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18:もうチューした?

 それから数日間、美言みこと七楽町ならくちょうの瘴気祓いに奔走した。瘴気が影響を及ぼすのは霊や人間だけではない。自然や動物にもその悪影響は広がっており、美言みことたちはガリバーセンサーを頼りに、そういった場所の浄化もおこなっていった。

 瘴気祓いを始めて一週間。魔物と戦ったのは、幸いにして最初のアラクネとさっき倒したスライムくらいだ。

 スライムといえばゲーム内でも初級のダンジョンでよく出てくる魔物である。ディセリアでもそれは同じのようで、比較的弱いスライムは美言みことが聖剣の力を制御するための練習台にちょうどよかった。

 橋の下に集まっていたスライムたちをすべて退治し、今日の瘴気祓いは終了だ。聖剣を地面に突き立てて大きく伸びをしていると、土手の方から美言みことを呼ぶ幼い声が聞こえてきた。


「ミコ姉ー!」


 振り返ると、ちょうど土手からユウ少年たちいつもの三人組が、元気よく走ってくるところだった。


「皆、いま帰りなの? それにユウ君は……もう平気?」


 ユウ少年とはあれ以来ぶりである。何かトラウマでも残っていないかと注意深く観察してみたが、美言みことの心配をよそにユウ少年は目をきらきらと輝かせて辺りを見回していた。


「ミコ姉! あの綺麗な姉ちゃんは? 着物着た」

「着物の姉ちゃん?」

「公園で俺を助けてくれた女の人だよ。何かすっげーいい匂いした」


 そう言ったユウ少年の頬がほんのりと色づいている。


(あ……これは)


 確かにヘイちゃんは体の線も細く、顔の作りもどちらかと言えば綺麗系の中性的なイケメンだ。近くで見ればちゃんと男性なのだが、あの時のユウ少年は意識も曖昧なうえに、ヘイちゃんの膝枕で癒しの術を施されていた。誤ってヘイちゃんを女性と記憶していてもおかしくはない。

 少年の淡い恋心に水を差すのもどうかと思ったが、そもそも当の本人であるヘイちゃんは今、御幣ごへいに戻って美言みことの袴の帯に差し込まれている。さっきのスライムとの戦いで美言みことを庇って消化液を浴び、衣服が溶けてしまったからだ。付喪神みたいなものなので衣服もすぐに修復するだろうが、万が一呼び出して裸だった場合は完全にアウトである。

 どうしたものかと迷っていると、少年たちの関心は美言みことのそばに突き立てられた聖剣へと移動した。


「あ、これだ! ほら、見ろよ。やっぱり夢じゃなかったんだ」

「ほわぁ~……ほんとに剣だぁ」

「まさかミコ姉がアマテラッシャーのボス、天照大神あまてらすおおみかみだったとは驚きです」

「なー? ミコ姉、マジですごかったんだって! 銀の兄ちゃんと一緒にぶわーって空飛んで、蜘蛛女をぐちゃぐちゃのけちょんけちょんにやっつけたんだぜ! お母さんは怖い夢見たんだって言ってたけど、そうじゃないよな!? 聖剣って本当にあったんだ……。かっけぇ」


 アラクネに襲われた恐怖がまだ癒えていないのかと思いきや、当の本人はいつも以上に元気な様子で、実在した聖剣エクスカリバーに興味津々である。子供の好奇心恐るべし。


「あ、こら! 近付きすぎ! 本物なんだから触ったらケガするわよ」

「なぁなぁ、ミコ姉。あの時みたいに剣持って空飛んで見せてよ!」

「空なんて飛べるわけないでしょ。ユウ君、意識が朦朧としてたから夢でも見たんじゃないの?」


 さすがにアラクネのことを正直に伝えるわけにはいかなかったので、ユウ少年はタチの悪い悪霊に連れ去られたことになっている。当然ユウ少年の母親や他に攫われていた人たちにも同じ説明をしたのだが、間の悪いことに聖剣を直接見たユウ少年の記憶が鮮明によみがえってしまったようだ。

 それでも美言みことはしらを切るつもりで、子供たちから聖剣を隠すようにして立ちはだかった。


「これは有名な神社から預かった大切な御神体なの」

「えー、嘘だー。じゃあ、何でそんな大事なもの持って、こんなところにいるんだよ?」

「も、もしかしてミコ姉……その銀のお兄さんと『でぇと』してたの?」

「えっ! ミコ姉、結婚するんですか!?」

「話が飛躍すぎ! で、デートとかしてないし! 普通に除霊してただけだし!」

「ふーん。ミコ姉、色気ないもんなー。そのうちお化けと結婚するんじゃねーの?」


 話題をアラクネや聖剣から逸らせたのはよかったが、これはこれで少々居心地が悪い。子供ながらの悪意のない正直さは、時として悪霊よりも鋭い攻撃になるものだ。


「女の色気は年を取るごとに増えてくの! たぶん!」

「ミコトはかわいいと思う」

「ほら! かわいいって……かわっ!?」


 自然と合いの手を入れてきたアルトリウスに、美言みことは声を詰まらせた後、盛大に咳き込んでしまった。みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていくのがわかる。それを咳のせいにして平静を装ってみたが、一気に熱を持った体はなかなか覚めそうにない。背中にぺとり、と着物が張り付くのを感じた。


「ひゅーひゅー! ミコ姉、嫁の貰い手が見つかってよかったじゃん」

「だっ、だから、そういうんじゃないの!」

「なぁなぁ、付き合ってんの? もうチューした?」

「ぶっ! ななな何言ってんの! 変なこと言ってないで、もう家に帰りなさい! ユウ君は特にお母さんが心配するでしょ」


 七楽町ならくちょうの瘴気はあらかた祓い終えたが、魔王の封印が解けかかっている以上、そこから漏れ出る邪気に当てられた霊たちがいつまた襲い掛かってくるかわからない。美言みことは帯から御幣ごへいを引き抜くと、少年たちの小さな頭の上で数回振りながら霊力を込めた言霊を発した。


「無事に家まで帰って、さっさと宿題しなさいね!」

「うへぇ。宿題のことはいいだろー」

「でもそろそろ帰らないと……暗くなってからあそこの前通るの怖いよ」

「あのお化け病院ですか。確かに僕もあそこを通るのは苦手ですね……」


 少年たちの顔色が見る見るうちに青ざめていく。その不安を掻き立てるようにどこかでカラスが鳴いて、小さな男の子たちは揃って肩を震わせた。


「お化け病院って……比良坂ひらさか病院?」

「病院から不気味な声が聞こえてくるって噂があるんです」

「僕のお兄ちゃんの友達は何か動く人影を見たって言ってた」

「見間違いかもしんねーだろ。……でも、家のお母さんうるさいし……俺もそろそろ帰らねーと」


 比良坂病院はガリバーが示した場所のひとつだ。けれど瘴気払いを始めた最初の頃に、病院に溜まっていた瘴気は全部祓ったはずである。もしかして他の場所の瘴気を祓っている間に、新たな瘴気が発生でもしたのだろうか。

 どちらにしろ確認に行かなければならないだろう。


「ユウ君。お母さん、家にいる?」

「いると思うけど、何で?」

「あなたたちを家まで送るの」

「マジで? やったー!」


 さっきまで怖がっていた少年たちが、一変して笑顔になる。本当に分かりやすくてかわいい子供たちだ。

 ユウ少年の母親に電話を入れ、了承を得てから、美言みことは少年たちを車へ乗せた。楽して家まで帰れると喜ぶ少年たちの目を盗んで、聖剣もアルトリウスの体の中へ戻す。

 少年たちと話している間、ヘイちゃんとガリバーがおとなしくしていたことにホッと胸を撫で下ろしながら、美言みことは愛車ムーベを少年たちの家へ向けて走らせた。




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