先鋒・・その2
南平は・・
額装されたゴッホのレプリカ ☪︎『星月夜』☆ を見上げ、
その底知れぬ絵画表現に 目を瞠らされつつ、
家政婦が運んできてくれたコクのあるブレンドコーヒーを啜ると、
渦高く巻かれた(老舗の)モンブランケーキにフォークを刺し、
脳内に生じた疑問の靄を言葉に変換したのち、
不躾にならぬよう、あらかじめ、
弁護士の承諾を貰ってから、質問ワードを投げかけた。
「天田さん、
探偵事務所訪問の折りにおっしゃられた、
芸術表現の渦巻についてですけど・・
・・ゴッホについては完璧に納得です。
ロシアの文豪D氏の小説は、
著名なものを三作品ほど読んだに過ぎないので—保留。
ピンとこないのは・・黒澤映画についてです。
私も、あの卓越したフォルムに惹かれ
代表作は繰り返し視聴済みですが、良く呑み込めません。
巨匠の映像に、星月夜と同系統の <渦巻表現> など存在しますか?」
天田氏は、頷いてみせると、
ゆっくりとカップを置き、口を開いた。
「うむ、悪くない質問ですな。
ひと口に<渦巻表現>と言ってもクロサワ映画は、
ゴッホのように、目視できる螺旋形を、
描出しているワケではない。
画家・作家・監督の共通点とは、
エネルギーの質種 /即ちポテンシャル/ 激越さを指します。
黒澤作品中・・
かような質種を体現しているのが、
『酔いどれ天使(48)』に忽然と出現した若い男優の野生です。
彼の持つエネルギッシュな表現力、
希代のプレゼンスは、
日本映画に、新しい始まりを告げました。
・・スーパーカーなみのエンジン・スペックに、
演技力が追い付いたのは、だいぶ後年のこと。
━ 余談ですが、
樹木に寄りかかる松永を捉えたショットは、
名構図だ!
観客のイマジネーションを無限解放してくれる。
— 閑話休題 —
映像例を具体的に引くならば・・
『七人の侍(54)』や『どん底(57)』における風の吹かせ方でしょう。
凄ざまじいパワーを孕んでいて、
拵えものではない、渦巻描写が、噴出している!
スクリーンから火を吹きそうな迫力でもってね。
『用心棒(61)』における決闘場面の大砂塵なんぞは、その極限でしょうな。
ただし・・三十郎初登場作の暴風映像は、外連に傾斜した感は否めず、
フォルムの地熱は 比類無き とはいえ、燃焼度は 若干 落ちますかな。
円熟と光電子は、相容れないものなのです」
「なるほど」・・合点がいった南平。
渦巻描写を〈ポテンシャル〉と翻訳されれば、腑に落ちる。
三者のいずれも、
中庸概念とは決して仲良くなれそうにない、
活火山のようなパワーを保持している。
弁護士は試すような口調でクエスチョンを投じて来た。
「南平さんは、
『生きる』の前年に発表された、
『白痴(51)』をご覧になっていますか?」
「いいえ・・なんだか重そうで・・
あまり・・見る気が起きません・・」
「ワシだけの偏見ゆえ、どうぞ聞き流してください。
個人的には、
マスターピース『七人の侍』に匹敵する黒澤映画は『白痴』であると考えとります。
世評の高い『生きる』は名作であるのは論を俟ない・・
・・ただ・・純度において・・似たテーマを持つ・・
スウェーデンの後発映画に抜かれたと、ワシは感じた。
引き換え『白痴』は、
それこそ、ロシアの文豪D氏の小説をベースに構築された孤高作です。
和洋折衷ボタンの掛け違いを随所に持つ凸凹作であり、
四時間二十五分の尺(前・後編二部作公開予定)を
映画会社の判断で半分強に切られてしまった不名誉作であり、
欠落シーンを字幕で補っているものの
意味を汲み取るのに骨が折れる 訳わからん作 でもある。
・・役者のアンサンブルも上手く機能しているとは言いがたい・・
演出の緩急などというイロハは完全放逐され、
強度の緊張状態が延々と続く、肩凝り誘発の失敗作だ。
けれども・・
当作は・・
雪の結晶のように・・
美しいが上にも美しい!
病的なまでに高いテンションを保持したまま、
熱情の特異点にまで、
わき目もふらず、
翼を溶かしたイカロスよろしく突っ込んでいき、
欠点を超越してのけた、異常な魅力を放つ、唯一無二作品なのです。
当時の札幌の貴重な風景
馬車が通う白い街並
赤間の実家における印象深い《チーン♪》描写
殺意|幻想|場面の優れたモンタージュ
役者では、綾子 の驕慢な演技に惚れ惚れさせられる。
女優の力量というよりは、
監督のマグマに押し上げられた、共鳴表現でしょう。
(完全版の脚本は残されているのですから、
舞台劇に移して、
笹森 汐 に演じさせてみたいですな)。
決め所である ━
━ 雪まつりのシークエンスは、監督の大才が漲っていて、圧倒される。
死ぬまでに・・
(真偽定かでないが)
ある個人が所蔵していて、現存すると伝えられる、
4時間25分の|ノーカット版|を見てみたいものです。
━ 現在、目に出来るのは2間46分版 ━
(最初期にロードショー上映されたときは〈3時間2分版〉だったらしい)
・・まっ、叶わん夢でしょうな。
もし・・
南平さんが少しでも興味を感じてくれたなら、
体調万全のときにでも、対峙する覚悟で、ご覧下さい。
鑑賞後には《地の塩》が残るはずです」
サユリちゃんの感想言とは真逆の見解だ。
ちなみに彼女は・・
『天国と地獄(63)』の崇拝者である。
今度・・『白痴』鑑賞・・にチャレンジしてみよう。
アマプラにラインアップされているだろうか?
コーヒーを飲み終えた天田依頼人は、
上機嫌なようすを一変させ、
頭を押さえだした。
「なにやら頭痛を感じる。
目の前の風景が・・渦巻へと・・吸い込まれていく・・」
条件反射的に周囲を見回す南平。
「なにも、異変はないようですけど、」
頭痛の主へ、
そう言葉をかけた途端・・
\ 予備机から \ボン!/ 炎が立ち昇った /
「ドヒャー!」
目を開き切り ━
━ 必死スイッチを入れ、原因を探る、南平。
不意打ち炎は・・スマートフォンの充電器からであった。
素早く、接続コードを引き抜き、
スマホを確保して、出火充電器に、コップの水をかける!
しかし・・
消える気配は、まったく無い。
早鐘心拍数を抑え込み、
思考回路の配線を冷静に整える。
ー「そうだ!
窓から庭に放擲すればいい!」ー
上着を脱いで、
出火物を包み込んでから、
持ち上げよう!と思い立ち、
奇声を漏らしながら、
著しく洗練を欠いた行動をドタバタ起こす・・
— その 須臾 をとらえ! —
天田氏は、仕事用デスク横に置かれた、
金属製の細長い容器を手に取り、
サッ!と蓋を開け、
予備机を斜めに傾けると、
充電器を・・容器の内部へ滑らせ、
隙間なく蓋を閉じ、
レバーロックを四か所かけた。
「新商品開発専門のB F社製、
電子機器に特化した<消化用バケツ>です。
いざという時のために購入しておいて正解でした」
ふーっ、と息をついた。
里見所長は、天田邸に、
交代時間十分前に姿を見せた。
変則日勤担当との引継ぎを済ませ、
バトン・タッチ!
天田弁護士は、
気落ちした様子の南平を励ますべく、
「あなたの、
全力を振り絞ろうとする姿に、
救われましたぞ・・ありがとう。
デスパレードを切り抜ける唯一の方法は、
なりふり構わぬ
━ 必死の力 ━ なのです」
と礼を厚く述べ、頭を下げた。
天田邸を辞去した南平は、
己の未熟さに、悔恨の念を抱え、
秋の夜道を とぼとぼ歩いて行った。
その後は、約束通り、
サユリと〈彼女の部屋にて〉合流。
手料理を食べ(鈴木さんは家庭料理に巧み♡)、
酎ハイのお代わりを重ねていく。
今宵のサユリは
薄化粧を施しており、
飲酒と自己主張は控え目・・素晴らしくイイ感じである。
会話のキャッチボールは、
九割方{受け} に徹してくれている、
佳きシスターであり、包み込んでくれる存在であり、満点彼女であった♪
>心に刺さった棘<
ボディーガードにおける失態を、
酔いと温かい雰囲気に導かれ、
サユリシスターに懺悔した。
・・心は、ちょっぴり軽くなりケリ。
━ いつしか南平は〈酔い睡〉へと落ちていったzzz




