星の道 ☆
夕飯が何なのか。
ずっとお腹を空かせていたアスランにとってそれは、とても重要な事らしい。
花夏の鞄の中には、小鍋と少量の米、乾燥豆などが入っている。そもそもひとりぶんを想定しているので、あまり量はない。
となると、白米ではなくおかゆにしようと思う。おかゆなら嵩が増えるので、手持ちの米の量でもなんとかなりそうだ。
花夏だけなら米に豆を入れて一緒に炊けばそれでもう十分なのだが、先程のアスランの食べっぷりを見ると恐らく彼にはそれだけでは足りない。魚を足してもいいが、どうせならもう少し味がしっかりしている方が満腹感が得られるかもしれない。
という事で、夕方まで狩りをする事にした。
「私はこっちを探すから、アスランはあっちを探してくれる?」
「分かった」
アスランが了承する。マントは脱ぎ、簡素なグレーのシャツに黒いズボン、帯は黒とシンプルな服装だ。腰の剣は、花夏のよりは太いがやや短かそうだ。髪を紐で一本に縛ってあるが、揃っていない前髪が横から落ちてきて邪魔そうに払っている。
花夏は川を正面に見て右、アスランは左を探す。あまり欲張って沢山獲るのもどうだろうと思い、何か獲れたらまずは声を出して教え合う事にした。
花夏は、先程魔物を倒した時に着ていた旅用の服をそのまま着ている。すでに魔物の血がついて汚れているので、狩りをするには丁度いい。
先程アスランが花夏の剣を見て、「それすごい良さそうだな」と褒めてくれた。王宮騎士団が使用していた剣だ、恐らく一般の物よりも上等なのだろうとは思っていたが、やはりそうらしい。
そうなると、あまり大っぴらに見せて歩くのも考えものではあるが。
少し陽が落ちてきた。急がねば何も見えなくなってしまう。道を外れ、森の一歩奥へと足を踏み入れた。
しばらく辺りをうろつくが、そう簡単には見つからない。あまり野営地点から離れると迷子になりそうなので、ある程度行ってからは半円を描くように移動していく。木々の隙間から、焚き火の明かりが時折確認できた。
(いないなあ)
魔物がいた森だ。もしかしたら動物は魔物を恐れて逃げてしまっているのかもしれない。
来た道をもう一度辿ろうとしたところ。
遠くから、ドン! という音が聞こえた。
音がした方から鳥がバサバサと飛び立つ音がする。アスランが獲物を見つけたのだろうか。
というか、何だろう、あの音は。
すると、アスランの呼ぶ声がした。
「カナツー! 野兎捕まえたぞー!」
「わかったー! すぐ戻るー!」
野営地点まで走って戻ると、丁度アスランも戻ってきたところだった。
手には兎が一羽。耳を持っているが、見たところ外傷がないようだ。
「どうやって捕まえたの?」
「ちょっと魔法使ってドン、と」
よく分からない。語彙力は大事だ。
「ドンって何」
「えーと、これ」
そういうと、アスランは兎を持っていない方の手を前に伸ばし、手のひらを下に向けた。
ボン! と少し先の地面がえぐれる。
「空気を押し出す感じかな」
と説明する。衝撃波のようなものだろうか。それは、結構強い種類の魔法なのではないだろうか。
「それがアスランの魔法なんだ」
魔法が使えない花夏としては、少々羨ましい。しかし、アスランは否定した。
「これがって訳じゃない」
「どういう事?」
「これが一番使いやすいだけで、他にもまあ何となく出来る。ちょっと力加減難しいけど」
「他にも?」
アスランが頷く。焚き火の灯りがアスランの姿に陰影を作り、それがまた何とも言えずきれいだ。
「例えば」
そう言うと、手のひらを上に向けた。手のひらから、ボッと火が出た。それが小さくなり消えたかと思うと、手のひらから水が滴り落ちる。
「……魔法って、そんなにいくつも使えるものなの?」
「魔力が強い人は、そういう人もいるみたいだよ。よく知らないけど」
「普通は使えない?」
「多分ね」
事も無げに言う。天は二物を与えずとはよく言ったものだ。この端正な顔に、複数の魔法を使える能力。随分と神の愛情が偏り過ぎではなかろうか。
「いいなぁ。私魔法使えないから」
つい愚痴が漏れる。アスランが意外そうに聞く。
「使えないのか? そんなにオーラ出してるのに」
オーラ。シュウにも以前言われた事だ。これだけ魔法がつかえるのだ、アスランの魔力量は多いのだろう。なので、アスランにもそれが見えるらしい。
「きれいな金色みたいなオーラだけど」
見えない? と首を傾げて聞いてくる。サラサラと髪が流れた。まるで、映画のワンシーンのように見えた。
そんなアスランを見ると、焚き火の赤い明かりと赤い髪の色が混じってまるで境界線がないかのように見えるが、残念ながら自分の体からは何も見えない。
「見えない」
ふーん、とアスランは納得した風だ。
「そういう事もあるんだな」
「そうだね」
花夏もよくは分からない。そうだ、とアスランが続けた。どうやらこの話は終わったようだ。
「で、これってこの先どうすると美味しくなるんだ?」
火を反射してキラキラと輝いた目で聞かれた。魚の件があるので、もしやと思い聞いてみる。
「いつもはどうしてるの?」
「皮剥いで丸焼き」
「血抜きは?」
「何それ」
「内臓は?」
「そのまま」
「そのまま……」
アスランが深く頷く。先程魚の腹わたを出していた時も顔を歪めていたので、もしかしたらエグいのが苦手なのかもしれない。
「あのね、内臓はすぐ取らないと、あっという間に腐っちゃうよ」
「そうなのか?」
「うん。それに、肉も臭みが強くなるよ」
「あ、だから不味かったのか」
「多分ね」
兎の耳を持ったまま持ち上げ、内臓か……と兎を見て呟いている。抵抗があるらしく、そこから先動かない。
(ダメだこりゃ)
花夏は諦めた。これ以上は時間の無駄だ。まだこの後には発光石の採取も待っている。さっさとすべき事は済ましておきたかった。
「貸して」
アスランが素直に兎を手渡す。花夏は受け取ると、川縁にいって勢いよく処理を始めた。
「うええ」
アスランが遠巻きに見て何か言っている。本日何度目かの苛々が花夏を襲った。
「生き物の命を戴くんだよ。丁寧に美味しく戴かないとダメでしょうが」
ついシュウみたいな口調になってしまい、こう言う時のシュウはやはりこちらを子供扱いしていたのかも、と気付く。
ちょっと、凹んだ。
「いい匂い」
丸太に座り込んで小鍋をぐつぐつ掻き回す花夏のすぐ真横に来て、アスランが鼻をクンクンとさせている。
「近い」
一言言い放つと、アスランが一歩下がった。
「ごめん、鍋しか目に入ってなかった」
悪気はないらしい。まあ、触るなと自分から言うくらいだから下心はないのだろうが、だからといって殆ど知らない人間に対しすぐ警戒を解くつもりはない。それに、下手に触れて本当に気でも失ったらそれこそ大事だ。
「アスランは発光石って採ったことある?」
話を変えてみる。この焚き火の明かりでは見えるのかどうかも気になるところだ。
アスランは、焚き火の反対側に移動して座り込んで胡座をかいた。
「何度かあるよ」
「この明かりだと見える?」
「多分微妙かな。でも俺だと見える」
「……どういうこと?」
「俺が近付くと光るから」
なんだその自動感知器みたいな現象は。
「まあ、後で見てみれば分かる」
それはそうかもしれない。花夏は頷き、鍋に向き合った。とにかくまずはこの飢えた人を何とかせねばならない。
アスランが小鍋をじーっと見つめている。ぐう、とまたお腹が鳴ったのが聞こえた。
「……よくお腹空くね」
半分呆れて聞く。アスランが、胡座をかいた膝の上に肩肘をつき、顎を乗せてこちらを見た。お腹をグーグー鳴らしている人とは思えないイケメンっぷりであるが、恐らく今彼の頭の中には鍋の中身の事しかない。
「ここのところ、まともな物を食べてなかったんだ」
「どうして?」
「春になったから」
意味が分からない。どうもアスランとはうまく会話が出来ていない気がする。
「ごめん、意味が分からない」
はっきりと言うことにした。遠慮していては話が進まなさそうだ。
アスランが、花夏を見つめたまま答えた。
「北に、何かを感じたんだ」
「何か」
「そう、何か。何か気になったけど、途中まで北に向かったら思ったよりも寒くて、ちょっと中断した」
どうも、寒さは苦手らしい。
「それで?」
「春が来たから急いで出発したけど、分からなくなった」
「どういう事?」
「北にもういない」
よく分からない。
「何がいないの?」
アスランは相変わらずじっと花夏を見つめている。花夏も喋りながら思わず見惚れてしまう、その美貌。美しすぎるのも罪なのかもしれない。
「北の方に感じた気配が、北からいなくなった。追ってたものがどこかに行ってしまった。だから、迷ってる」
「どんな気配?」
鍋の中身はもうすぐ出来上がる。米の固さが取れたら食べ時だ。
「あったかい」
ポツリとアスランが言う。
温かい気配とは一体どんな気配だろうか。花夏には想像がつかない。
「もうその気配は感じないの?」
アスランは少し考え込む。その間もじっと花夏を見ている。この人のこの癖は、直した方がいいと思った。見られる側は落ち着かない。
「なんかぐちゃぐちゃで分からない。近くにいるようないないような」
「そっか。……早く分かるといいね」
アスランのその感覚は花夏には分からない。でも、アスランはずっとそれを頼りにここまで北上したというなら、だったら早くそれが報われればいいな、そう思わせる、切ない声色だった。
「そろそろ食べようか」
小鍋を火からおろして地面に置いた。残念ながら器はひとり分しかないが、スプーンは2本ある。スプーンで器に花夏が食べる分だけ入れ、小鍋とスプーンををアスランに渡した。
「熱いからね」
「うん」
何とも素直だ。いただきます、と心の中で唱えて食べ始める。ふーっとスプーンの上で冷ましてから口に含んだ。うん、塩味が足りないが、豆からも肉からも出汁が出ていてそこそこ美味しい。
アスランを見ると、流石に小鍋は熱いらしく、小鍋を地面に置き、その上に身を乗り出してスプーンで掬ってフーフーしている。口に入れた。熱かったらしく、ハフハフして口を手で押さえている。それでも飲み込んだのか、喉仏が動いた。少し俯いて目を瞑っている。動かない。
「……大丈夫?」
火傷でもしたのだろうか。やはり、鍋ごと渡したのは失敗だったかもしれない。
アスランが目を開けた。上目遣いでこちらを見る。表情が読めない。
「……なに」
こういう雰囲気は苦手だ。呑まれそうになってしまうから。
「……お前、飯うまいな」
「どうもありがとう」
アスランがスプーンを持ったまま乗り出してきた。
「あのさ」
「なに」
近い。花夏が体を引く。
「お前が俺に耐えられるまででいいからさ、一緒にいていいか?」
「はい?」
どういう事だろう。この人の思考回路が全く理解できない。
アスランの表情はあくまで真剣だ。
「だから、お前の飯がまだ食いたい」
「はあ」
アスランがスプーンを持ったまま鍋の脇に膝立ちになった。
「俺は行く当てもない」
「はい」
花夏が器を持ったままズルズルと後ろに下がる。
「お前は逃げてる」
「逃げてます」
アスランが四つん這いになって這ってきた。
「俺はそこそこ強いぞ」
「まあ、そんな感じだよね」
花夏が器を持ったまま更に下がる。背中が、荷物を洞に入れた木に触れた。行き止まりだ。
「俺はお前の飯が食いたい。だからお前を守って逃げる。どうだろう?」
「どうだろう、と言われても」
こんな目立つ男と一緒にいたら、余計目立ちそうだ。
アスランがスプーンを握りしめたまま膝立ちをして、花夏の前に立ち塞がった。焚き火の明かりを背にしていて、顔が暗くて表情がよく分からない。ただ、近いのは分かる。また30センチくらいの距離しかない。この男の距離感はどうもおかしい。
「近い」
「ご飯、作ってほしい」
聞いてない。懇願するような声を出された。
この男は、ご飯の事しか頭にないのかもしれない。どれだけアスランの作るものが不味いのか、少し興味が出てしまった自分がいた。
「近いってば」
「頼む」
触るなと言われると押しのけることも出来ない。この相手を追い詰める体勢は頼む態度ではないように思えるが、それだけ必死なのかもしれない。
「これからもお前の作った飯が食いたい」
一見どこかの世界の古いプロポーズの言葉のようにも聞こえるが、これは言葉のままの意味だろうことは理解できた。でも。
花夏はよく考えてみる。サルタスも、護衛ができるといいようなことは言っていた。アスランの場合、食費はかかってもそれ以上お金がかかることはなさそうだ。それに、変な事もされない可能性が高い。3ヶ月限定、と考えると、悪くはないのかもしれない。
ただ、本当に信用できるのか?それが引っかかっている。
「アスランの事をまだよく知らない」
花夏は正直に言った。信用できる程の材料が、まだない。
そんな花夏に、アスランはふう、とため息をついてみせた。近いから、息が花夏の顔にかかった。
「俺、やろうと思えばお前を襲って犯して気絶したところでお前が持ってる魔石も奪えるんだけど」
そうしたところで俺に損はないし、と、とんでもない事を言い始めた。
だが、確かにやろうと思えば出来る事だった。乱暴な事はしなそうだと判断したのは花夏だ。今更それに気付いた。
アスランが、花夏が張り付いている木の幹に腕をかけ、自身の腕に頭をついて花夏を見下げた。緑色の目がこちらを見ている。髪の毛が花夏の頬を触る。
「お前、警戒心なさすぎだ。俺がヤバい奴だったらとっくに喰われて身ぐるみ剥がされてるぞ」
アスランにまで言われてしまった。警戒心。シュウにもサルタスにも散々言われた事だ。でもだったら、何が正解だったんだろう。
アスランが続けた。そこに答えがあった。
「本当に警戒するなら、あの時、俺に石を素直に渡してすぐ逃げるべきだったんだ」
「あ……そうか、そうすればよかったのか……」
アスランの無邪気な雰囲気と報酬に考えが囚われて、そんな単純な事に気付けなかった。
少し呆れたようにアスランがまた溜息をついた。
「お前、騙された事ないだろ? 人を簡単に信用しすぎだ」
「う……確かにない」
「だから、ここまで教えてそれでも襲わない俺を信用しないか?」
天然だと思っていたアスランに説得された。もしかしたら、こちらが普段のアスランなのかもしれない。会った時は空腹でおかしくなっていた可能性は、ある。
でも、相変わらずどいてくれない。これで信用しろと説得されてもだ。
「それに、悪いけど心配だ」
「どういう事」
「お前、すごい可愛いもん。明日予定通りに俺と町で別れた後、他の変な奴に襲われないか心配になる」
今まで、面と向かって男性から可愛いと言われた事がない。従って、花夏は激しく動揺した。
「ななななな何言って」
「なんだ、お前の周りの奴はそんな事も言ってくれなかったのか? ダメだな」
「いやダメってシュウさんすごく優しかったしそんな」
「誰だよシュウって」
そうだった、アスランが知る筈もない。動揺し過ぎた。
「俺は毎日言ってやるぞ。別に本当の事だもんな」
「毎日ってあの」
特典みたいに言われても。
「な? 俺といてくれよ」
髪の毛がくすぐったい。目は真剣だ。イエスと言わない限り退いてくれなさそうだが、でも確かに信用は、出来るかもしれない。
「……毎日言わなくていい」
アスランの腕の力がやや緩んだ気がした。
「……じゃあ一緒にいていいって事だな?」
嬉しそうに聞きようによってはすごい事を言われた。まあ目的は花夏の料理なのだが。
「……信用していいんだよね?」
これで騙されたなら、花夏は本当に人を見る目がないという事だ。
アスランが木から身を起こして、花夏の正面に向き合った。はにかむ様に笑っている。
「信用して大丈夫だ」
それこそ無防備なアスランの笑顔に、花夏はついまた見惚れてしまった。また、炎と赤い髪が溶けて見える。綺麗だった。
「飯、食おうか」
そう言ってアスランが立ち上がった。
「手は貸せない。悪いな」
「大丈夫」
花夏は器を持ったまま、元の場所にズルズルと戻った。
(……心臓やばい)
あの顔であの距離であの話の内容は、初心者レベルの花夏にはキツかった。
これこそ、口が裂けてもシュウには言えない。
スプーンを口に運びながら、そう思った花夏だった。
「足元に気を付けろよ」
上半身裸になり、ズボンを股ギリギリまでたくし上げたアスランが、先に川に入って花夏に声をかけた。見た目が細いのでもっとガリガリかと思っていたら、結構筋肉質で意外だった。
花夏は上は汚れた服のまま、下だけ寝巻き用に持っていた短パンに木陰でさっと着替え、上着の裾を濡れない様に帯に差し込んでいる。この世界で足をここまで出している人は見かけないので、足が丸見えなのは正直どうかとは思ったが、服を着たままでは採取は出来ない。
何度かアスランの視線を感じたが、まあ、信用するしかないだろう。
足をそっと川に入れてみる。冷たいが、入れない程ではない。川縁は小石がゴツゴツしている。
「カナツ、こっちだ」
川上の方からアスランが声をかけるが、焚き火の炎が届いてなくてアスランの姿が見えない。
真っ暗な川は、花夏にこの世界に来た日の事を思い出させた。何かが藪の中をガサガサと動いていた闇を。
少し、怖い。
アスランがいる方を見る。よく見ると、水面に星の光が映っている。星の光を追うと、暗闇にゆらりと揺れる人影があった。
少し暗闇に目が慣れてきたのだろうか、輪郭がはっきりとしてきた。
目を凝らすと、アスランの足元に淡く光っている物が無数に見え始めた。多分、これが発光石だ。
あまり小さい物は売り物にならないとギルドから言われている。目安として見せてもらったのは5センチくらいの大きさの物だった。これ以下になると、すぐに魔力を枯らしてしまうそうだ。
段々と、アスランを中心とした半径3メートル程の円の中にある小石が輝きを増していく。
魚を食べている時にアスランが言っていたではないか。魔石の制御が効かなくなると。それがこれのことなのだ。
――この人は、一体。
発光石のかけらが、水面下からアスランを照らし出す。アスランが、夜空の星の上に立っているような錯覚を覚える。
まるで、夢のような光景だった。
「カナツ、この光ってる石の中で大きめの物を拾えばいい」
アスランが何でもない事のように声をかける。確かにこれなら探しやすい。
「分かった」
水の流れに足を取られないよう、慎重に歩いていく。
かなり細かい石が殆どだが、時折比較的大きい物がある。青や白など、寒色が多いようだ。ぱっと見、シュウがくれたような黄色のような暖色の物は見当たらない。シュウの事だから、もしかしてかなり貴重なものだったりする可能性もあるのかもしれない。
アスランがひょい、と石を拾い上げては投げ捨てている。水位は、背の高いアスランの丁度膝ぐらいの高さだ。花夏だと膝上くらいになるだろうか。
もう少しでアスランを中心に輝いている辺りへ着きそうだ。
丁度円の端の辺りに比較的大きそうな青い石を見つけた。あまり服を濡らさないよう、袖を押さえながら水の中に腕を入れる。
石を掴んだ。そこそこ重そうだ。ゆっくりと持ち上げて水から出す。7、8センチはあるだろうか。水から出しても、濡れているからかまだ淡い青い光を発している。ところどころムラがあるが、それもまた綺麗だ。
初採取成功に嬉しくなり、ついしばらく石を眺めてみていたらしい。
「カナツ?」
驚いたようなアスランの声が聞こえた。
「どうしたの」
「見てみろ」
「え」
花夏が顔を上げると、アスランが驚いた理由が分かった。
先程までアスランを中心に綺麗な円を描いていた発光石のかけらの光が、いつの間にか花夏に向かってひと筋の流れを作っていた。
「何これ……」
どういう事だろう。花夏の後ろはもう光っていない。正確には光ってはいるが、アスランの周りの石の輝きが強すぎて、目立たない。
まるで、アスランと花夏の間を星の道が繋いでいるかのように、アスランから花夏に向かって光が流れてきていた。
「お前……」
アスランがゆっくりと花夏に近づいてくる。信じられない物を見ているかのような顔をして。
「魔力、吸えるのか?」
アスランが聞く。彼を中心に、光の円が花夏の方に移動してきて、どんどん花夏に向かって流れてくる。
「そうみたい……そうは言われた事あるけど、自分ではよく分からない」
花夏には何の感覚もない。本当に何も分からないのだ。何でこんな事になっているのかも、何もかも。
「これは、アスランの魔力?」
「そうだ。俺から出てる魔力を、石が吸い取って反応してる」
星の道がどんどん短くなる。アスランが目の前まで来て、光の円が花夏の前で細くなる。
「ちょっと、触らせて」
そう言うと、石を両手で持った花夏の手を下から両手で支えた。手が、触れる。花夏の手を石ごとアスランの手の中に包み込んだ。
すると、段々周りの発光石の輝きが暗くなってきた。
花夏もアスランも、その様子をただ見つめている。
やがて、先程までの星の道も光の円も消えてなくなった。
花夏の手を握ったまま、アスランが少し心配そうな声で尋ねる。暗くてよく顔が見えない。
「どこか、おかしいところはないか?」
花夏は考えてみたが、別にない。全く何ともない。
「ないよ」
「ちょっと見せて。じっとしてて」
そう言うと、花夏の事をじっと見始めた。でも花夏の目を見ている訳ではないらしく、花夏の奥の方を見ているような感じがした。
「……なに、見てるの」
邪魔してはいけないのだろうか、そう感じてしまい、小さな掠れ声になってしまった。
「カナツの、魔力の量」
アスランが囁き返す。少し低めの、綺麗な声。
「俺、お前に触れてるよな?」
手を握ったまま、そんな事を言ってきた。
「どう見てもそうだね」
「だよな……」
不思議そうに呟いて、握っていた手をそっと離した。
少しずつ、アスランの足元の石に輝きが戻ってきた。アスランの表情が見えた。不安げな、子供のような表情。それは、恐れだろうか、怯えだろうか。
「何ともない?」
また同じような質問をされた。
「大丈夫だよ、何ともない」
どこも何もおかしくない。なのでその通り答えると。
ふわり、とアスランが花夏を優しく抱きしめてきた。
「ちょ、ちょっとアスラン」
花夏は焦る。どうしてこの世界の男たちはこうすぐ抱きついてくるんだろうか。シュウといいアスランといい。
「ごめん、嬉しくて」
「嬉しいって、何で?」
シュウみたいにギュッとはされない。ふんわり、優しい。
「俺が触れても何ともない人がいた」
「アスラン……」
散々言っていたではないか、触れると皆おかしくなると。
「……ありがと」
アスランは、泣いていた。
人に触れられない恐怖。触れられる喜び。
花夏には分からない。ありがとうと言われても、花夏はただここにいるだけだ。
何を言ったらいいのか分からず、花夏はアスランの抱擁の中でただ立ち尽くしていた。
いかがでしたでしょうか。
映像が流れるような気分で書かせてもらいました!
次回「触れること」は明日(2020/9/30)更新予定です。お楽しみにー