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三年間の眠りから目覚めたので、あなたの新しい家庭ぶっ壊します  作者: 花


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久しぶりの街。

 体が動く!


 歩ける!


 なんて幸せなことなのかしら!


 当たり前のことが当たり前ではなかった日々。


 それが今当たり前になった。


 一人でトイレへ行ける。


 今まではトムが抱き上げて連れて行ってくれていた。他の人には頼みたくなかったので、トムがいない時はギリギリまで我慢した。


(何度漏れるかと思ったことか)


 いくら幼い頃からお世話をしてもらっていたとしても、この歳になってからはさすがに恥ずかしい。恥ずかしい思いをするのはトムだけで十分だ。


 一人でスプーンを持ってスープを飲める。


 今まではリーンが食べさせてくれていた。


 力がなかなか入らなくて長い時間スプーンが持てなかったのだ。

 ほんと情けない、赤ちゃんでもあるまいし。


 お茶は冷ましてからストローで飲んでいた。


 それが、徐々にできることが増えて今では歩けるようになった。


 先生も『これだけ歩ければ赤ちゃんは卒業だ。一人でいい加減なんでもやらないとな』と大笑いされた。


 好きで介助されてたわけじゃないのに!

 知らない人が聞いたら、なんだかわがままいい放題のお嬢様みたいじゃない!


 だけど、先生は毎日のように会いにきて、診察をしてくれて、回復のための訓練の仕方をアドバイスをしてくれた。


 本当は忙しいくせに老体に鞭打って顔を出してくれた。


 このひと月の間、父は目覚めたあの一度だけ、母も兄も全くわたくしに会いには来ない。


 あの押し込められた部屋からも移動することはなかった。


 リーンが申し訳なさそうに言った。


『もうお嬢様のお部屋は片付けられてございません。ずっとこのお部屋でこの3年間過ごされていました』


『そう、わかったわ。別に寝るだけだからどこでもいいわ』


 昔のわたくしだったら、腹を立て暴れて使用人たちに喚き散らしていたかもしれない。


 お父様に直接文句を言いに行っていただろう。


 でも、いつ目覚めるかわからない、もしかしたらこのまま死んでしまうかもしない……多分死ぬだろうと思っていたはずだけど、生き返ったわたくしに今は困り果てているのかもしれない。


 夫に捨てられ実家に帰ってきた意識不明の娘なんて醜聞でしかない。


 友人の一人も見舞いにやってこない。


 輝かしいわたくしの人生だったはずなのに、今では何も残っていない。


 だけど、不思議と今の方が楽でいい。


 着飾る必要もないし、化粧もしなくていい。あの重たいだけのドレスも着なくていい。

 面倒な髪のセットも必要ない。


 ほんと毎日髪のセットをするのって大変だったのよね。


 癖毛の髪をガシガシ櫛で梳いて、カーラーで巻いて、髪の毛を固めて、アレは地獄だわ。

 なんで毎日あんなクソ面倒なことをしていたのか、今では考えられない。


 今は三つ編みで十分満足。

 ドレスの代わりにワンピースで過ごす方が楽。

 化粧だって、普段は必要ない。化粧水とクリームさえ塗っておけばいいし、庭の散歩は帽子を被ればいいんだもの。


 ちなみにあの庭園で転んだ使用人の女の子、サラと手を繋いで散歩をしている。


 サラはおとなしいのだけど、慣れて来るとおしゃべりをしてくれるようになった。

 とても可愛いらしく感じるのはどうしてなのかしら?


 母親が仕事をしている間、庭の片隅のベンチでいつも遊んで待っていたらしい。


 リーンに話を聞くと、この屋敷の使用人の子供達は大抵使われていない庭の片隅の小屋で数人が肩を寄せ合って過ごしているらしい。


「お世話がかりは?大人はいないの?何をして過ごしているの?」


 子供達は、大きな子が小さな子を面倒見ていると知った。


 サラはまだこの屋敷に来たばかりで、他の子供達に慣れず、一人で過ごしていたらしい。


 そして、サラは母親の姿をたまたま見つけ、嬉しくて走り出したところにわたくしとぶつかった。


 あれからも散歩をしていると、一人ポツンとベンチに座っている女の子を見つけ、なんとなく気になって話しかけたのがきっかけで、なぜか一緒に散歩をするようになった。




 そして、今日、わたくしは街へ行く。




 あの重たいドレスなど着たくもないので、外行きのワンピース。


 胸も強調されていないしド派手でもない。


 ピンクブロンドの髪の色はとても目立つので、リーンに頼んで外出用のかつらを用意してもらった。


 普通の栗色。


 街行く人達の中に居ても全く目立たず馴染む。


 わたくしが目覚めたことは知られている。もし知人に会えば面倒なことになる。


 話しかけられても、わたくしは3年間の記憶がない。


 知ってるのは夫がいたことと娘を産んだことくらい。


 話しかけられても面倒なことになる。


 その間の3年間の出来事を知りたくもあり怖くもある。


 だって『わたくし』だもの。どんな大それたことをしたのか、わざわざ今知る必要はない。

 嫌なことから逃げるのはいつものこと。


 好きなこと、楽しいことだけして過ごしてきたんだもの。この性格は今更変えられないし変わらない。


 まあ、おいおい分かってくるだろうから、あえて屋敷の者たちも話したがらないことを知る必要はない。




 サラもお出かけ着の可愛らしい花柄のワンピースを着た。


 これはわたくしが縫った服。


 もちろん半分以上リーンが手伝ってくれた。


 わたくしの手の回復のために縫い物をした。


 繊細な刺繍は難しくただ真っ直ぐに縫うことならなんとか出来た。細かいところはリーンの仕事。


 汚い縫い目も、リーンが補正してくれた。


 そんな不格好なワンピースをサラはとても喜んでくれた。


『これ、あげるわ』


 ぶっきらぼうにサラに渡したワンピース。


『イライザさま、ありがとうございます』


 サラは満面の笑みを浮かべ大事そうにワンピースを抱きしめた。


 不格好なワンピースをこんなに喜んでくれた。


 サラが着ると、少し大きい。リーンが同じ布で作ったリボンを腰に巻いて調整してくれた。




 お出かけの日、サラは目をキラキラさせて頬を赤くして「ほんじつは、よろしくおねがいいたします」と、母親に習ったのだろう、上手に挨拶をした。


「行くわよ」


 もちろんトムとリーンがついて来た。


 サラは初めて乗る豪華な馬車に緊張して固まっていた。


 実はわたくしも少し緊張していた。


 6年ぶりの街。


 やはり街並みは変わってしまっているのだろうか。

 もし誰かに会っても気づかれないわよね?


 イライザ・ノーベルト侯爵令嬢として過ごしてきた日々はもうない。


 ファーマン伯爵夫人として過ごした日々の記憶もない。


 馬車を降りるとあまり変わっていない街並みにホッとした。


「お嬢様、予約しているレストランの時間まであと1時間ほどあります」


「どうしますか?」


 トムが訊いてきた。


「そうね、いつものお店に行こうかしら?」


「………申し訳ありません。2年前に閉店しております」


 いつもの店とは宝石店のことだ。潰れてしまっているなど思ってもみなかった。


 軽く事情を聞けば偽物と知りながら本物と偽って売ったらしい。


 そりゃ、買った人からすれば腹が立つし、捕まるわよね。


 ちょっと考え込んでいると


「イライザさま?」


 不安なそうに見上げるサラに頑張って優しく微笑んで見せた。


 あとでリーンには「あの笑顔怖すぎでした」と言われたけど。


「サラ、じゃあ、おもちゃ屋さんにでも行こうか。使用人用の小屋に少し遊べる物を増やしましょう。一日中あんな狭いところに押し込まれていたらストレスが溜まってしまうわ」


「……おもちゃ?」


 5歳になったばかりのサラは、おもちゃという存在すら知らない様子だった。


 貧しい家庭の子供はおもちゃなど与えられることもなく育つのだと、トムが耳打ちしてくる。

 そんな事情、これまでのわたくしは知りもしなかった。


 サラと知り合ってから、我が家の使用人事情をいろいろと知ることになった。


 休みなどほぼなく働かされていること。

 子供達は放置されていること。


 なんてひどい職場なの!

 雇い主は何にも考えていないのね!


 そう思って口に出すと、我が家はまだマシな方らしい。それなりに給金は出ているし、主人が余計な干渉をしてこないからだという。


 ただ単に、使用人に興味がないだけなのだ。

 ……そうね、かつてのわたくしも、屋敷で働く者たちのことなんて考えたこともなかった。当たり前すぎて。


 サラはおもちゃ屋に入るといつも以上に目をキラキラさせていた。


 でも触ろうともせずじっと見ているだけ。


「選びなさい」


「…………」


「どうしたの?」


「…………」


「何か言いなさい!」


「さわったら……だめ。おみせやさんのものは、さわるとしかられます」


「誰に?」


「かあさんと、おみせやさんのひとに」


「わたくしが許すわ。見て触って、欲しい物を選びなさい」


 叱られる?

 一瞬、意味がわからなかった。


 再びトムが耳元で囁く。


「平民の貧しい子供は、このような高級店には入れません。店の前を通っただけで『汚い』『邪魔だ』と怒鳴られることもあります。お母上からも、余計なトラブルを起こさぬようきつく言われているのでしょう」


「……そう」


 貴族と平民の違い。頭では分かっていたつもりだったけれど、こんな小さな子供まで差別に晒されているなんて。













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