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Mission.7「予告状 それぞれの想い」

それから、一週間が経った。


街の端にある児童養護施設は、今日も変わらず穏やかな時間に包まれていた。


古びた建物に軋む廊下。


そして色褪せた壁。


それでも、ここには確かな温もりがある。


庭では、子供達が元気に走り回っていた。


「まてー!」


「やだ、つかまらないもん!」


笑い声が、空に弾ける。


小さな足音が土を蹴り、転んではまた立ち上がる。


その光景を、窓辺から見つめる影があった。


マザー、児童養護施設の施設長だ。


優しい眼差しで、子供達を見守っている。


「……元気ね」


小さく、呟く。


だが、その微笑みの奥には、わずかな陰りがあった。


やがて、静かに息を吐き、


「……いつまでも赤字じゃ」


と視線を少し落とす。


「建て壊しが、早く決まってしまうわ」


現実は、残酷だった。


寄付は減り、支援は細くなる。


そしてこの街では、施設がひとつ、またひとつと消えていく。


その時ひらり、と、赤いものが窓辺に舞い落ちた。


深紅の薔薇の花弁だ。


マザーはそれを拾い上げ、そっと指でなぞる。


そして、やわらかく微笑んだ。


「……ノワールちゃんね?」


優しい声が、風に溶ける。


「顔を見せてちょうだい?」


風が木々を揺らし、やがて影が動いた。


庭の端の大きな木の陰から、ひとりの男が姿を現す。


黒いマントに、優雅な仕草。


エスポワールだった。


マントを翻しながら、ゆっくりと歩み寄る。


そして、軽く膝を折り、恭しく頭を下げた。


「マザー。ご無沙汰しております」


マザーはくすりと笑う。


「相変わらずね、あなたは」


懐かしさを含んだ視線。


「その仰々しい挨拶も」


エスポワールは肩をすくめる。


「これでも、礼儀は大事にしているつもりでして」


「ええ、そうね」


マザーは優しく頷いた。


「でも、こうして顔を見せてくれるのは嬉しいわ」


その言葉に、ほんの一瞬だけ、エスポワールの表情が揺れる。


「……ええ、ここは特別ですから」


その言葉は、静かに重かった。


マザーは何も言わない。


ただ、優しく頷くだけだった。


庭では、子供達が笑っている。


何も知らずに。


「それで?」


マザーが問いかける。


「今日はどうしたの?」


エスポワールは、わずかに空を見上げた。


「……少し、気になることがありまして」


声が、ほんの少し低くなる。


「この施設も――例外ではないかもしれない」


マザーの表情が、ほんの少しだけ曇った。


「……やっぱり、そうなのね」


驚きはなかった。


「気付いて、いたんですか」


「ええ」


マザーは静かに頷く。


「寄付が、不自然に減っているの。それに……見知らぬ人間が、周囲をうろつくことも増えたわ」


エスポワールの視線が、鋭くなる。


「……ノア」


小さく、呟く。


「その名前、あなたも知っているのね」


マザーの問いに、エスポワールは答えない。


だが、その沈黙が答えだった。


庭の笑い声が、どこか遠く感じられる。


「……守りたいのね」


マザーが、静かに言う。


エスポワールは、わずかに目を伏せた。


「当然です。ここは――」


言葉を止める。


だが、その続きを語る必要はなかった。


マザーは、優しく微笑む。


「ありがとう」


その一言だけ。


だが、それで十分だった。


風が吹き、赤い花弁が空へと舞い上がる。


穏やかな時間。


だがその裏で――確実に何かが迫っていた。











豪奢な室内に、重たい沈黙が落ちていた。


ノアは机に肘をつき、苛立ちを隠そうともせずに座っている。


「……チッ」


小さく舌打ちする。


あれから一週間経つが、“商品”は戻らない。


あの少年がいなければ、商売は成立しない。


「……怪盗風情が」


さらに苛立たせるのは、駒として使っていた警察、アリストからの連絡が途絶えていることだった。


「役立たずが……」


その時電話が鳴り、ノアは乱暴に受話器を取る。


「……あぁ、そうですか」


次の瞬間、声色が変わる。


「それはそれは、助かりました」


口元がゆっくりと歪み、


「えぇ、報酬はたんまりと。ではまた」


と受話器を置く。


そして、低く笑った。


「見つかったか」


“商売道具”の居場所。


それだけで、十分だった。


机のベルを鳴らすと、やがて年配の召使いが入室する。


「……準備は出来ております、坊っちゃま」


ノアは満足げに笑う。


「いいね」


ゆっくりと立ち上がる。


「“商売道具”を回収したら、すぐにでも出発する」


その声には、一切の迷いがなかった。


この街を捨てることも、人を切り捨てることも。


すべては、利益のため。


逃げる準備は、すでに整っていた。


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