46・せんとうまえ(挿絵)
「……なんだ?」
その聞こえてくる音に不気味さを感じつつも、行く以外に選択肢はないと彼は走り出す。
タッタッタッと、彼の軽い足音が鮮明に響いている。
悲鳴が聞こえてきた方向。
そしていまなお、ガシャンドシャンと騒々しい音が聞こえてきている方向へと。
それは今いる4階フロアの中央付近であった。
そしてその出処にたどり着いたとき、彼は咄嗟に物陰に身を潜める。
「───魔獣……?」
フードコートか何か。
正面方向、ベンチがある休憩スペースのような場所に、ぐねぐねと赤いものが蠢いている。
まるでタコのように複数の触腕らしき物を動かし、周囲の物を手当たり次第に破壊しているようだ。
魔獣と呼ばれる存在に詳しいわけではないため、あれが何なのかを判別することはできない。
ツヅリはその魔獣らしき化け物を物陰から確認したのち、次いで悲鳴の主を探し始める。
もう逃げたのか、あるいはどこかに隠れているのか。
とはいえ悲鳴が聞こえたからと言って助ける義理なんてないはずである。
いつもの彼であれば「面倒そうだから放っておこう」なんて判断をしていたであろうことは想像に難くない。
内面の微々たる変化。
その変化はおそらく、シャルロッテによってもたらされたものであった。
物陰に隠れながら捜索をしてみること数分。
ツヅリはぼろぼろに壊されたベンチの影に、仰向けに倒れ込んでいる2人の女性を視認する。
幸いにも外傷の類は見受けられず、見たところは気を失っているだけのように見える。
───しかしながら、状況が分からない。
これだけの騒ぎであればもう少し人が騒いでいたり、この化け物を処理しに来る動きがあってもいいはずだけれど。
今のところそんな様子は皆無。
店内は実に静かなもので、陽気に流れる店内放送だけがパッパラと鳴っている。
周囲に人がいないのも含めて、考えられるのは異常領域内にいつの間にか入ってしまった可能性。
だがそんな予兆はまるでなかった。
「……やってみるか」
助けが来ないというのなら、ここで何とかしてしまうのが良さそうだと。
ツヅリは行動を開始する。
あくまでも自分の命が最優先だが……その次くらいにあの2人を助けられたら良い。
───「力があるのなら奮うべきだ」。
ツヅリは先程着たばかりのオフショルを脱ぎ捨てる。
胸に巻かれた白いサラシが露わになるが……先ほどとは異なり、その布地表面には幾何学模様がびっしりと浮かび上がっている。
左腕のアームカバーを取り外せば、そこにもまた、幾何学模様が浮かび上がる白い布が巻かれていた。
力を込めれば、それらに刻まれた術式が起動する。
紫色の光が眩さを増し、彼の左腕と背中に魔法陣が出現する。
背中には左右2つの、歯車のような魔法陣が。
左腕には纏わりつくような円環が現れ、やがてその円環は一振りの光の束を編み上げる。
「……うん、大丈夫」
刀剣状に編み上げられたエーテル。
それは言わば、絶対に折れることのない剣とでも呼ぶに相応しいものである。
彼自身、かなり良い術式を構築できたと自負している。
とはいえこの刀剣は、そも結夜理術式が無かったら編み出せないものだった。
幾何学術式では光弾などにある程度の形状を持たせることは出来ても、明確に形状を具現化するようなことは出来ない。
その点、結夜理術式は具象化などに秀でた術式。
だから衣に刻み込まれていたその術式を、一部再利用することで成立させたものである。
───ギュルルルルと。
背中の魔法陣が回転し始めると同時、ツヅリの身体が急激に熱を帯びて活性化し始める。
───問題ない。
生体術式のウィンドウで確認してみても、術式はちゃんと機能している。
ここにきて、自分の身体を労ることを考え始めた今日この頃。
「なるべく、身体に刻まれている術式をそのまま使わないようにしよう」という今更すぎる考えから練り上げた術式。
特に身体強化などはそれが顕著であるがゆえに。
「───ッ!」
物陰から飛び出せば、人間離れした速度が身体に馴染む。
まずはあの化け物をこちらに引きつける必要があるだろう。




