17:イケメンが過ぎる
「それで目が覚めたら、子狐が布団の上にいたと?」
座卓の中央にちょこんと座る白狐は、美言と雅就、そしてアルトリウスの視線を一身に受けて、得意げに胸を張っている。
「子狐ではない。我は九尾であるぞ。力の一部ゆえ今はこんな姿になっているが、本来ならそなたら人間がやすやすと拝める存在ではないのだ」
確かに夢で見た巨大な九尾の姿は神々しく、畏怖すら感じるものがあった。けれど目の前にいる子狐からその片鱗を見つけるのは少々難しい。力の一部であるからなのか神々しさがまるっと削ぎ落されており、威張り散らしているただの小さな生き物にしか見えない。
「白い狐ということは……もしかして御神体が?」
「ふふん。さすがは雅就。そうだ。我が本体は力の一部をこの神社の御神体――すなわち白狐の面にして残したのだ。もしもの時のためにな。さすがは我。先を見据えて手を打つとは、我ながら我の機転が恐ろしいわ」
「はいはい。難しいお話はその辺にして、朝ご飯が出来たわよ~」
のんびりとした声と共に、人数分のご飯と味噌汁を乗せた盆が座卓に置かれる。加代は盆を置いたその手で今度は白冥を抱き上げると、その小さな子狐を美言の膝の上に乗せた。
「ハクちゃんには……そうそう、お味噌汁に入れた油揚げが残ってたわね」
「……! ま、まぁ食べずともよいが、せっかくのお供え物だ。ありがたく頂戴することにしよう」
そう言う白冥の尻尾は美言の腹を何度も擦るほど、ぶんぶんと忙しなく揺れていた。
***
朝食後、美言はアルトリウスと共に愛車のムーベで瘴気祓いに出かけた。まずは斎藤から聞いていた不審者の現れる場所と踏切へと向かう。万が一魔物に攫われでもしたらまずいので、白冥は神社で留守番だ。
同時刻、数ヵ所に現れたという不審者は地縛霊の仕業だった。瘴気によって分裂の術を会得した地縛霊が、あちこちに出没してしまったようだ。本体が地縛霊なので、美言の言霊と御幣で除霊をして不審者の件は完了である。
次に向かった踏切にも自ら命を絶った地縛霊がいた。生前歌うのが好きだったのかと思ったが、口ずさんでいるのは生者への恨み節で、美言たちが見つけた時は襲い掛かってくるほど悪霊化が進んでいた。あまりにも場の空気が澱んでいたので、一旦聖剣で浄化した後、美言とヘイちゃんで完全に浄化をおこなった。
そうやって状況に合わせて御幣と聖剣の力を使い、美言は一日をかけて七楽町に蔓延る瘴気を浄化していった。
「ふぁー……。さすがに続けて除霊すると疲れちゃうわね。ちょっと休憩しよ?」
美言たちは今、寂れた小さな公園にいた。見上げた空はうっすらとオレンジ色に染まり始めている。普通なら近所の子らで賑わうはずの公園も、今は人っ子一人いない。少し離れた別の場所にある公園の方が遊具も多く日当たりもいいため、こちらの公園はほとんど利用されていないのだ。
周囲は鬱蒼と雑草が茂り、手入れもあまりされていない。雨も降っていないのに、どことなくじっとりと湿った感じがするのは、ここにいた少女の霊のせいだった。今はその少女の霊も美言が除霊し、少しだが新鮮な空気が流れ始めている。
「甘いの、平気よね? 家でも芋ようかん平らげてたし」
近くの自販機で買った濃厚ミルクティーのペットボトルを渡すと、アルトリウスは「ありがとう」と礼を言った後、キャップを一生懸命引き抜こうとしていた。
「あ、違う。それはこうやって回すの。そうすると蓋が開くから」
「すまない。手間をかけさせるな」
「向こうにペットボトルないんだから、知らないのは当たり前でしょ。私も気付かなくてごめん」
「この世界は不思議なもので溢れているな。似たようなものもあるが、初めて見るものの方が多くて新鮮だ」
アルトリウスと二人、並んでブランコに座ってペットボトルの紅茶を飲む。黄昏時の公園にブランコの揺れる軋んだ音が響いていて、それが何だかとてもゆっくりした時間に感じられた。
夕日に照らされて、アルトリウスの銀髪がほんのりとはちみつ色に染まっている。子供用に作られたブランコに成人男性が座るとどうしても足が余るのだが、普通より足の長いアルトリウスが座っていても別に全然不格好じゃない。むしろ懐古に耽る物憂げな横顔のように見えて、これはこれで非常に眼福である。これがイケメン為せる業なのだろうか。
「ブランコ漕ぎながらミルクティー飲んでるだけなのに……イケメンって何しても絵になるのね」
「お前は時々、俺のことをそう呼ぶが……その、いけめんとやらはどういう意味だ?」
真面目に聞き返されて、美言は飲んでいたミルクティーを危うく喉に詰まらせそうになってしまった。
「そ、そう大した意味はないわよっ。あなたを見て、皆が思う反応を表した誉め言葉っていうか……」
「お前は俺を誉めているのか?」
「あぁぁぁー! だからそう真面目に聞き返さないで。何だか恥ずかしいじゃない。あなたってしっかりしてるように見えて、変なところでは抜けてるっていうか純粋っていうか……いろいろと反応に困るんですけど」
「そうか。……それはすまないことをした」
「別に謝らなくてもいいんだけど……」
「勇者が現れるまで長い間ずっと眠っていたからか、人との接し方を忘れているのかもしれない。また何かおかしなことを言ったら、ちゃんと教えてくれ」
そうアルトリウスが口にしたことで、ハッとする。そうだ。アルトリウスは聖剣をその身に宿した後、何百年も眠りについていたのだ。美言が勇者に選ばれるのと同時に目覚めたとするなら、今は物凄い寝起き状態なのではないだろうか。
そんな状態で美言を抱えて戦ってくれているのだ。多少アルトリウスの言動が変でも、美言に文句を言う筋合いなどないと気付かされる。もとより文句を言うつもりはないのだが。
「ごめん。……大丈夫。戸惑うことはあるけど、あなたに嫌な気持ちになったことはないから」
「なぜ謝る?」
「いや、だって……あなたの境遇も考えずにいろいろ言っちゃったから」
ごにょごにょと申し訳なさそうに呟くと、アルトリウスは虚を突かれたように一瞬目を瞠った後、ふっとかすかに声を漏らして笑った。
「お前は優しいな」
「……っ!」
「でも俺のことは気にしなくていい。それにお前と話すのは楽しいと思っている」
「……んぐっ」
「どうした!?」
「い……イケメンが過ぎる……」
笑顔から始まり、「優しい」や「楽しい」など次々と発せられる言葉に、美言の心臓は不整脈を飛び越えて激しい動悸を繰り返している。まさか悪霊でも魔物でもなく、一番近くにいるアルトリウスに心臓を撃ち抜かれようとは。
死ぬ。このままでは情緒が死んでしまう。動悸息切れに有効なあの薬が必要かもしれない。
アルトリウスのイケメン攻撃に胸を押さえていると、ふっと夕日を遮って美言の視界に影が落ちた。かと思うと体を優しく引き寄せられ、美言はそのままアルトリウスにまたもやお姫様抱っこをされていた。
「ななな何!?」
「胸が痛むほど苦しいのだろう? 今日はもう帰ろう」
「苦しいのはそういうんじゃなくて……。ちょっと疲れてるけど大丈夫だから!」
「無理をするな。お前は家まであの乗り物を動かさなければならないだろう? 俺が代わってやれればいいんだが……すまない。あれが馬なら俺が手綱を引けたんだが」
馬に乗るアルトリウスを想像すると、また美言の胸がズギュンッと鳴る。神父服もいいが、きっと王子様のような服装も抜群に似合うのだろう。とすれば、さしずめ美言の愛車ムーベは白馬だろうか。
そんな妄想にひっそりと浸りながら、美言は場所が変われば白馬だったかもしれない愛車ムーベを運転して、ゆっくりと帰路につくのだった。




