその輝きはいつもの何倍も弱い。
『ハニーの大胆な攻撃に軽く逝きそうになったけど、ボクはまだ元気だよ』
「軽口叩けるなら大丈夫ね。……でも、ガリバーもごめんね。次はもっとちゃんとうまくできるようになるから」
『ハニーのそういうところが大好きだよ』
「ありがと。さすがに疲れちゃったから、早く家に帰ろう」
連続で魔物を倒し、美言もガリバーもへとへとだ。ガリバーに至っては早くアルトリウスの中に戻して休ませてやらなくてはと、美言が床に転がったままの聖剣に手を伸ばした瞬間。
「避けろっ!!」
鋭い怒号と共に、美言はアルトリウスに覆い被さられるようにして抱き竦められた。
息ができないくらいに強い力だった。アルトリウスの緊迫した声が、まだ鼓膜を鈍く震わせている。やがて美言の体を伝うようにして、アルトリウスがずるりと床に倒れこんだ。そうなってもまだ、美言は何が起こったのかを理解できずにいた。
「……アルトリウス?」
「……無事、か……?」
「何……? どうし……」
アルトリウスの体を揺すった手に、ぬるりとした感触があった。彼の魔法で浮いていた小さな光球に照らされて、自身の手のひらにべっとりと付いた血の痕が浮かび上がる。
「……え?」
見ればアルトリウスの神父服を切り裂いて、背中に斜めの深い傷が付けられていた。じわりと滲む鮮血は見る間に神父服を濡らし、それは床にぽとりと血痕を落としていく。
止まらない。流れ出る血が、崩れた廃墟の床を染め上げていく。闇に血の臭いが満ちていく。
「ハニー! しっかりするんだ」
いつの間にかガリバーが人型になってそばに駆け寄っていた。帯に差していたヘイちゃんも人型を取って、即座にアルトリウスに癒しの術をかけている。動けないでいたのは美言だけだった。
「何が……」
「ドリアードが最後の悪あがきをしたんだよ。キミを襲おうとした蔓を、アルが体を張って庇ったんだ」
「そんな……っ」
「ドリアードはもう完全に消滅した。今すぐ神社に帰るよ! 棒! アルの傷は塞いだ?」
「傷は何とか……。しかし毒を受けているゆえ、治癒の術が効きづらいでござる」
「毒か。厄介だな」
そういえば戦いの前に、ドリアードは毒攻撃もするとアルトリウスが言っていたことを思い出す。その毒はどんなものなのか。ヘイちゃんの術で解毒できるのか。聞きたいことはたくさんあるのに、その答えを一番にくれるはずの人物は今、固く目を閉ざしたまま美言の呼びかけにも反応を示さない。それが余計に美言の不安を煽った。
「うそ……。やだ。アルトリウス……ねぇ、アル……っ」
しがみつくように触れたアルトリウスの手は、驚くほどに冷たかった。
「ハニー、しっかり……って、これはもう聞こえてないね。おい、棒。キミ、ハニーを抱えられるくらいの腕力はあるんだろうね?」
「見くびってもらっては困るござる」
「じゃあ、キミはハニーをよろしく。ボクはアルを抱えていくよ」
「しかしおぬしも力の限界が来ているのではござらんか?」
「アル一人抱えていくくらい問題ないよ。ほら、さっさとしなよ。行くよ!」
「承知!」
ふわっと、体が浮いたかと思うと美言はヘイちゃんの腕に横抱きに抱え上げられていた。視界の端でガリバーがアルトリウスを肩に担ぐ様子も見える。そんなに乱暴にしたら傷口が開くのではと心配したのも束の間、美言の意識はまるで泥沼に沈むかの如くあっという間にぷっつりと途切れてしまった。
「え? 何? キミ、ハニーに術使ったの? 弱ってる女性を眠らすなんて、キミも案外やるんだね」
「おぬしと一緒にするな! 姫は少々混乱しているでござる。少し眠って、心を落ち着かせた方がいいと判断したまで」
「ふーん。でも、それじゃあ誰がハニーの車を運転するのさ」
「……」
「……」
「このまま神社まで拙者が抱えていくでござる」
「ボクはもう限界だから、アルと一緒によろしく~」
「おぬしも男でござろう! もう少し気張らんか!」
「キミが頑張ってくれたら何も問題は……って、あー……これ、マジでヤバいわ。キミ……あとよろしく」
そう言うと、ガリバーは聖剣の姿に戻って地面に倒れこんでしまった。
「ちょぉー!? 本気でござるか!? 拙者一人でどうしろと……」
幸い、ここはもう病院の外である。目の前には美言の車も見えるが、それを運転する者が誰もいない。そうしているうちにアルトリウスの毒は体中を蝕み、最悪の事態に陥ってしまうだろう。
いっそのこと念を飛ばして自分だけ神社へ戻ろうかとも考えたが、こんな暗い、しかもさっきまで魔物のいた場所に美言やアルトリウスを置いてはいけない。たとえ一瞬でも、美言たちのそばを離れるなど考えられなかった。
「そこに誰かいるのか?」
ドスの利いた男の声がしたのは、そんな時だった。
顔を上げると美言の車のそばに、赤い回転灯が光っているのが見える。その視線を遮るようにして、今度は鋭い光がヘイちゃんの目を突き刺した。
「おわっ!? ま、眩しいでござる!」
「ん? おめぇは確か……美言んとこにいたコスプレ野郎じゃねぇか」
懐中電灯を片手にそう口悪く言い放ったのは、官帽を被った強面の警官斎藤だった。




