あれは。
おもちゃ選びも終わり時間になったので予約したレストランへと向かった。
もちろんノーベルト侯爵家で予約を取っていた。
買ったたくさんのおもちゃはお店の人に頼んで屋敷に配達してもらう。
サラは「たのしみです」とはにかんだ笑顔を見せた。
貴族が着るドレスと違いワンピースを着ていたわたくし。
でもこのワンピースだって高級な生地を使いデザイナーに頼んで作った一点物。
なのにお店の中に入ろうとして止められた。
「少しお待ちください」
お店のオーナーなのか、支配人なのか知らないけど、偉そうな態度でわたくしに声をかけてきた。
「何かしら?」
ジロリと睨んでこちらも偉そうな態度をした。
「ノーベルト侯爵家のご予約のお方でございますか?それにしては……」
ふっとバカにしたように笑い、わたくしを舐め回すように見た。
そうね、ドレスも着ていないしメイクもしていない。自慢のピンクブロンドの髪もウィッグで隠しているから、今の髪色は冴えない栗色だ。
以前のわたくしの容姿を知っている者なら、疑うわよね。
「トム、わたくしのハンカチ」
不愉快な気分を隠すことなくトムに吐き捨てるように言った。
トムはすぐに理解して「申し訳ございません、お嬢様」とわたくしにペコペコと頭を下げた。
トムと一瞬目が合うとニヤッと笑った。
そして、偉そうな店の男に侯爵家の家紋入りのハンカチの刺繍を見せた。
これは侯爵家の家紋であり、わたくし専用にピンクブロンドの色を取り入れた、わたくしの身分を知らしめるもの。
「……!?」
男は顔を真っ青にし、ガタガタと震え出した。
不遜な態度は消え、無様なほど低姿勢で言った。
「も、申し訳ございません……あ、あの、か、髪の色が違いますし、ドレスではないし……そ、それに、イライザ様はお倒れになって寝込まれているとお聞きしておりました。まさかご本人がお店に来られるとは思っておりませんでした」
「で、中に入ってもいいかしら?」
この男のことなどどうでもいい。
久しぶりにここのビスクや鴨肉のコンフィをどうしても食べたかった。
サラにもタルトタタンを食べさせてあげたかった。お持ち帰り用に焼き菓子も前もって頼んでいる。
子供達も喜んでくれるかしら?
あ、別に良い人になろうなんて思っていないわ。ただ、サラが嫌な思いをしたら嫌じゃない。
一人だけ贔屓されていると思われたら嫌だし。
………贔屓はしているけれど。
そのことでサラに何か言う奴がいたら、子供相手だろうとタダじゃおかないわ。
わたくしに文句を言う奴なんていないけどね。
奥の個室に通された。
サラはおもちゃ屋以上に緊張している。
「子供なんだから無邪気に喜びなさいよ」
「お嬢様、子供だってこんな高級な店に来たら緊張だってしますよ。話し声が響くし、へんに音も立てられませんよ」
「トムとリーンも緊張してるの?」
「いえ」「全く」
二人はあっけらかんとしていた。
それはそうよね。
一人で行きたくない時はこの二人を連れてきていたもの。あの頃はわたくしの顔を見るだけで、このお店の店員は全員頭をペコペコ下げていたのに。
今では顔すらわかってもらえないのね。
わたくしの考えていることがわかったのか、トムがクククッと笑う。
「どうしたの?」
「あの支配人、オーナーに叱られるでしょうね。実はこの店、侯爵家が最近買い取ったんです。だからオーナーは旦那様なんです」
「お父様が?ふうん、レストランを買い取るなんて珍しいわね。まあ、でも、人気もあるし美味しいから、それなりに利益はあるでしょうから、いずれは元がとれると思うわ」
お父様が何をしようと興味はない。ただ、美味しいお料理を食べられればいいんだもの。
だけど支配人は侯爵家がオーナーだとわかっていたはず。
だからこそ質素な格好のわたくしを見て『偽物』だと思ったのかもしれないわね。
3年間も眠り続けている令嬢が、現れたんだもの。
お腹いっぱいになった。
と言っても、まだたくさんは食べられないけど、ご機嫌でサラと個室を出た。
サラのワンピースのリボンがほどけそうになっているのに気がついた。
「サラ、ちょっと立ち止まってちょうだい」
床に膝をついてサラのリボンを結び直してあげていた。
その時。
聞いたことのある声が聞こえた。
ふと顔を上げると子供連れの親子が三人こちらに向かってやってきた。
食事のため個室に案内されているようだった。
店員は先ほどのわたくし達のやりとりを知っているので、真っ青になって案内していた三人に止まるように言った。
「あら、どうして止まらないといけないの?」
不機嫌な声はやはりカーラだった。
そう、わたくしの友人……だったはず。
たぶん……
そして、隣に立っているのは………
はああああ?ルーカスじゃない?
じゃあ、カーラと手を繋いでいるのは……ピンクブロンドの髪の色……わたくしが産んだであろう娘?
歳はサラよりも下かしら?
サラのリボンを綺麗に結び直して、わざとゆっくりと立ち上がった。
多分この二人はわたくしに気がついていない。
ド派手なドレスも化粧も髪型もしていない今のわたくし。
そして栗色の髪に、三つ編みのわたくしがイライザだとは誰も思わない。
わたくしだって、鏡を見て『これがわたくし?』と思ったくらいだもの。
ただ、声は隠せない。だからバレないように話し声を変えてみた。
「申し訳ございません。すぐに退けますわ」
「平民が個室に来るなんてどういうこと?汚らわしい!さっさと向こうへ行きなさいよ」
は?こいつ?何様?ルーカスの後妻?
なんか腹が立ってきた。
だけど、『わたくしの今の事情』がよくわからないのに名乗りたくない!
もしかしたら惨めに捨てられた妻なのかもしれない。
まずはやはり『わたくしの今の事情』を知るしかないわね。
トムとリーンに「行きましょう」と冷ややかな顔をして去ることにした。
これ以上、頭を下げる?絶対に嫌よ。
せっかくの美味しい料理もご機嫌な気分も台無し。
三人の横を通り過ぎる時チラリと子供を見た。
ピンクブロンドの髪は手入れされていた。
顔はルーカスに似ているかしら?
ルーカスは?
彼の顔はよく見られなかった。わたくしの方を見ていない。
カーラを「いい加減にしなさい」と窘めている。
へぇ、夫として妻を注意しているのね。 わたくしはそれを冷ややかな目で見つめた。




