14:ボクの出番じゃないのかい?
その日の夜は美言の初陣勝利祝いとしてすき焼きが食卓に上がった。古守家ではひとつの鍋を皆でつつくスタイルだ。もちろん取り箸も用意しているが、同じ鍋を皆で囲むという経験がアルトリウスにあるかどうかはわからない。
きっとアルトリウスは初めてのすき焼きに困惑するはずだ。そう思っていた美言の予想を裏切って、アルトリウスは自分に用意されていた取り箸ならぬ取りフォーク&スプーンを巧みに使って、白滝をパスタみたいに巻いていた。
「美言、お疲れ様。よく皆を助け出してくれたね。アルトリウス君も美言を補佐してくれてありがとう」
「実際に蜘蛛女を倒せたのはボクとハニーの共同作業のおかげだけどね」
「拙者も捕らわれていた者をやさしく受け止めたでござる」
「受け止めたのは木だろう? キミはくるくる回って遊んでただけじゃないか」
「神聖な舞を遊びとは聞き捨てならぬ!」
食卓にはガリバーとヘイちゃんも同席していた。と言っても彼らに人間の食事は必要ないという。美言やアルトリウスがしっかり食べてちゃんと休息を取れば、それによって回復した霊力や魔力が彼らの力の源になるらしい。
「ご飯の時くらい静かにして。でないと聖剣と御幣に戻ってもらうわよ」
「賑やかになっていいじゃない。それにあなたが食べることで、結果的にヘイちゃんたちも元気になるんでしょう? だったらたくさん食べる姿を見せてあげるのも、ヘイちゃんたちにとってのご褒美になるんじゃない? 大きな怪我もなく魔物を倒せたのは、二人のおかげもあるんだから」
「加代殿……! なんともったいなきお言葉」
「ヒュゥ! さすがハニーのマザー。ボクの心をこうも簡単に射貫いてしまうなんて、罪なスイートベイビーだね」
イケメン二人から熱視線を向けられて、加代はとてもうれしそうだ。即座にスマホを取り出して写真を連写すれば、「はぁ~。眼福」と頬に手を当ててうっとりと呟いていた。
「あ、お父さん。そう言えばシゲおじさんが言ってたんだけど」
賑やかな夕食を終え、食後の緑茶を飲みながら美言は切り出した。
「何か昨日の夜から変な事件が多発してるんだって」
「変な事件?」
「うん。同時刻に不審者の目撃情報があったり、踏切で歌歌ってる人がいたり、メリーさんから電話がかかってきたり」
「メリーさん? もしかして氷の魔女グラスメリーか!? 彼女もこちらの世界へ来ていたのか」
「うん。違う」
驚くアルトリウスを美言は速攻で否定する。アラクネみたいにこちら側へ来ている可能性も完全にゼロとは言えないが、斎藤の話を聞く限りメリーさんは都市伝説の方で間違いないだろう。
「昨夜からということは、裏御神体の巨石が割れたことが関係しているのかもしれないね」
「私もそれを思ったの。御神体の場所にあった、ディセリアとこの世界を繋ぐ扉が開いてアルトリウスが来たでしょ。そして石が割れて、リザードマンが湧いて出た。その時一緒に黒い瘴気がいくつか飛び散ったのを見たんだけど、もしかしたらそのひとつがアラクネだったのかもしれない」
「実際にお前はアラクネと対峙したんだし、そう考えるのが自然だろうね。他に散った瘴気が魔物本体かどうかは断定できないが、そういう悪い邪気がこちら側にある澱みと結びついて異変を起こしている可能性は十分にあると思うよ」
不審者の影も踏切での奇行も、ディセリアの瘴気を浴びて悪霊化した地縛霊の仕業なら放っておくことはできない。美言の方でも可能な限り除霊、浄化をして回った方がいいだろう。
「不審者と踏切の場所はシゲおじさんから聞いてるし、明日にでも様子を見に行ってみるわ。他にも瘴気が飛んだ場所がわかるといいんだけど」
「そんな時こそボクの出番じゃないのかい? ハニー」
「姫。魔を滅するしか能のないデカブツの戯言に惑わされませんよう」
「自分の無能さを棚に上げて平然と噛みつく棒の厚顔無恥には驚かされるね」
座卓の端と端に離れて座らせたのに、どうあってもこの二人の口喧嘩は止められないようだ。もはや好んで突っかかっているのではないかと思うほどである。嫌い嫌いも好きのうち……なのかもしれない。
「ガリバー。本当にわかるの?」
「もちろんさ。魔物の放つ汚い瘴気と美しいボクの輝きは相容れないものだからね」
「だったらガリバーの示す場所の悪霊を祓っていけば、ディセリアから溢れた瘴気をすべて浄化できるわね。町の人に悪影響を及ぼす前に何とかしないと」
「そっちの方は美言に任せてもいいかい? 私は魔王の魂がどこに封じられているのかを調べてみるよ」
雅就がそう言って、一冊の古びた本を座卓の上に置いた。昨日見せてもらったご先祖様の日記かと思ったが、そうではないことはすぐに分かった。本を綴じている糸が切れており、中のページが不揃いに重ねられている。
「たぶんこっちの本に封印場所が記されていると思うんだけど、見ての通りページがバラバラになっていてね。順番に並べて読み解くまで、少し時間がかかりそうなんだ。その間に美言は町の異変を鎮めつつ、聖剣の力も制御できるよう訓練しておくといい」
「わかった。それじゃあ、早速だけどガリバー。不審者が出る場所と踏切以外に、瘴気が飛んだ場所がどこなのかわかる?」
スマホを取り出して自宅周辺の地図を開く。小さな液晶画面を大人六人が覗き込むのは少々窮屈だが仕方ない。そう思っていると、隣に座るアルトリウスがスマホの液晶画面に手のひらをかざした。
綺麗な指だな……と見惚れてる間に、座卓の上一面に大きくなった地図がホログラムのように浮かび上がった。
「わ! すごい。これも魔法?」
「この地図を一旦コウンルートしてレポットとミレッツを足して、グラヌェラワだけを残すとこうなる」
「うん。全然わかんない」
巨大化した地図の真ん中に、青い点滅の丸印が見える。美言の家だ。試しに手で軽く触れてみると、スマホと同様にホログラムの地図も動かせた。
「ここが家で、こっちが今日行った森林公園ね」
「オッケー、オッケー。そうだな……汚い気配を感じるのはここと、ここ。それからこっちと、それ……あぁ、これも嫌な感じがするね」
ガリバーが指差した場所の中には、斎藤が言っていた不審者の出る通りや踏切も含まれている。どうやら瘴気の場所がわかるというのは本当らしい。
「結構多いのね。全部が全部、アラクネみたいな魔物じゃないといいんだけど」
「だが聖剣の力を制御するには、実際に戦ってその体で覚えた方が早いぞ」
「そうだよ、ハニー。早く上達してボクを絶頂に導いておくれ」
「なまくらぁぁっ! そのまま天へ帰ってしまえ!!」
「へぇ? それじゃあ、お言葉に甘えてハニーと一緒に昇天……って、あれ? おかしいな」
ヘイちゃんをからかっていたガリバーの顔から急に笑みが消えた。真剣な眼差しで彼が指差したのはホログラムの地図の中央――美言たちのいる、古守白狐神社だ。
「今、ここにも瘴気の気配があるんだけど?」
ガリバーの言葉と被るようにして、美言のスマホが着信音を鳴らした。画面に表示されるのは非通知の文字。出ようかどうか迷っている間に、なぜか勝手に電話の応答ボタンが押されて。
『私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」
可愛らしい少女の声が、電話と――そして美言の背後から聞こえてきた。




