45・にちじょう(挿絵)
「あーいう感じってわりと貴重だと思うんだよねー。ウチらもわりと相手選ばずって感じだけど、ナハトちゃんのやつはそれ通り越して「ド天然」みたいなー?」
「天然すぎるのも考えものですよ!」
「色があっていいじゃんねー」
「そうそう」
「ん"な"っ!?」
ツヅリの話であるはずなのに、彼そっちのけで言い合いが始まる店内。
そんな中、「閉店中」となっていたはずの入り口のドアベルがカランと鳴る。
「やっほー」
「バーゼット様!」
もれなく全員がその方を向けば、入ってきたのはスーツにパーカー姿のアンフェドール副所長。格好を見るに仕事帰りであろうが表情はいつも通りの、いたって穏やかな笑みを浮かべている。
彼女はパーカーのチャックを下ろし、胸元のネクタイをシュルシュルと取り外す。
「みんなお疲れさまー。今日はなんだか、大賑わいだったみたいじゃない?」
そう言いながらパーカーの中にしまっていたロングヘアを両手で一気に取り出すアステラ。
彼女の青い髪がクラゲのように膨らんでなびく。
その言葉にツヅリはそっと目を逸らした。
今日の一連の出来事に対して、釈明の余地はなく。なにも言い訳ができない。
「そうなんです! 大変だったんですから!」
「けど所長、あたしはいいと思います」
「アラネア。私は「所長」じゃなくて「副所長」ね。そこ、結構大事なポイントなのよ?」
指をさして指摘するアステラ。
どうやら、そこだけは譲れないらしい。
「ウチもいいと思う! なんか楽しかったし!」
「ぜーったいダメです! 今日のハチャメチャ具合を忘れたんですか!?」
「シャルちゃんはあのキャラが嫌なだけっしょー?」
「ちぃ……がうとは言わないですけどぉ……! でも弊害が大きすぎますよ!」
補足しておくべきことは。
この2日……というよりは、そもそもナハトに接客の指導をしているのがシャルロッテであるという点。
アラネアとマチエールは厨房を主に担当しているため、接客にはほとんど関与していないのだ。
つまり、「ツヅリの接客による不手際」のほぼすべてを、シャルロッテが1人でカバーしていたという事実だけは伝えておかなければならないだろう。
アラネアとマチエールの2人にとって、ホールの大騒ぎはまさしく対岸の火事だったのである。
「そうねぇ」
「仕事もできてたし、あーいうキャラもいたっていんじゃないですか?」
「それでお客さんの膝に座ったりしてたんですよ! 問題があると思います!」
そんな言い合いを聞きながら、近くの椅子に足を組んで座るアステラは苦笑気味だった。
その応酬が続くほどに自身の無法ムーブが白日の下にさらされ、ツヅリは心底いたたまれない心境を味わっていた
───いっそ記憶がなかったなら楽だったのに……。
実際、彼自身も戸惑っているのだ。
まさか自分の自我が完全に引っ込むレベルで、作ったキャラになり切れてしまうなんて。
今までこんなことはなかったのだが。
これまでの人生である程度は自分のことを理解しているつもりだったけれど、まさかまだ、自分さえ知らない特技があるとは予想だにしなかった。
「2人の言うことも分かるけど、シャルの言うとおりよ。風紀が乱れるような接客はダメ。いくら仕事が完璧でもそこだけはしっかりしないといけないわ。私たちは軍属であり、治安バンカーでもあるんだから」
「まあ、所長がそう言うなら」
「はーい」
「"副"所長ね?」
3人のツヅリを置いてけぼりにした言い合いに、アステラはそう結論づける。
シャルロッテはどこか納得のいかなそうな表情をしているけれど、少なくともアステラが自分の意見と同じだったことで溜飲を下げている様子である。
「ナハトも。しょぼくれててもしょうがないわよ。まだ2日目なんだから、焦らないようにすればいいの」
「本当にすみませんでした!」
「よろしい。それじゃあこの話は終わり! 早く閉めて帰るわよ!」
パシパシと両手を叩き、アステラが場の空気を一掃する。
のんきな返事をして食器洗浄に戻るアラネア、ぐでっとテーブルに突っ伏すマチエール。アラネアの手伝いに入ったシャルロッテと、事務室に入っていくアステラを横目に、ツヅリはほうきでの床掃除を再開しながら小さく一息ついた。
───もっと慣れていくことを優先して行動していかなければならない。
ここは今までの僕が通用しない場所で、少なくとも帰る手段が見つかるまでの間は、ここで暮らしていく必要があるのだから。
「ナハトちゃん、準備できましたー?」
数日後の朝方。
寮の2階にそんな声が響いた。
なりきり騒動からさらに1週間ほどが経ち、2回目のお休みの日がやってきていた。
アンフェドールは完全週休2日、場合によっては3日なこともあるわりとホワイトな職場である。
そんな記念すべき2回目のお休みに何をするのかと言われれば。
ツヅリは今日、シャルロッテに「一緒にショッピングに行こう」と誘われていたのだった。
ちなみに1回目のお休みは「文字の読み書き練習」に費やして消え失せてしまった。致し方なし。
「こんな感じですけど……」
「おー! いいですいいです! サイズはどうですか?」
「ちょうどいい、かも?」
「ふふん、袖丈もぴったりですね!」
7号室の前で呼びかけるシャルロッテ。
そうして、ゆっくりと開いたドアの向こうに立っていたツヅリは、白いブラウスに黒いショートパンツという可愛らしい格好に身を包んでいた。
頭にはシャルロッテと色違いの髪飾りをつけている。
当然ながらそれらは彼が買った服というわけではない。
光の大天使、シャルロッテさまのお下がり。
彼女がもう着なくなった服を、あるいはまだ着ていた服などを、彼女が混じり気なしの善意でツヅリにあげたのである。
いちおう彼の名誉のために言っておくが、彼は一貫して「ほんとに適当なものでいいです」「簡素な男っぽいやつとかで全然」と繰り返し言っていた。
もしそう言っていなかったら?
今ごろ彼は、ふりふりでリボンのついた「とーっても可愛らしいワンピース」に身を包んでいたことだろう。間違いなく。
なぜならシャルロッテが最初に持ってきた服がそれだったからだ。
ちなみに下着に関しては全力で断っていた。それはもう怒涛の勢いで、土下座するレベルで断っていたと記憶している。
───「それだけは受け取れないです!」「いやちが、そうじゃないんですけど、そうじゃないんですけど!!」「ごめんなさいごめんなさい!」。
ああ、ひどく哀愁に満ちた声が聞こえてくるようだ。我々は彼の嘆きを忘れてはならないだろう。
「似合ってるんですかね……?」
「はい、とっても!」
「そ、そうなんですかぁ。へぇ〜……」
───こういうのあんまり着たことないんですよね。
そんな言葉がツヅリの喉元まで上がってきたけれど、記憶がないのが前提であるがゆえに飲み込まざるを得ない。
「なんかこう……新鮮、な感じがします」
そして頑張ってひねり出た感想がこれであった。
雑巾を絞るときのように言葉を絞り出したのだが、どうやら彼の脳みそはカラカラに乾燥してしまっていたらしい。
「似合ってますよ! あとはお化粧もしたら、もーっと可愛くなると思います!」
「お化粧は、ちょっと……」
「そうなんです? まあでも確かにもともとが良いですもんね。すっぴんって感じがしないですもん」
───女性はお化粧というものをするらしい。
そういえば近頃は男性も化粧、もといスキンケアをするのが当たり前な時代になってきているとか。
僕もスキンケアなどはするけれど、とはいえ本格的なソレはしたことがない。
してみたいかと言われれば、あくまでも「どうなるのか」という興味があるだけだ。
してみたいとかはない、断じて。
断じて。
スキンケアに加えて紫外線対策の日焼け止め化粧下地、ファンデーション、目元隠しのコンシーラー、フェイスパウダー、アイライナー、チーク。
このくらいはあったほうがいいのだとか。出来たらマスカラも。
さっぱりまったく、これっぽっちもよくわからないけれども。
◇
さて、るんるんなシャルロッテに連れられてやってきたのは、ここアントーブリッツでもかなり大きな商業施設である。
食料品店から雑貨屋、レストラン飲食店から服飾店まで多種多様なテナントと、そこを訪れる買い物客で大変にぎわっている様子だった。
「見て見て。 これ、ナハトちゃんに似合いそうじゃないですか?」
4階の一角にあった服飾店。
そこは主に一般層向けの衣服を取り扱っているようであり、付けられている値札からそれがわかる。
一着あたり4000ルーツくらい。
もちろんそれより高い衣服がある棚やラックもあるけれど、だいたいは4000ルーツを前後している。
───「ルーツ」。
それが主に、この大陸で使われている共通貨幣であるらしい。
商品単価の額面だけで言えばトバリ皇国の「円」とさほど変わらないだろうか。
「たしかに、可愛いかも」
「でしょでしょ! 試着してみませんか?」
「それじゃあお言葉に甘えて……」
シャルロッテに差し出されたのはいわゆる「オフショル」と呼ばれるような服。
これから暑くなるシーズンらしく、サラサラとした薄手で軽めの生地が使われているようだ。
やけに素直にその服を受け取るツヅリ。
こっちに来てからというもの、シャルロッテに何かと世話になることが多く、断ることに引け目を感じているのがその理由である。
もっとも、当のシャルロッテはそれについて何とも思っていない。
「じゃあ、着替えてきますね?」
そう言って試着室に入った彼は、カーテンが閉まっていることを確認してブラウスのボタンを外し始める。
───この身体にも慣れたものだ。
もうこっちに来てから2週間近くが経過した。
最初の頃は自分の身体を見るだけで顔が熱くなっていたけれど、いまはどうということもない。
そこそこの大きさの2つの双丘についても「揺れるのが面倒だな」くらいの認識に落ち着いていた。
胸に巻いたサラシが露わになる。
ブラウスをハンガーに掛けた彼は、壁の全身鏡に映る自分自身を見る。
もともと肌は白いほうだったと記憶しているけれど、さらにすこし白くなったか。
身長も低くなっている。いまはシャルロッテと同じくらいの背丈である。
戻れるのだろうか、という不安がないわけではない。この身体も、この世界も。
ただ慣れというのは恐ろしいもので、そういうことをあまり考えなくなっている自分がいる。
不安や戸惑いすらも「いまを生きる」という至上命題に塗りつぶされてしまったと感じるのだ。
「……ふぅ」
───よくない。
ふとした時に考え込んでしまうのが悪い癖だ。
こんな事を考えてもしょうがないのだから、少なくとも今を楽しむ努力を惜しむべきではない。
持ってきたオフショルの服に袖を通して、鏡を見ながら服を整える。腰のあたりに紐が付いていて、それでラインを見せることもできるようだ。
ぎゅっぎゅっと紐を締めて調整をして、いい感じになったところでツヅリはシャーっと試着室のカーテンを開けた。
「お待たせしました……あれ?」
カーテンを開けたところ。
そこに待っているはずのシャルロッテの姿が見えないことにツヅリは困惑する。
椅子に座って待っていると言っていたのだが、いったいどこへ行ってしまったのだろうか?
それと心なしか、周囲が静かすぎるような気がしなくもない。
店内放送は流れているけれど、人の声がまったくと言っていいほどしないのだ。
試着室から出た彼は、戸惑いながらもシャルロッテを探して店の中を歩き回る。
だがシャルロッテはおろか、ほかの客も店員の姿すらもどこにもない。
どういうことだと彼がさらに困惑を深めたその時。
「───きゃあああああッ!!!」
突如、フロアに甲高い悲鳴が響き渡った。
それと同時に何かが暴れるような、破壊音らしき音がどこかから聞こえてくる。




