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触れること

今回も花夏とアスラン回です。

若いっていいねーな回となっております。

お楽しみくださいませ!


日々更新チャレンジ中です(2020/9/30)

3点リーダ等微修正しました(2020/10/29)

 川の上でのしばらくの抱擁の後。


 アスランが「ごめん」と呟いて背中を向けた。離れると、また川底の発光石がじわじわと光り出す。そして花夏に流れ出す。


 涙を拭いているのだろうか。よく見えない。


「……拾おうか」

「……そうだな」


 ぐず、と鼻水を啜る音がしたが、聞かなかった事にしておく。


 静かにふたりで拾っては、花夏の持つ手網の中に入れていった。


 1時間程探したところで、10個採取出来た。ひとつ500ルカなので、5000ルカになる。宿屋3日分程度だろうか。労力に対し、あまり割の良い仕事ではないかもしれない。


 川上から風が吹いてきた。冷たい。ぶる、と震えがきた。


「戻るか」


 アスランが言った。気を遣わせてしまったらしいが、でも正直体が冷え切ってしまった。戻りたい。


「うん」


 無理して風邪を引いたら面倒だ。


「持つよ」


 花夏が持っていた手網を、アスランが持っていった。横顔をちらりと見ると、もう涙の跡はない。落ち着いたらしい。


「手」


 アスランが手網を持つのと反対の手を花夏に差し出した。


「えーと」

「滑るから。転んだら冷える」


 震えていたから、気を遣ってくれたみたいだ。素直に手を取った。アスランの手もかなり冷たい。もしかして、花夏がめるまで待っていてくれたのだろうか。


 アスランに手を引かれ、浅い方に進む。濡れた足が風に当たって冷たい。


 無言で歩きながら、先程の出来事を反芻はんすうしていた。アスランから溢れる魔力、石に流れる魔力、それを吸い取る花夏。


 そして、アスランの涙。


 アスランの背中を見つめ、思いを馳せる。この人は、今までどれだけの孤独を抱えていたのだろうか。何を想い、それに耐えてきたのだろうか。


 一緒にいれば、いずれ聞く機会があるだろうか。


「……びっくりさせてごめん」


 前を向いたまま、アスランが言った。アスランの先の水面みなもに、焚き火の明かりが見える。


「……大丈夫」


 じゃぶじゃぶいう足元。アスランの広い背中。繋がれた手。


 会ったばかりの人と何をしてるんだろう、と思う。


 警戒しろと散々言われていたのにこれだ。それなのに、この繋いだ手を離したらこの人が壊れてしまいそうで、離せない。


 花夏は、自分が甘いのかもしれない、と思う。


 でも。


 自分がこの世界に来た時、何も知らないハルナが手を差し伸べてくれた。ヤナが手を繋いでくれた。それがどれだけ嬉しかったか。


 花夏の手ひとつで誰かの心が落ち着くなら。



 花夏は、手を繋ごうと思った。







「ちょっと枝拾ってくるから待ってろ」


 大分火が小さくなってしまった焚き火の前にたどり着くと、アスランは残っていた枝を全部中に投げ入れた。


 震える花夏を焚き火の前に座らせ、近くに置いてあったアスランのマントを肩にかける。自分は上着を着て、足を手拭いでさっと拭いてたくし上げていたズボンを下ろし、森の中に向かった。


「今のうちに着替えとけ」


 言い捨て、闇の中に消えた。確かに、上着は水を含んで重い。下は短パンなので濡れてないが、足全体が冷えている。早く着替えた方がいいのは明らかだった。


 木のうろの中に入れていた鞄から、ガサゴソと服を取り出す。とりあえず一番上にあった旅装服を取り出し、念のため周りを見回してからぱっと着替えた。今日は流石に沐浴は無理だし、下着もここでは替えたくない。

 

 髪に留めていた木製のかんざしを取った。髪が落ちてきて首が暖かくなる。


 アスランのマントをはたいて畳み、自分のマントを羽織った。畳んだマントを膝の上に乗せ、焚き火の前に座って温めた。きっと、アスランも冷えている。付き合わせたのは自分だ。







 どれくらい待っただろうか。


 暗闇の中にひとりいるのが少し怖くなってきた。こんなに長い事暗い外にいたのは、この世界では初めてだ。


 フクロウのような鳥の鳴き声と、虫の鳴き声がする。でも、耳を澄ましてもアスランが動くような音はしない。急に心細くなってきた。



――泣きたいのは、こっちだって一緒なのに。



 膝を抱えてマントを羽織って焚き火の小さくなっていく炎を眺めながら、花夏は誰もいないのをいい事に、唇を尖らせる。


 いきなり知らない世界に連れてこられて、言葉は通じない、通じたと思ったら追われて知らない所に行かないといけなくなって、事ある毎に警戒心が足りないとかなんとか皆が言う。


 皆、いい人ばかりだったから不満は勿論ないけど、花夏だって必死なのだ。


 不安だったり怖いのをいっぱい我慢して、剣を覚えて狩りも覚えて野営の方法も覚えて、でもまだまだ知らない事だらけでまた今日会ったばかりのアスランにも警戒心が足りないと言われ。


 皆が、花夏にしゃんとするようにと促す。


 本当は、シュウにも寄りかかりたかった。でも寄りかかったらダメな事も分かっていた。花夏もダメになるし、シュウだってきっと幻滅する。だから耐えた。


 耐えて、耐えて、耐えて。


 でも、時折どうしても心が折れそうになる。


 たまにはいいよと言って欲しい。弱音を吐きたい時もある。



 でも、それすらも出来ない。



 時折、この発作に襲われる。今日は初の野営だからか、一歩先が暗闇だからか、特に酷かった。想いが止まらない。



 すがりたい。

 すがれない。

 先が見えない。

 怖い。



 泣けば、少しは楽になるだろうか。いや、泣いたところで水分が出て行くだけだろう。無駄なことだ。そう考えないと、涙で溶けてしまう。そんな気がした。


 花夏は、頭の中がぐしゃぐしゃになって、立てている膝の間に顔をうずめた。


――小さくなって、このまま消えてしまえたら楽だろうか。


 そんな風に思えてしまう。それくらい、心が疲れていた。



 パキ、と横から音がした。


 膝の間から頭を起こすが、疲れからか重い。顔を横に向けて、膝の上に頬を置いた。焚き火の向こうに足が見える。目線を上に移動すると、アスランが枝を抱えてこちらを見ていた。


「……どうした」


 形のいい眉毛がへの字に歪んでいる。こちらこそ、そのへの字はどうしたんだと聞きたい。


「どうもしない」


 答える声が掠れていた。顔を上げた途端寒さが襲ってきて、鳥肌が立って体が小刻みに震えた。ちょっと、もしかしたら体の調子がおかしいかもしれない。こんなときなのに。


 アスランが洗って伏せてあった器に川の水を汲んできて、近くに置いた。


「少し飲むか?」


 花夏は返事をするのも億劫で、首を小さく横に振った。


「寒いか?」


 この質問には、小さく頷いた。寒気がする。川で冷えすぎたのだと思われた。


 アスランは少し考えている風だったが、花夏の後ろにくると、「何もしないから」と言ってその場に座り、胡座をかき、花夏をマントごと軽々とひょい、と持ち上げて足の輪の中に入れて横向きにさせる。


 花夏が畳んでおいたアスランのマントを広げ、自分ごと花夏を包む。


「寄っかかっていいから」


 そう言って腕で優しく花夏の体を引き寄せる。手で花夏の頭をそっとアスランの首元に寄せる。


 花夏は、小さく震えている。震えが止まらない。でも、アスランが暖かい。体に回された腕から体温が伝わってくる。どうにも力が入らなくて寄りかかってしまっている。ふんわりと包まれているので、苦しくはない。



 どれぐらい、そうしていただろうか。


 少しずつ、震えが収まってきた。同時に、グルグルしていた考えも収まってきて、睡魔が襲ってきた。


 この場で眠りに落ちないよう必死で耐えているのが分かってしまったのか、アスランが花夏の頭を優しく撫でながら小声で言った。


「信用しろって言っただろ。何もしないから、いいから寝ろ」


 包まれているからか、声が響いて近い。アスランの心臓の音が聞こえた。ぶっきらぼうな言い方だが、その内容はただただ優しい。


 アスランの鼓動を聴いている内に、花夏は次第に深い眠りへと引き込まれていった。







 ぱ、と目が覚めた。


 目前には、くすぶっている焚き火。火はもうほぼ消えかけている。木々の奥に見える空が白んできている。


 花夏は、自分が横向きに寝ている事に気付いた。身体は、アスランのマントでぐるぐる巻きになっている。


 頭を動かすと、自分の頭がアスランの右腕に乗っている事に気が付いた。どうも腕枕をされているらしい。背中と左腕が暖かいと思ったら、後ろにアスランがくっついて左腕を上から花夏の身体に回している。アスランの左腕は、昨日着ていたグレーのシャツのままだ。


――この人、何もかけないで寝たのか。


 花夏が震えていたから、マントも全部花夏に渡してしまったらしい。悪い事をした。


 花夏はゆっくりと起き上がると、そっとアスランの左腕を持って自分が今まで寝ていたところに置く。振り返ると、アスランが荷物を枕にして、スースーと気持ちよさそうな寝息を立てていた。睫毛が長い。ちょっと口が開いていて子供みたいで可愛かった。寝顔になると、幼く見える。


 静かに起き上がると、アスランのマントを脱ぐ。おかげ様でホカホカで目覚めたが、恐らくそのせいでアスランは冷え切っているだろう。そっとアスランの首元までマントをかけた。まだ寝ている。


 花夏がそうっと立ち上がる。すると、アスランが声をかけてきた。


「……どこに行くんだ」


 眠そうな声だ。目が半分開いていない。


「……お手洗いに」


 水分を控えているのでそうちょくちょくは行かないで済んでいるが、流石に朝になるといい加減行きたくなる。


「……すぐ戻って来いよ」

「うん。アスランは寝てていいから」

「うん」


 そう言って目を瞑った。またスー、と寝息が聞こえ始めた。


 花夏はなるべく静かに歩き、川縁を歩いていく。それなりに離れた場所でないと、正直落ち着かなかった。


 無事用を足し、川の水で手を洗ってぱっぱっと水を払いながらアスランの元に戻る。アスランは寝ていた。


 流石に朝は大分空気が冷えていて、これだけで身体が冷たくなってきてしまっていた。焚火の火を大きくしようか、等と考えた。朝ごはんもちゃんと作らないと、アスランまで底冷えしてしまっては可哀そうだ。


 髪の毛を束ねる為、うろの中に置いたままの鞄のポケットから、木製のかんざしと櫛をガサゴソと取り出す。


「カナツ」


 どうもその音で起きてしまったらしい。背後からアスランの呼ぶ声がした。


「ごめん、起こしちゃったね」


 振り返りながら言うと、アスランが寝ぼけまなこで横になったまま、左腕でマントに隙間を作っている。


「ここ来て」


 いや、それは流石にダメだろう。昨日は震えてしまっていたのでくっついて寝させてもらったが、今はもうすっかり平気になっているし、あれとこれとは訳が違う。


「もう少し寝たいけど、俺が寒い」


 そう言われてしまった。アスランが冷えたのは、どう考えても花夏のせいだ。どうしよう、と考えてみるが、答えは出ない。


「何もしないから。寒い。早く」


 アスランがブルッと震えた。これから一緒に旅をする相手だ。風邪を引かれてもまずいだろう。



 花夏は腹をくくった。



「私のせいだね、ごめん」


 そう言うと、アスランが作った隙間に身体を滑り込ませた。先程と同じように背中を向く。すると、マントの中で左腕を回され、引き寄せられた。


「あったけぇ……」


 しばらくすると、またアスランの気持ちよさそうな寝息が聞こえ始めた。花夏は、ふと、とある可能性に気付いた。


――もしかして、これが野営の度に続くのだろうか。


 警戒心を持てと言われた相手に、カイロ代わりに抱き締められているのはどうなんだろう。本当にいいのだろうか。


 誰に対し、というところまでは考えが及ばないまま、花夏ももう一度目を閉じた。







「うまい」


 残っていたお米に朝アスランが採った魚を一緒に炊いてお粥を作った。はふはふ食べるアスランの頬が少し赤くて、可愛らしい。アスランが物を食べる姿は、本当幼い子供みたいだ。


 花夏は、昨日聞いていなかった事をアスランに聞いてみた。


「アスランていくつ?」


 小鍋からお粥を掬っては美味しそうに食べているアスランを見ていると、自分とそう大差ないように見える。だが、もう5年もこんな生活をしていると言っていた事を考えると、もしかしたら年上なのかもしれない。顔自体にはまだ幼さが残っているが、声も身体つきも十分な大人に見える。


「俺? 19。お前は?」

「16だよ」

「何だ、もっと上かと思った」

「そう?」


 花夏は自分が年相応に見えると思っていたが、違うのかもしれない。


「なかなかいい身体してたし、飯作るのも上手いし、俺と同じくらいかと思ってた」

「ちょっと」


 今、サラッと何を言ったのか。花夏がイラッとしたのが分かったのだろう、アスランが言い訳を始めた。


「いやだってほら、まああんなにくっついてたら分かるって。少し触ったけど、わざとじゃない」

「どこ触ったの」

「しょうがねえだろ、腕回したら手が当たるんだから」


 どこにだ。胸にだ。


 花夏がじと、と見ると、何を思ったか真面目な顔をして続きを語りだした。何か、勘違いしたらしい。


「もうちょっとお尻は肉が欲しいけど」

「アスラン」

「足も実に俺好みで、昨日のはよかった」

「ちょっとアスラン」

「顔もやっぱり可愛いし。あ、これ今日の分な」

「今日の分て」


 昨日言った事を守るつもりらしい。つまり、毎日可愛いと言うという約束だ。こそばゆい以外の何ものでもない。


「それに魔物倒せるだけの強さも度胸もあって恰好いいし、根がお人好しそうで何だかんだ飯作ってくれるし、俺に優しいけど変に媚びてないし、俺の体目当てじゃなさそうだし、警戒心足りないのは俺が何とかするし、追われてるのだってちゃんと守るし、だからもう少し頼っていいぞ」


 途中、ひとつおかしいのが入っていた気がするが、そこはスルーする事にした。何だか話を逸らされた気がするのは気のせいだろうか。


 一応、褒められたのだろうか。とりあえず、悪い印象は持たれていないようなので、花夏はそれ以上反論しない事にした。このままだとどんどん会話が脱線していきそうなのもあった。


 最後のひと口を名残惜しそうに口に入れると、アスランがトドメのひと言を放った。


「ちゃんと大事にするから安心しろ」

「だ……ぶほっ!」


 お粥でむせた。咳込んでいる花夏を見て、「大丈夫か?」と心配そうに声をかけてきている。


――やっぱりこの男、距離感おかしい。


 どう対処すべきか、考える必要がありそうだった。気が重かった。


 それに、誰に追われているのか。花夏がどこから来たのか。こうなった以上、それも近々きちんと話さなければならなかった。







「人が多いな」


 3時間程ひたすら歩き、何事もなくカコの街に辿り着いた。「昨日あんなんだったから」という理由で花夏の鞄まで持ってくれたので、花夏の荷物は剣のみだった。なんだか悪い気がする。


「とりあえずギルドに行こうか」


 アスランは発光石も持っている。何も言わないが、重くない訳はないだろう。それに、宿屋は基本前金だ。どうもアスランは殆どお金を持っていないようなので、先に手持ちを増やしておきたかった。


「そうだな」


 アスランが低く答えた。フードを深く被っている為、あまり表情が分からない。


 一昨日寄ったばかりなので、大体場所は覚えている。だが、頑張って人混みを避けていくが、アスランが言う通りかなり人が多く、ちょいちょい反対側から来る人と肩がぶつかってしまっていた。一昨日はここまでの混雑ではなかったが、何かあるのだろうか。


「あ、ごめんなさい」


 ドン、と今度は女の人にぶつかってしまった。日本の人混みと違って、皆列には一切ならずてんでバラバラに歩いてくる為、全く予測が立たない。アスランがスイスイと避けていくのは流石現地の人としか言いようがないが、足も速いのでどんどん距離が離れていく。まずい。


「アスラン、ちょっと待って」


 花夏が声をかける。アスランが歩みを止めて振り返る。こんな人混みの中でも、かなり目立つ。背が高く、あまり顔の見えないフードから覗く固く結ばれた口は、見る者にもっと顔全体も見たいと思わせる造作だ。落ち着いた雰囲気を纏っていて、周りのせわしなさから浮き出ているように見えた。


 1歩引き返してきた。


 背が高くて目立つからだろうか、人が自然と避けていっている。成程、背が高いとこういう利点もあるらしい。少し羨ましかった。


 アスランが無言で左手を伸ばしてきて、花夏の右手を握った。


「俺の後ろを歩けばいい」


 そう言って、前に向き直ってまた進み始めた。手が引っ張られる。


 アスランの後ろにいるからか、前は見えないが急に誰ともぶつからなくなった。ずっと太陽の光のもとを歩いてきた上に、フードも被っているので元々暑かった。更に今は手を握られていて、手汗をかいてしまっている。少々、恥ずかしい。


 心なしか、ちらちらと周りの視線も感じる。


 昨日手を握られた時は、川にはふたりきりだったので周りの目など気にする必要もなかったが、こうも見られると結構恥ずかしい。どちらかというと、花夏を見ているというよりはアスランが目立っている為に視線が集まっているのだろうとは推測されるが。


 汗でツル、と滑って握った手がずれた。アスランが振り返りもせずに手を握り直し、指を絡ませてきた。


(うわああああっ)


 思わず心の中で叫んだ。こんな手の握り方、今までした事がない。そろそろ、花夏の羞恥が限界を超えてきそうだった。


(死ぬ……)


 顔から火が出そうだ。あれこれと何だかんだいって経験のありそうなアスランなら大した事ではないのだろうが、あれこれ殆ど経験のない花夏からしてみたら、とてつもない大事件である。


 今までシュウにされたあれもこれも花夏的には大分キャパオーバーな案件ではあったが、あれはどちらかというとシュウに遊ばれていたようなからかわれていたような感覚で、シュウが、あ、これはやり過ぎたな、と思うと冷静にさっと手を引いてくれていた。ちゃんと最後は花夏がシュウの顔を見れるように、逃げ場も残しておいてくれた。と、今なら思う。


 だが、アスランにはそれがない。


 何というか、とても真面目だ。


 花夏をからかっているつもりも、振り回しているつもりも一切感じられない。今までろくに人に触れられなかった人が、花夏には触れられる事が出来て嬉しいのも分かった。だから、親切で色々としてくれているだけなのも分かる。


 言い方は悪いかもしれないが、時折シュウには感じた下心のようなものはアスランにはなく、ただ必要だからそうしている、そんな感じがする。曲がってないというか、擦れてないというか。


 それに困った事に、花夏も恥ずかしさはあってもアスランに触れる事は嫌とは思えないでいる。何だか犬に懐かれているようで、ただひたすら可愛く思える。まるで尻尾を振って花夏にくっついてきているようにしか、思えないのだ。始めに食べ物を与えたところからのスタートだったからだろうか。拒絶してしまうとしぼんでしまいそうで、それが哀れでもあり。


 多分、アスランは純粋なのだと思う。計算がない。だから、その分。


(警戒心がないのはどっちよ……)


 だから花夏もどこで止めるべきかの限度が分からない。本当に、参ってしまう。


「着いたぞ」


 そんな花夏の思考などに気付く訳もなく、アスランが言った。


 木製の扉をアスランが開けて先に入る。花夏が入るまで、背中で扉を押さえていてくれた。手は握ったままだ。もしかしたら、握っている事を忘れているのかもしれない。

 

 ギルドのマスターがいるカウンターに行く。割と若いお兄さんだ。ひょろっとしている。


「依頼2件をふたりでこなした。報酬をもらいたい」


 無表情でアスランが言う。マスターはそういう人間には慣れているのか、全く関係なさそうに明るく返答した。


「はいはい。覚えてますよ、魔物退治が君で、後ろの彼女が発光石だね」


 アスランは荷物を降ろそうとして、花夏と手を繋ぎっぱなしだった事に気が付いたようだ。数秒止まって花夏の顔と繋いだ手を交互に見ていたが、やっと離してくれた。手のひらも指の間も、汗だくだ。


 花夏はガサゴソと服のポケットから魔物の石を出し、アスランはぶら下げていたきんちゃく袋から発光石を出してカウンターに並べていく。


「見せてくださいね」


 マスターがそう言うと、魔石を手に持ってじっと見始めた。彼には何か見えるのだろうか。目を細めている。そういった種類の魔法ちからを持っているのかもしれない。


「はい、本物ですね。次、じゃあ発光石を貸してください」


 そういうと、水が入ったガラスのボウルを裏から持ってきた。アスランが、さっと花夏の手を取った。

 一瞬びっくりしたが、花夏はすぐに意図を理解した。アスランの魔力による魔石の暴走をなくすためだ。花夏と触れていれば、魔石は普通の状態となる。


 ひとつひとつ水につけて、目を細めて確認していくマスター。


「……はい、10個ね。そうしたら、10万と5000ルカ。確認してください」


 布袋をふたつドン、とカウンターの上に置いた。花夏とアスランが手分けして中身を数える。10万ルカは、1000ルカコインが100個入っていたため、そこそこ数えるのが大変だった。1000ルカコイン以上の単位のコインはないのかもしれない。花夏の世界の紙幣制度はやはり偉大だ。そんな事を思った。


「大丈夫だ」


 数え終わり、アスランが言った。ひょろひょろのマスターが、よかったよかった、という顔をする。


「じゃあ、またよろしくね。あ、明日から3日間『春祭り』があるから、急がないと宿が埋まっちゃうよ。隣の宿はまださっき少し空きがあったと思うから、泊まるなら急いでね」


 春祭り。何だろう。アスランを見たが、アスランも知らないようで首を傾げていた。


「わかった、急ぐ。ありがとう」


 アスランはそう言うとふたり分の荷物をさっと背負い、花夏の手をまた当たり前のように握って外に向かった。段々手を繋ぐのがデフォルトになっていくような気がした。


(もしかして、迷子防止?)


 この感じだと、そういう意味なのかもしれない。犬のリード、と一瞬思ったが、その考えは頭から追い出した。あまりにもな発想だ。例え意図は同じだろうと。それにこれでは花夏が犬の方になる。


 手を繋いで引っ張られた状態で、すぐ隣にある宿屋に入る。花夏が昨日まで泊まっていたところだ。大きな街の宿屋だけあり、受付はそこそこ広い。


「いらっしゃい、あ、お嬢ちゃん、依頼終わったの?」


 宿屋の店主が声をかけてくれた。まだ若く、20代半ばくらいだろうか。人の好さそうな少し間延びした顔をしている。花夏の顔を覚えてくれていたらしかった。まあ、昨日の今日だ。覚えていても不思議は全くない。


「なんとか。あの、お風呂付の部屋まだ空いてますか?」


 今日は出来たら入りたい。


「お嬢ちゃんラッキーだね、あとひと部屋空いてるよ。……て、そちらのお兄さんももしかして一緒?」


 昨日までは一緒にいなかった男だ、確かに不審がられても仕方ない。店主が、アスランを上から下まで怪しむように見ている。


 アスランがボソッと言う。


「俺はこいつの連れだ」

「です」


 怪しくない事はアピールせねばなるまい。


 店主は、目を細めてふたりを見ている。まだ疑ってるのだろうか。


「あ、そ。まあベッドが大きい部屋だから、ふたりでも泊まれるとは思うけど」


 なんだ男連れか、とぶつくさ言っているのが聞こえた。花夏は聞こえないふりをした。


「何泊?」


 後ろの壁に引っかかっている鍵を取りながら、店主が聞く。なんだか態度が少しぞんざいになってきている気がするが、気にしても詮のない事だ。


 深く被ったフードの奥から店主を静かに見ているアスランを、下から覗き込んだ。目が合う。


「どうしようか、アスラン。私、お祭り見たいかも」


 祭りなんて、初めてだ。少しワクワクしてしまう。そんな花夏の様子を見て、アスランが小さく笑った。あ、笑顔がようやく出た。


「いいんじゃないか? 折角だし」


 アスランが賛成してくれたので、「じゃあ2泊で」とお願いした。


「はいよ、じゃあお祭り期間だから少し高いけど、2泊で5000ルカね」


 まあ、それは仕方あるまい。アスランも特に何も言わずお金を出しているので、そうおかしな相場ではないのだろう。


「はい、これ鍵ね。一階だから」


 カウンターに肩肘をついて顎を乗せたままの店主が、空いている方の手で鍵をピラピラと揺らした。心なしか店主の対応が冷たくなっている気がしたが、まあ気にしない事にした。


「どうも」


 不愛想にアスランが言って鍵を受け取った。


「カナツ、行こう」


 そう言って、花夏の手を握ったまま奥に進んで行った。


 花夏が鍵をアスランから受け取って、キーホルダーのマークを確認している。


 店主は、まだ名残惜しそうに花夏を目で追っていた。


 アスランは、荷物を背負い直すフリをして花夏の手を離し、深く被っていたフードをゆっくりと取って、自分の顔をわざと見せるように店主を振り返った。店主とアスランの目が合う。店主は、アスランの顔を見て少し驚いたようだった。


 店主を牽制するようにふん、と一瞥をくれる。


 店主が、諦めたように目を逸らした。


「アスラン、あったよ」


 明るい花夏の声。


「今行く」


 廊下の奥にアスランが消えていった。


 アスランと店主のこの無言の攻防戦の存在を、花夏が知ることはなかった。


ほんのり見えるアスランの独占欲。如何でしたでしょうか。

次回は『春祭り前夜』、アスラン目線あり。

明日(2020/10/1)更新予定です。

お楽しみにー!

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