15:俺に抱かれるのは嫌か?
「ミコト!」
アルトリウスの声がしたかと思うと、美言は体を彼の方に強く引き寄せられていた。美言とアルトリウスを庇うようにヘイちゃんが、そのヘイちゃんの前にはガリバーが瞬時に移動していて何かを畳に押さえつけている。
それは人形だった。金色の巻き毛にフリルのついたドレスを着て、頭には大きな帽子も被っている、いわゆる西洋人形だ。
「おやおや、行儀の悪いリトルレディだ」
「わた、し……メ、メメ……メリー、さ……」
首をガリバーに鷲掴みにされているからなのか、人形からは壊れたおもちゃみたいにたどたどしい声が漏れ出ている。その小さな唇を割って、人形の中から黒い靄が飛び出てきた。靄は煙草の煙のように舞い上がると、そのまま薄く色をなくして消えていく。そして人形はぱったりと動かなくなってしまった。
「今の……もしかして瘴気?」
「そのようだな。ガリバーの聖なる力に触れて消滅したんだろう」
「え? それじゃあ、わざわざ私が聖剣振るわなくても、ガリバーに戦ってもらった方が早いんじゃない?」
聖剣も持てない美言が戦うよりも、ガリバー自身に動いてもらった方がよっぽど効率がいい。不安だらけの魔王討伐に一筋の光明が見えた気がしたが、その光はあっけなくかき消されてしまった。
「ボクの本質は剣だから、キミに振るってもらわなくちゃ意味がないんだよ。ハニー」
「でもさっき瘴気を消したじゃない」
「それは人形に憑いてたのがただの瘴気だったからさ。瘴気は謂わば、魔物の吐いた臭い息みたいなものだ。残りカスにもならないただの悪臭に、ボクの美しい輝きが霞むはずないだろう?」
「それってつまり……歩く神域、みたいなもの?」
「品のない神域でござるな」
この神社も結界に守られた神域だ。神社に満ちる清浄な空気は、悪霊たちにとって居心地の悪い場所である。だから神社での除霊は美言たちの力が有利に働き、悪霊たちは弱体化するのだ。
聖剣もそれと同じであるなら、ガリバーの聖なる領域で瘴気が消滅することに納得がいく。
「結局私が戦わなくちゃいけないのは変わらないのね。アルトリウスにずっと抱えてもらうのも気が引けるんだけど……」
「俺に抱かれるのは嫌か?」
「ぶっ!!」
思ってもみない方向から爆弾発言が飛んできて、美言は喉を詰まらせて咳き込んでしまった。そういえば今も肩を抱かれたままの状態である。
カッと一気に熱が上昇し、美言は逃げるようにアルトリウスの腕の中から抜け出した。
「言い方ぁぁ! 間違ってないけどいろいろ間違ってるから!」
「何と……護り手殿も姫のことを邪な目で見ていたとは……。姫に悪い虫がつかぬよう、拙者がしかとお守りせねば!」
「そう言うんならコレ、よろしく~」
決意を新たにするヘイちゃんに、ガリバーが人形を放り投げて渡した。瘴気を祓われて動かなくなった人形だが、ヘイちゃんを見上げるガラス玉の瞳はなぜか熱を持ったように生々しい光に揺れている。明らかに邪悪な何かが潜んでいる。
「下手くそぉぉ! 穢れが残っているではござらんか!」
「ソレはボクの専門外だよ」
ガリバーが言うように、人形の中にはまだ霊の気配がする。メリーさんから瘴気は祓われたが、もともと存在していたメリーさんの霊は残っているということか。
「それはこちらで預かろう」
「雅就殿」
「捨てられた人形たちの念が霊となって乗り移ったんだろうね。後で私が供養しておくよ」
雅就が人形を受け取ったのを見計らって、加代がパンっと手を叩いた。
「はいはい、今日はもう終わりよ~。一日中お化けのこと考えてても疲れちゃうし、後はゆっくりお風呂に入ってしっかり休みなさいね」
「母さんの言う通りだよ、美言。明日から瘴気の場所を回って祓うんだから、今日は早めに寝て英気を養っておくといい。アルトリウス君は客間を使うといい」
「美言と同じ部屋じゃなくてごめんなさいね。そう言うのは、もっと関係を深めてから……」
「「お母さん!!」」
美言と雅就の声が面白いくらい綺麗に重なった。
その後ガリバーはアルトリウスの中へ戻り、ヘイちゃんも御幣に戻って、今は座布団の上に横になっている。加代と一緒に夕飯の後片付けを終えて美言が居間に戻ると、アルトリウスは雅就と一緒にバラバラになった本のページを興味深そうに覗いていた。
アルトリウスにとっては、養い親だったシフィルのその後を知る貴重な文献である。邪魔しては悪いと、美言は早々に風呂を済ませて自室へと戻っていった。




