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41・うらがわで

 





 アックスノーツ大陸。

 およそ半年前に。王権国家として新生したノスタルジアでは、統治体制の変革に伴って官僚から人民に至るまで忙しない様子である。

 亜人種を弾圧する大陸諸国からの自国防衛を筆頭に、対応すべき問題は未だ山積みであり、国家としての先行きは不透明と言わざるを得ないだろう。


 旧マトリカリア城。

 王都マトリカリアに存在したその荘厳な城は、数十年前の敗戦に伴って、いままでは議会議院として転運用されていた。

 その内装が一新されたのはおよそ半年前。

 それはノスタルジアが、絶対王政への移行を宣言した翌日のことであった。


 さて。

 そんなマトリカリア城においてはこれより、宰相ら大臣役と諸官僚たちを含む面々での定例議事が執り行われようとしていた。


「……女王陛下、まもなく時間に御座います」

「うむ」


 従者をぞろぞろと侍らせながら廊下を進む、豪奢な黒いドレスに身を包んだ女性。

 腰元からは4本の長い尾。

 さらにその頭部には特徴的な4つの耳が生えており、その大きさもあってかなり目を引いている。

 右手には銀色に光を反射する杖を携えており、その彫り込まれた緻密で規則性のある紋様から、それを持つものが如何に高貴な身分であるかを察することができるだろう。


 長卓が並べられた議場。

 窓のないその場所にはシャンデリアがいくつも吊り下げられており、床は程よい硬さのカーペットが敷かれてある。

 そんな議場には制服に身を包んだ者たちがずらりと卓についており、資料の読み直しやなにかを話し合っている様子が見て取れた。


「陛下のおなりである!」


 その言葉が響き渡った瞬間、場内のすべての人間が一斉に立ち上がる。

 およそ100余名。ザッと衣擦れの音が重なり、そこに立つ全員が敬礼を見せた。


 その視線の注目する先に姿を見せた女性こそ。

 ノスタルジア新女王───アルラハール・スウィーリアスである。

 彼女はしっかりとした足取りで場内を歩み進むと、壇上に1つだけ空いていた空席。

 そこに用意されていた豪華絢爛な玉座に腰を下ろした。


「よい。とく始めようぞ」

「はっ。着席せよ!」


 そうしてつつがなく会議が始まり、長卓の中央から中空にビジョンが投影される。

 投影魔法を魔導技術へと落とし込んだものである。

 各議題における資料がずらりと展開投影されているそのビジョン装置は、古くはハルモニアからもたらされたものであった。


「───ふむ。まだ財政は芳しくないか」

「そのとおりに御座います陛下。一時的な減税措置の影響もありますが、大陸内における貿易取引はほぼ、真人種が牛耳っている次第。現状において外貨を取り入れることは困難を極めております。亜人種の国家との連携模索も継続しておりますが、抑圧されている状況では難しいでしょう」

「大陸外との取引はどうなっておる」

「抑圧を脱してからというもの、デアデリング大陸との交易の足掛かりを作ることには成功しております。現状ではハルモニア王国とセルジニア帝国、ナルドール同盟圏の3国との協議を進めている段階でありまして、すでにハルモニア王国とは貿易を開始しております」

「まかなえそうか?」

「昨年の貿易取引額の7割程度は達成できる見込みです。とくに我が国の主要産業である、製造業・魔導技術関連部品産業が大きな需要を持っているようでして」

「そうか。……大きな転換期である今、人民が抱える不安も相当なものであろう。財政出動の状況は、どうか?」

「それは……宰相の管轄であると伺っております」

「失礼いたします陛下。財政出動についてですな」


 各分野を担う大臣役と女王との問答を中心に会議は淡々と進んでいく。

 財務大臣に代わり、目配せを受けたセト宰相が豊かな白ひげを撫でながら立ち上がる。

 彼は王家と長い付き合いのある、もとは公爵の地位を預かる人物でもあった。


「まず第一次産業についてはご存じの通り、数年前より税緩和と財源を投入し、政府主導の内需の活性化を図っておりました。その甲斐あって我がノスタルジアの食料自給率は現時点で、141パーセントを達成出来ております。輸出入がほとんどなくなったことも要因の一つですが、大陸市場からの切り離しを図っていた結果でしょうな。

 第二次産業の製造業についてはいまなお低迷しておりますが、軍需投資による下支えと、デアデリング大陸諸国との貿易順次開始で持ち直せる見通し。建設関連についても公共インフラ事業を投じることで倒産数を抑制しております。

 第三次産業については、特に観光業の著しい低迷が起こっていた模様。とはいえ忌々しい真人種がいなくなったことで娯楽意欲が再燃し、それも回復傾向にありますな。減税と補助による費用の推移は一定を保っております」


 セト宰相はすこしゆっくりながら、しかし芯のある声色で。

 中空に映し出される各種資料を交えながらそこまでを話し合えると、手元に置いていた紙資料をふわりと魔法で浮かせ、蝶に変えて女王の下へと送り届ける。


「列挙させて頂いたのは特筆事項になりますゆえ。各産業に関する詳細なデータはこちらの資料にまとめさせて頂いております」

「ふむ……。見定めを怠らぬようにし、総花そうばな的にならぬようにだけ注意せよ。……そなたに言うべきことではなかったかな?」

「いえいえ、女王陛下。そのお言葉を頂けるだけでも光栄の極み。一層の精進を積ませて頂く所存にございます」

「ユダンタ財務大臣。貴公もよくやってくれている」

「有難きお言葉にございます!」


 受け取った資料に5分ほどで目を通し終え、宰相と財務大臣に激励を贈った彼女は次に、この議場でいちばん大柄な人物へと目を向ける。

 ライオンに似た外見を持つ獣人種。

 軍務卿を任じられているマルス・ゴッドンバーク。その唸り声のような低重音の声が議場に響く。


「して。マルス軍務卿、防衛線の状況は?」

「はっ、女王陛下。デッケンバーグ洋、マルタ洋におきましては……ゲネベルタやらルルサンドやらの船がちらついてはおりますが、接近してくる様子は今のところ確認できておりません。やはり、大陸随一と呼ばれていたポートレス艦隊を消し炭にしたのが良い牽制となっている模様です。飛獣や魔導航空船の類も、我がEEZ内への侵入を許してはおりません」

「それも大樹の力ありきだがな。軍備の次第は?」

「術式制御弾の増産計画は目標数を達成。また広域術式弾頭の開発も順調に進んでおります。軍事拠点の増設に伴い、魔導艦隊の編成配備も進めており、1週間後にはノートリア級新型艦を追加で2隻配備する予定であります」

「うむ。上々であるな」


 実に。

 実につつがなく会議は進んでいった。

 そうして、ひと通りの報告と議論が済んだのち。


 ノスタルジア女王───アルラハールは静かに立ち上がり、おもむろに口を開き、声を張る。


「さて皆の者。座したまま聞くがよい。これまでよく国家の維持に努め、我の手足となってくれた。心からの称賛を贈らせてもらう」


 静まり返る場内に、彼女の凛とした声だけが響いている。


「───思えばはや数カ月。あの予言からはすでに30年以上の月日が経っておる。……時の流れとは残酷なものよ。この間にどれだけの同胞が涙を呑み、歯噛みしたことであろうか」


 皆がそれぞれ、思い思いの情念を胸中に秘めている。

 虐げられたことのある者。家族を連れ去られた者。

 土地から財産に至るまでの略奪を受けた者。

 あるいは、奴隷として売られた過去のある者。

 亜人種であるというだけでその尊厳を汚された経験は、ここにいる誰もが少なからず持っているものであった。


「だがあの日。たしかに神樹は現れた。顕現したのだ、我らの眼前に! そして呼応してくれたのだ!」


 力強い声が空気をびりと震わせる。

 そうして一拍を置き、アルラハールは口元に薄っすらと笑みを浮かべ、ゆったりと声色を緩やかにして語りかける。


「ところで貴公ら、今日に至るまで休むということを一切していなかっただろう? これからは少しばかり、その機会が増えるやもしれぬな」

「それは……まさか───」


 場内にどよめきが広がる。


昨日さくじつ。我が異能をもって、大樹の権能を余すことなく引き出すことに成功した。これでもはや、何者にも邪魔立てはさせぬ!」


 ───我々は、失った尊厳を取り戻す。

 女王が銀杖を高く掲げ、つよく床を突いた瞬間、透き通るような音が議場に鳴り響く。

 赤い波動のようなものがぶわりと広がった。

 それと同時に。

 歓声と拍手喝采が場内を包み込むのであった。







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