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11:拙者にお任せ下さい

 アルトリウスがくうを蹴るたび、彼の足元に小さな魔法陣が現れては消えていく。まるで水面に揺れる波紋のようだ。特に呪文を唱えているわけではないので、アルトリウスの思考に合わせた魔法を自然と発動しているということか。

 想像するだけで魔法を使える。ディセリアにいるほかの人間も同じようにできているのかは知る由もないが、少なくとも美言みことにとってのアルトリウスは驚異的な技を持つ神父という印象である。戦い方は魔法剣士っぽいが、来ている服が神父服キャソックなので教会関係者であることは間違いないだろう。実際にアルトリウスが使う魔法も神聖な力を感じるものが多かった。


 長い足と蜘蛛の糸を使って、アラクネは器用に木と木の間を移動してくる。その大きな体からは考えられないほど俊敏な動きに、美言みことたちは何度も距離を詰められた。

 近付かれれば足の先に生えた鋭い爪で貫かれそうになり、離れれば蜘蛛の糸で捕らわれそうになる。アルトリウスのサポートを受けて美言みことも何度か聖剣で攻撃を試みてはいるが、見た目に反して素早いアラクネになかなか決定打を与えることができていない。その理由は明白だった。


 木の枝に吊るされたたくさんの繭が美言みことたちの攻撃の邪魔をしているのだ。

 繭のない場所へ移動しようにも、いつの間にか周りにはアラクネの糸がびっしりと張り巡らされており、まるで巨大な糸の檻に閉じ込められてしまったかのようだ。繭を傷つけないようわずかな隙を見つけて攻撃しようとしても、そのたびにアラクネは繭を盾にして巧みに逃げてしまう。それだけならまだしも、時々いたずらのように繭を攻撃しようとするものだから、美言みことたちは多くの繭を守りながら立ち回らなければならなかった。


「先に皆を助けないと……!」

「糸なら切れるが……」


 周りで揺れる繭を見て、アルトリウスが苦々しく言い淀む。美言みことにもアルトリウスの懸念はわかった。

 聖剣で繭を吊るす糸は切れても、ひとつずつをていねいに地上へ運ぶことができない。そんなことをしていればアラクネの格好の餌食だ。

 吊るされた繭の糸を纏めて斬ることも、たぶんできるだろう。問題は落下する繭を受け止める手段がないということだ。


「あなたの魔法で、受け止めることはできないの? トランポリンみたいな」

「確かにトラン地方にポリン族はいるが、彼らは高く跳ねるだけで魔法を使えない種族だ。というかお前、やっぱりディセリア人じゃないのか?」

「いろいろ違う!」


 ちょっとだけポリン族のことが気になったが、今はそれどころではない。繭をどうにかしないと、障害物を避けて逃げなければいけない美言みことたちの方が先に疲弊するのは目に見えている。


『姫。拙者にお任せ下さい』


 腰のあたりがムズムズすると思ったら、御幣ごへいがスマホのバイブレーション機能みたいに振動していた。


「ヘイちゃん? どうするつもりなの?」

『ここには仲間が多くおりますゆえ、彼らの力を借りようかと』

「仲間?」

『自然の木々たちでございます』


 確かに御幣ごへいは木の棒に紙垂しでを挟んだものだが、御幣ごへいと森林公園の木々を一括りに仲間と言っていいものだろうか。美言みことが迷っていると、周囲の木々がまるで語りかけるように突然葉を揺らしてざわめき始めた。


『拙者を信じて、姫は繭の糸を切って下さい』

「そう言われても……あっ!」


 美言みことが逡巡している間に、袴の帯に差し込んでいた御幣ごへいが自らスポンと抜け出してしまった。


「ヘイちゃん!」


 落下していく途中で形を人型へ変えた御幣ごへいは、まるで羽根が舞い降りるかのようにふわりと地上に着地した。そして美言みことの方を見上げると、心配ないと伝えるように強く頷く。


「木の力を借りるって……一体何をするつもりなのよ」

「彼はお前の大事な相棒なのだろう? なら、彼を信じてやれ。それに人型を得て、彼自身の力も増しているはずだ」


 アラクネの攻撃を避けながら眼下に目を落とすと、ヘイちゃんはどこから出したのか白地に紫の柄の入った扇子を広げて優雅に舞い始めていた。アラクネの邪気漂う空間の中、そこだけが光降り注ぐ舞台であるかのように、何ものにも穢されない清浄な空気に満ちている。

 ヘイちゃんが扇子で空気を揺らせば邪気が消え、くるりと舞えば足元に花が咲く。その花に誘われるようにして、どこからともなく現れた細い木の枝が、複雑に絡み合いながら巨大な網のように地面を厚く覆った。


『姫! 今です! 繭は彼らが受け止めますゆえ』


 ヘイちゃんの声にアラクネの動きが一瞬止まった。

 一撃だ。アラクネに反撃の隙を与える前に、一撃で繭すべてを木から切り落とさなければならない。


「任せろ」


 美言みことが何か言う前に、アルトリウスの声が耳元をくすぐった。言葉にせずとも、美言みことが何をしたいのかがアルトリウスには伝わっている。

 重なり合う手。伝わる体温。混ざり合った互いの力のように、まるで体まで溶け合いひとつになるかのようだ。体の奥から右腕へ流れてくる力はアルトリウスの魔力だ。その力の動きに逆らわず身を任せた瞬間、美言みことの右腕が大きく真横に薙ぎ払われた。

 

 銀色の衝撃波が暗い森を切り裂いて走る。吊るされた場所も、繭の大きさも違うのに、アルトリウスに身を任せて放った一撃は見事にすべての繭を無傷のまま切り落とした。落下した繭も、ネットのように変形した木の枝が取りこぼすことなく受け止めている。


「すごい……! 本当に全部纏めて落としちゃった」


 願ったのは美言みこと本人だが、その神業的な一撃に感嘆の声を漏らさずにはいられない。きっとアルトリウスはアラクネの攻撃を躱しながら、同時に繭を吊るす糸が絶妙に重なる場所を探っていたのだろう。聖剣の、何か特別な力で押し切るのかと思っていた美言みことは、アルトリウスの緻密で確かな戦闘能力にただただ感服してしまった。

 もはやアルトリウスの方が勇者として相応しいのではないか。ネガティブな思考ではなく現実的な話として、腕力も戦闘センスもない美言みことより百倍は仕事をしている。


「ミコト。一気に叩くぞ」

「あ……うん」

「何だ、その呆けた返事は。しっかりしろ。アラクネを倒せるのはお前しかいないんだぞ」

「わかってるってば!」


 気を取り直して、聖剣を強く握りしめる。霊力を注ぎ込むイメージをすると、リザードマン戦に比べて明らかに自分と聖剣を繋ぐ力の流れが手に取るように分かった。

 いろいろ考えても聖剣に選ばれたのは美言みこと自身だ。ならば自分にできることを精一杯やるしかない。


「アラクネなんて私がちゃちゃっと片付けてみせるわよ!」


 言葉には力が宿る。

 美言みことは祝詞を唱えるような心持ちで、すうっと深く息を吸い込んだ。美言みことの意図を悟って、アルトリウスも剣を大きく振り被る。


「とりゃーーっ!」


 口から出た言葉は祝詞でも何でもない気合の叫びだったが、聖剣の力を発揮するには十分だった。

 辺りを覆う闇を一閃して、金色の軌跡が縦に走る。まるでかまいたちみたいに鋭く広がった衝撃波は、八本あるアラクネの足のうち、三本を根元からすっぱりと切り落とした。




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