冒険者と猫のようなモノ
――こんな夢を見た。
レニーは、自身の所属しているロゼアのギルドの受付にいた。その受付の上には黒い猫が座っている。
そしてその黒猫と向かい合っていた。
「……なんだ、オマエは」
第一声がそうなったのは、黒猫がそのテイでいるだけで全くのベツモノであるとわかったからである。
真っ直ぐこちらを見る目。
ヒトの目だ。
黒猫の目は閉じられており、額にヒトの目玉がはめ込まれている。レニーでなくとも、黒猫がおぞましい存在であると理解できるだろう。
目玉はレニーを観察するようにゆっくり動く。
足先から上っていき、視線が交差する。
そして嗤った。
明確に嘲笑されていると理解できた。動物の表情なぞ正確に理解できるわけではないが、人間の表情であれば別だ。
大きく口を開け、こちらを見つめる目。
嘲り。哀れみ。喜び。
ざわざわとおぞましさが駆け上がってくる。恐怖よりも、反感――怒りのほうが湧き上がってきた。
夢の中であるというのに、こいつは消さねばならないと、本能が訴えてくる。
右腕に魔力を込める。
「オマエはなんだ、と聞いてるんだ」
右手を上げる。
右腕は黒く染まり、指先の白い光が点滅する。
――確実に排除する。
「答えろ」
狙いを定める。しかし、黒猫はひょいと受付から飛び降りると、裏側に消えた。魔法を解除し、受付の先を覗き込む。
消えていた。
気配もない。
「…………なんだ、アイツ」
思わず息を漏らす。ため息なのか、安堵のものなのか、レニーでも区別がつかない。
受付から離れる。
なぜか右手からピリピリと痛みを感じた。
そちらに目を向ける。
右手が、黒く染まったままだった。
魔法は解除した。間違いない。現に右腕全体が黒くなっているわけではない。なのに、右手は黒い。
少しずつ、侵食するように黒が這い上がってくる。
まずい。
と、体が警笛を鳴らす。レニーはホルスターから杖を引き抜くと、右腕に先を当てた。
「……クソ」
撃てない。
体が固まって、先の行動を起こせない。
右腕が真っ黒に染まり、そして――――
――目が覚めた。
汗まみれで起き上がる。
借りた客室のソファの上だった。軽く毛布がかかっている。それを剝いで、右手を見る。
指先が血に染まっていた。
傍らに置いたマジックサックから包帯を取り出し、乱暴に拭き取る。
どこから出血しているか確認をするが、どこにも傷口はない。
夢から継続していた警笛が静まったころ、レニーも落ち着きを取り戻した。
頭をがしがしとかく。
「なんだったんだ。今の夢は」
答えは、誰も知らない。
○●○●
「依頼をしたいの」
朝。彼女は話を切り出してきた。
「どんな依頼だい」
「たぶん、シュトレンヴルムの討伐」
たぶん、という言葉が引っかかった。依頼というのは、目的がはっきりしているものだ。
「あなたがルビー冒険者だからこんな話をするのだけど、シュトレンヴルムは私の猫かもしれないの」
猫、と聞いて、おそらくレニーは苦い表情になってしまったのだろう。
「どうかした?」
リミーヤが心配そうに聞いてきた。
「……いいや。続けてくれ」
首を振って、レニーは続きを促す。
「猫のミーちゃん。私が飼っていたペットなの。黒くてツヤのある毛の、可愛い子でね。でも、年齢がね」
悲しげにリミーヤは目を伏せる。
「亡くなったの。四か月前にね」
寿命だったのだろう。老齢であったのなら、病気の可能性も高いが、老いとはそういうものだ。病気であろうとなかろうと同じだ。
「私はね、受け入れられなかったの」
懺悔するように彼女がつぶやく。
「薬の研究を、元々していたのもあるわ。あの子の元気がなくなったあたりから色々研究を急いで、あれこれ試したわ」
「何の、研究だい」
「蘇生の薬よ」
ぞわりと、刃が静かに背筋を通っていくような感覚がした。
「できるわけがなかった。でも、私は狂ったようにそれをつくることに躍起になってたの」
「で、つくれたと」
リミーヤは首を振った。
「――気がついたら、完成していたの。薬が」
その話は誰かとの会話を思い出させるには十分だった。
「私がどうやって完成させたのか。どんな素材が使われたのか、全くわからない。そんな薬よ」
何もかも同じだ。
「でもわかったわ。これはミーちゃんを生き返らせることのできる薬だって」
「それで、使ったと」
リミーヤは頷いた。
「次の日になれば、以前のようなミーちゃんが見れる。そう信じて――私は迷わず使ったの」
膝の上に乗せていた拳に力が入り、そこに涙が落ちる。
「でも、次の日。ミーちゃんを埋めた場所は掘り起こされたようになっていて、ミーちゃんは影も形もなかった。代わりに、シュトレンヴルムの目撃談と噂を聞くようになった」
なくなったものを現れたモノ。タイミングが合致しているのであれば、可能性を考えるしかない。
ネクロマンサーという役割がある。
死体を利用するもの。死を招く魔法や、意識だけを外に飛ばす術など、使う術は様々だが、リミーヤの蘇生薬というのはネクロマンサーの領域だったのだろう。
最も死に近い、とされるロールだ。
そのせいか、犯罪者も多い。レニーも以前戦ったことがある。
望まぬ復活。
いや、ある意味望んだ復活なのかもしれない。
「私がミーちゃんを化け物にしたかもしれないんです。だから、それを確かめたくて。もし、本当にそうなら、終わらせたくて。だから――」
言葉が続かなくなる。
大事な人、動物を失った悲しみと、死を汚してしまった罪悪感。どちらも、というところだろうか。
昔のレニーであれば、蘇生薬が手元にあったとしても、平気だっただろう。エレノーラのように燃やして、それで終わりだ。
今は、そうとは言い切れない。
レニーは右手を見て、握りしめる。
「受けるよ」
何より、昔からそういう手合いは嫌いだ。他者の心を利用して、嘲笑うような者は。
暗闇を睨む。誰もいない、暗闇を。
「探そう。見つけ次第倒す」
夢が杞憂でも、何でも良い。
可能性があるなら潰してやる。




