VISITOR Ⅳ|背面死角
名古屋のシンボルともいえる、
金色タクシーは、
保護主宅の前でストップした。
訪問先の戸建ては、
コンパクトサイズで和洋折衷の、
違和感と調和 ━ 双方の印象を与える外観をもつ、
個性的な二階家であった。
黒天然石を使った八角形の表札には
象嵌風の切文字で<松岡/MATUOKA>と記されていた。
・・カメラ付きインターフォンにて来訪用件を伝える里見。
━「おひとりですか?」
女性による警戒レベル5(上限5)の応答声。
━「訪問者全員のお顔を順番に、ゆっくり、はっきり、カメラに向けてください」
━「お二人以外には、誰も、いらっしゃらないのですね?」
━「まちがいないですね?」
異様なプロローグを以って、
会見は始まった。
謹んで土産物を進呈する里見所長。
四十代後半とおぼしき
三毛ツインズの保護主<松岡 えり奈>は、
「当地で〈占い家〉を生業としている」
と自己紹介をした。
個性的な形をした古美術風テーブルに
腰を落ち着けている三名。
二等辺三角頂点側 切込みに保護主、
里見とサユリは
底辺両端二点の切込みへと、
鋭角配置のトライアングルであった。
どことなく
支配者と被支配者を感じさせる構図。
それぞれの前には、
錆色陶器に注がれた
薬湯っぽい香りの杜仲茶が湯気を立てており♨
小皿にちょこんと乗った
お茶受けの飴が添えられていた。
打って変わり、
警戒レベル1・5程度に緩められた
保護主の温和な表情、態度、そして話術は、
あっさり、来客間との距離を縮めてしまった。
保護主の松岡師曰く・・
「わたくし基準で申し上げれば
占い家はセラピストみたいな存在、
依頼者の心を解きほぐせなければ失格です」
サユリは、
口を開きかけた里見所長の機先を制して、
衝動を抑えきれずに、
フライングしてしまった。
「占いの精確度というのは、
実際のところ、
どの程度なのでしょう?
霊感は、
どれくらいの頻度で
松岡さんに、降りてきますか?」
「ホホホ。
お嬢さんは、
キュリオシティ・ハンターなのね。
経験を積めば、できるヒトになれる可能性有りや、
ハロー効果を与える相をしていらっしゃる。
身の丈に合わない夢だけは見ないでちょうだいね」
そう言って、
両手をパチンと叩いた卜者は、
「ようござんす・・
あなたの素直(未熟)さに免じて、
質問に率直にお答えしましょう。
現時点で、
初老に近い齢の、
陰毛に白髪が目立つ私に、
霊感は殆どやってきません!」
微笑むと、
仏手柑飴を舐めた。
「そんな失望した顔をしないでちょうだいな。
そりゃあ、若いころは、
特に少女時代はビッタビタ⚡と当てまくり、
地域では、神童(または悪鬼)と呼ばれたものでした。
霊感の強度は、
成長ホルモンの分泌度合いに比例する
・・私は そう結論づけております。
┃円熟と神来とは相反関係にあるみたい┃
ねえ、お嬢さん、
占い家という個人事業主として、
居場所、もっと言えば、財を築くには、
実力のみに頼っていては失敗してしまうものよ、
<如何に霊感が強くともね>
意外でしょう?
才能は賜物 ━
━ ただしダイレクトに成功へは結びつかない。
大切なのは社会性、
人間同士の信頼関係を形成することなの。
失われてしまった霊感(才能)は、
年齢を経て深まる人生経験と
洞察力に加えて、
教養を身につけることで、
充分補えてしまいます。
私が〈占い家〉を名乗っているのも、
顧客に安心と気づきを与える
セラピストに近い存在と任じているからなのです。
おかげさまで太客を若干名抱えております。
衰えたとはいえ・・
そこは占い家、
気まぐれに降りてくる
霊感(=吉凶運)の効果的な使いどころ、
逃げ筋、対処方法も、
プロ棋士のように心得ているから、
詰めを誤ることは、先ず、ございません。
振り返ってみて、
【しまった!
あのときの出来事が
幸運に繋がっていたのかも】
なんて言ってるような人に、女神は微笑をくれない。
大人=社会人として成功するには、
【極力ムダを削ぎ落して結晶体をつかみ取る】
【アンテナを常に磨いておくこと】
【信念の法則により、時折、訪れる幸運はMust grab】
ここに尽きる。
ドラマチックとは、ほど遠い地を這う行為。
教訓くさい話よね。
でも、これは、
人生の第二段階において、
いかなる職業にも通ずる、
実力と社会性の糾える、
そして、
視えざる綾への対処法だと思うの。
何者でもない若い人は、
実力をつけていく
第一段階から始めなければならない、
遠く長い道程よね。
夢のない話をしてゴメンなさい」
「いいえ。
貴重なお言葉を
有難うございます」
探偵助手は
痛み入ったような様子で
お礼を言った。
若い女性の発した
屈折信号をキャッチした松岡師は、
ニコッとしてウインカーを点灯させる、
「ひとつ、面白い話をしましょうか。
そう、四年前のこと、
地元名古屋のイベント会場で
《秋フェスタ》が開催され、
公開占いを催したとき。
その他大勢に混じって、
下働きをしていた女の子がいた・・
顔を露出させた被りモノをしていてね
妙にカンのいい
しなやか動きをみせる
・・当時14~15歳くらいかな。
その娘をひと目見たとき、
光るモノを感じた☆
それが、
いまをときめく、
笹森 汐だったのよ!
ファニーなルックスの内側から、
占い界では珍重とされている、
<菫色のオーラ>を放っていた。
イベントのお偉いさんや、
プロモーターたちにも
先物買いするよう薦めたけれど、
誰も相手にしてくれなかった。
まあ、世の中そんなものよね。
例外は
左近というマネージャーさんでした。
私の言葉に感激してくれてね、
名刺とミネラルウォーターを差し出してきました。
その方と後年、
意外な形でお目にかかるとは・・」
松岡師は
特徴的な濃い眉の間に
尋常でないシワをきざんだ。
「行方不明ネコ二匹の情報をつかんだ、
左近氏が再び私の目の前に現れたときの驚き。
あの冴えなかった御仁が、
表皮はそのままに、
或る力を薬籠中にしていた。
彼の背面に蠢く、
駆け引きという名の
力業を行使し、
真綿で締め上げてくるような
抗いがたい恐怖を、
瞬時 ━ わたくしはインスピレートしました。
言葉に収斂させれば・・狡猾な力。
敵に回したら、
ただでは済まない氣を彼は秘めている。
商売柄わたくしには、
人の内界が・・視えてしまう」
意外の感に打たれたようすの里見は、
右の拳を握りしめた。
異質な波紋を
肌センサーした助手は、
所長に注意を向ける。
どんよりとした雰囲気が室内に立ち込めた。
沈黙の支配下で・・
三人は杜仲茶を、
同時にズズッと啜った。
自然発生なシンクロ動作は
なんとも可笑しく、
ナチュラルハイを呼び、
深刻な空気に晴れ間が射した。
占い家は、
険のあるシワを消し、
和やかな表情にかえった。
「かような経緯ゆえ、
はるばる来訪してただいたあなた方へ、
インターフォン越しとはいえ、
失礼な態度をとってしまいました。
ゴメンなさいね。
ええ・・
私は・・
きっぱりと・・覚悟を決めました。
人懐こいイケメンの息子たち
二匹の仔猫は、お返しいたします。
昨晩は涙にくれて、
息子たちとお別れ晩餐をし、
ベッドで一緒に眠りました。
返還するにあたり・・
動物病院の診察料とエサ代と首輪の料金、
諸々、実費は請求させてくださいな。
━ 古より ━
三毛の雄♂は、
幸運を呼ぶと言われております。
しかも、双子ですからねぇ!
大事に育ててあげてくださいと、
元の飼い主さんに宜しくお伝えのほどを」
言い終えると、
松岡えり奈は
追い微笑を浮かべた。
「ウフフ。
最後にひとつだけ、
愉快な話をさせて頂戴な。
四年前当時・・
聖林プロの株は
現在ほど優良銘柄ではなかった。
もちろん、わたくしは、
降りてきた霊感には逆らわず、
未来のスターへ、
少なくない額の投資をいたしました。
結果は、ご想像を上回るでしょうね。
・・かしこ$」




