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47・せんとう

 






 床を飛ぶように走り、気づかれる前に化け物の懐に潜り込む。

 そして躊躇なく下から上へ、力任せにエーテルの刀剣を触腕めがけて振り抜いた。

 見上げればかなりの大物である。


 振り抜いたと同時にズュッと。

 思わずバランスを崩しそうになるほど、想定していた以上にあっけなく赤い触腕が両断される。

 万が一。斬れないことも考えた上でかなりの力を込めたせいか、まるで豆腐を切るかのような手応えであった。

 刃先に液体が纏わりつく感覚。


「ン"ーーーーーッ!!!」


 鳴き声と呼べるのかどうか。

 そんなブザーのような叫声が化け物を中心に発せられた。


 とりあえずの一撃を与えたツヅリは飛び退く。

 触腕が床に転がり、化け物は身悶えるようにその全身を痙攣させている。

 斬り落とした触腕、まだぐねぐねと動いているその切り口からは青い液体が流出している。


 ツヅリがその触腕に意識を向けた時。

 彼はその表面にボコボコと、いくつもの黄色い眼球が出現するのを見てしまった。


 一瞬の思考停止。


 その瞬間、別の触腕がツヅリを真横から叩き飛ばした。

 ムチのように振り抜かれたその触腕の膂力(りょりょく)は凄まじく、彼は一瞬にしてフロアの柱に叩きつけられる。


「──あっぶないな……」


 ダァンという衝撃音が鳴り、柱に亀裂が走るほどの衝撃だったけれど。

 スタリと地面に着地した彼はさしたる怪我もなく、顔にかかった髪を邪魔そうに払いのける。

 とはいえこれで、注意を引くことには成功しただろう。


 ───斬られたあとも動いていたけれど、虫のようなものか?

 それとも分裂しても死なないような性質を持っているのか。後者だとしたら厄介極まりないな。


 とはいえ一つだけ分かっていることは、こいつら魔獣?もまた、核となる結晶エーテルを体内に保有しているということ。

 その核を潰されてしまえば、生物としては死に至るしか道はないだろう。

 ───もう少し斬ってみるべきか。


 彼はズルズルと自分に向かってくるその化け物を注視する。

 先程までは無かったはずであるが。

 いや見えていなかっただけか、いつの間にかその全身には百目のような眼球がボコボコと出現している。

 それから目を離さないように後退り、倒れていた女性2人からある程度の距離を離すように動く。


 この化け物自体の機動性はそこまで高くないらしい。

 床を這う速度はせいぜいが散歩程度のものであり、脅威を感じるほどのものではない。


 そうして安全な距離まで離れたであろうかというところで───彼は左手の刀剣を軽く握り直し、また身体を加速させる。

 叩き潰そうと振り下ろされる触腕をかわしながら。

 化け物の懐に潜り込むまで3秒とかからなかった。

 間隙を見計らうこと数瞬。

 足にぐぐぐっと力を込めた彼は、そこからさらに数倍の速度で跳躍し、その刀剣で触腕を二分する。


 ブシャリと青い液体が飛び散る。


 総じて6本ほど斬り飛ばしただろうか。

 地面に転がった触腕を確認する限りでは、そこから再生したりするような動きは見られない。

 となればやはり虫のようなもの。


 しかし斬り落としたほうは良くても、本体は触腕を斬り落とした先からまた触腕を再生している様子である。 

 頭部を落とせれば話は早いのだろうけれど、この化け物、一体どこが頭なのか分かるわけがない形状をしている。

 眼球がある場所が頭部なのかと言えば、眼球が全身に出現している始末である。

 やはり核を直接攻撃するのが手っ取り早そうだ。


 そうと決まれば対処法も見えてくる。

 ツヅリは化け物の性質をある程度把握したのち、近接戦闘を止め、後方へと大きく飛び退いた。


 ───マーゼット視覚でも核の場所を把握することは難しい。

 あの手応えであれば、手当たり次第に斬り刻むことはできるかもしれないけれど……少しばかりリスキーだ。


 飛び退いた先へ突っ込んできた触腕を斬り飛ばし、彼がフロア床に右手をついた直後───右手を中心として術式が床に広がる。

 幾何学模様が光を帯びながら刻み込まれていく。

 ツヅリから化け物へ。

 またたく間に生え伸びたその術式は、化け物に辿り着いたと同時に床そのものの形状を変化させる。


 鋭い棘。


 術式の先に展開された複数の魔法陣からそれぞれ、鋭い棘が勢いよく化け物に向かって突き刺さる。

 その直後、なにかが割れるような甲高い音が聞こえたような気がした。


「ン"ーーーーー───……」


 化け物の巨体を穿つ8本ほどの棘。

「串刺し」という表現がぴったりなその状況に、化け物はわずかな身じろぎと触腕を振り回して苦悶の声を上げる。

 だがそれも、数秒もすれば聞こえなくなった。

 化け物の触腕がだらんと、だらしなく床に垂れ落ちる。棘の根本から青い液体が流れ落ちている。


 端的に言えば「対象を変形させる術式」である。

 エーテルの消費を考えれば優先度の低い術式運用だけれど、適所であればむしろ有用。

 1人だったときにはそれなりに使っていた術式でもある。


 目の前の化け物からエーテルの活性が消えていくのを確認し、ツヅリは強化術式と刀剣術式を解除する。

 背中の魔法陣は消失し、エーテルの刀剣も刃先から消失していく。

 胸元のサラシも、手足に巻いていた布も、またもとの白い生地に戻っていくようである。


 ───やはり刀剣にしたのは正解だった。

 撃つたびにエーテルを消費する射撃型とは違い、これならエーテルを消費するのは最初だけ。

 エーテルのリソース問題がある現状、継戦能力の高い術式はそれだけで価値がある。

 こればかりは結夜理術式に感謝しないといけない。


 さて、残る問題はといえば。


 ツヅリは床に刻み込んだ術式にもう一度手を置くと、エーテルを流し込んで術式構造を操作する。

 刻み込んだ術式がまた光を帯びる。

 それに合わせて幾何学模様がガコンガコンと移動していくと───突出していた8本の棘は跡形もなく消え去り、現れたのは変形する前の状態の床。


 その場には化け物の死体と、流れ出した青い液体、化物が暴れた形跡だけが残されている。

 刻んだ術式も、エーテルを流さなければその跡が見えることはないだろう。そも、術式核がなければ扱うことすらできない代物である。


「重い……とか言っちゃダメ、ほんと」


 倒れていた女性2人の容体を確認したあと。

 とりあえず下へと運んだほうが良いかと判断したツヅリは、2人を階段の手前まで移動させる。

 エーテルの活性状態をみるに、意識を失っているだけだろう。


 それにしても、本当にいったいどういう状況なのであろうか。

 ───誰も助けに来ない。

 誰も助けを呼んでいないのである、なんて……いや、僕の場合は助けを呼ぶ手段がないんだけれど。

 というか、誰もいないのが意味がわからない。


「───あー! やーっと見つけました!何してるんですかもう!」


 下に行けばなにか分かるかもしれない。

 そう考えながら女性を下に運ぶため、抱き上げようとしゃがみ込んだ直後。

 後ろからそんな、あまりにも聞き覚えのある素っ頓狂な声が響いた。



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