42・りょう?
苦笑混じりで呆れた様子のコーリンに「気を付けたほうがいい」と改めて言われるシャルロッテであったが、その言葉を気に留める様子はなさそうである。
頼もしい、馬耳東風を体現した背中だ。
コーリンは前述のとおりこのあと用事があるとのことで、その場でわかれることとなった。
「うちに寄っていきませんか?」とシャルロッテが尋ねたけれど、彼はさわやかな笑顔でそれを断っていた。
「あの人と会うのは体力が必要だからね」という話。
───先輩後輩という関係らしいけれど、やはり苦手意識も少なからずあるのだろうか。
「あ、そういえば連絡あったんですよね。バーゼット様から」
もうそろそろ日も沈んでくるかという時頃である。
空もだんだんと暗くなってきているようで、明かりもぽつぽつと点いてきている様子。
そんな中、アンフェドールへの帰路を歩いていた2人。
シャルロッテが携帯をいじりながら画面を覗き込んでいる。
「連絡です?」
「はい! えーと……「今日はもう上がっていいからナハトに寮の案内をしてあげて」ですって! やったー!」
勤務を終了していいと。
つまりは直帰の許可が出たらしかった。
そう言えばバーゼットさん、僕に部屋を用意してくれるとか言ってたっけ。
衣食住の衣と住を用意してくれるなんて、好待遇にもほどがあるだろうアンフェドール。
なにか裏があるんじゃないかと勘ぐってしまいそうになる。
いやいや、いまはちゃんと感謝をしなければ。
そうしてアンフェドールへの帰路から外れ、大通りから少し逸れた市街地の方へ足を向ける。
しばらく歩いて10分ほど経っただろうか。
「ここです!」とシャルロッテの元気な声に、その指差す方を見上げたツヅリ。
「……あの、これ寮っていうより」
彼は目の前にある建物を見上げる。
「一軒家じゃないですか……?」
一軒家。紛うことなき一軒家。
しかもかなりデカい。
そこにあったのは彼が思い描いていたような、いわゆる「アパート」のような建物ではなく、洋風の大きな一軒家であった。
そこそこ広そうな庭も門の向こう側に覗いている。
「みんなで住んでるんです。シェアハウスってやつですね!」
「そ、そうなんですか。なんか緊張しちゃいますね」
「肩の力抜いていいですよ! 個室もちゃんとありますから!」
ツヅリはどう反応していいのか分からず、驚いた様子を前面に出して対応する。
───これ、どうすれば良いんだ?
中に入っていいのか、いや中に入っていいのか?
「さ、ナハトちゃん。中にどうぞ!」
「……お、お邪魔します」
ここで断ったところで行くあてがあるわけもなく。
鍵を開け、ドアをひらいて手招きするシャルロッテに促されるままに、ツヅリはおずおずと中に足を踏み入れた。
フラワーフレグランスが香る。
広い玄関の先は小さなホールになっていて、そこからいくつかの部屋のドアと、2階へと続く階段があるのがわかる。
後ろでカシャリとドアが閉まる音が聞こえた。
スリッパに履き替えて周囲の様子を見回してみると、かなり清掃が行き届いているのが見て取れた。
それと、目に見える範囲に余計な物品が置かれていない。
4S、あるいは5Sがしっかりしているようである。
「個室は2階にあって、1階はキッチン、リビング、お風呂トイレ。トイレはいちおう2階にもありますよ」
「そうなんですか……。ここに、みんなで住んでるんですよね?」
「そうですね! 今だと私と、バーゼット様と、あと2人住んでるかな」
「ぼ……わたしで5人目……。ちなみにそのお二方の性別は……?」
「あ、気になっちゃいます? 安心してください! みんな女だから安心ですよ!」
───ぼくが! 大丈夫じゃないの!
「そ、そうなんですねぇ。へぇ〜……」
嫌な予感だけがツヅリの胸中に渦巻いている。
心なしか、彼の表情が引きつっているような気がしなくもない。
僕以外の住人全員が女性だって? いったい何の冗談だって言うんだこれは。
いや今は、僕も女ではあるんだけれど!
待て待て。住んではいるけれどほとんど関わりがない可能性だってあり得る。
いやあり得るのか?
生活リズム……はアンフェドールで働いている以上はたぶんほとんど同じだろう。そうなると、できるだけ接触を避けることを意識して生活したほうがいいのは確実か。
これはだいぶ困ったことになってしまったと、彼は内心で頭を抱えざるを得なかった。
ツヅリは恐る恐る、シャルロッテに尋ねる。
この質問は下手をすれば、彼の印象を少し悪くしてしまいかねなかったけれど。
「あ、あの〜。ちなみに、なんですけど」
「どうかしました?」
「アパートみたいな寮とかって……」
「アパート? あー、前はあったんですけど……」
───前は、あった?
前は? その言い方だと、まるで今は無いみたいじゃないか。
「そもそも入居者がいなかったので、取り壊していまはパーキングになってますね!」
「なる、ほどぉ…………。パーキングに……」
「その分の収入も、アンフェドールの資金になってますから! お金は多いに越したことはないです!」
「なるほど?」
実に合理的な判断である。
僕が困ってしまうということを除けば、その判断に文句を言うような点は特に見当たらない。
僕が困ってしまうということを除けば。
「それはそうとナハトちゃん。 さっそくお部屋に案内しますよ! ナハトちゃんのお部屋は7号室ですって!」
笑顔のシャルロッテがトテトテと螺旋階段を上っていく。
人間万事塞翁が馬という。ここで一喜一憂していたところで始まらないと、彼は憂い気な感情を飲み込む。
黒猫連合のあの男なら、「絶句!」なんて旗をステッキからはためかせるに違いないけれど。
あいつは外見が猫だからまだマシか。
いや、僕とどっちがマシなんだその場合。
ツヅリはそうやって少しばかりの現実逃避をしながら、シャルロッテに微笑んで階段を上がっていくのだった。




