あら?
「サラ、わたくしとお散歩でもいたしましょうか」
「はいっ!」
愛くるしい笑みを浮かべて答えるサラに、わたくしもそっと笑みを返した。
今年で五歳になるサラの存在は、今のわたくしにとって唯一無二の救いであり、何よりの癒やしだ。
もちろん、イザベラのことも可愛らしく思ってはいる。けれど、あの子はルーカスとカーラの娘――そう意識した瞬間、どうしても心のどこかで目に見えない一線を引いてしまうのだった。
手入れの行き届いた庭園に咲き誇る花々を眺める。ただそれだけの時間が、驚くほど愛おしい。
ふと仰ぎ見た空の移ろいに、わたくしは声を弾ませる。
「とても気持ちのよいお天気ですね。青い空に、真っ白な雲……まあ、あの雲、まるでうさぎさんのようですわ!」
大人の世界にあるような探り合いも、欺瞞に満ちた駆け引きもここには存在しない。
「うわぁ」
サラは目を輝かせて空へ向かって指差した。
お互い目を合わせてにこりと微笑む。
ただ目の前にある世界の美しさを、偽りのない言葉で「綺麗」「素敵」と分け合うだけでいい。その純粋さが、今は何よりも愛おしかった。
――それなのに。
「……どうして、あなたがここにいるのよ!」
視線の先に立っていた男の姿に、思わず金切り声をあげてしまう。
レイモンド・トレント。兄の友人で、隣国の貴族。
幼い頃から領地に滞在していると、なぜか頻繁に顔を合わせては、何かとわたくしに声をかけてきた鬱陶しい男だ。
幼い頃から、わたくしはレイモンド様が苦手だった。
わがままなわたくしを意地悪く揶揄って怒らせたり、せっかく綺麗に整えた髪を「あ、虫がついているぞ」と言ってぐちゃぐちゃに崩したり。
ほんと、ほんとうに嫌なやつ!
「久しぶりだな。やっと目が覚めたと思ったら、なんだその言い方は。相変わらず可愛げがない」
「わたくし、他の方々からはとても綺麗で愛らしいと称賛されておりますの! あなたがわたくしの素晴らしさに気づいていらっしゃらないだけよ!」
(そんなこと直接言われたことはないけれど、わたくしが美しいのは事実だわ)
「ははっ、確かに。イライザは美しい容姿『だけ』はしているからな。中身を知らない奴らは、よほどお目出度いのだろう」
「……なっ! 失礼ね!」
もう、なんなの!? 相変わらず顔を合わせれば嫌味ばかり!
「本当に変わらないな。すぐに怒って、すぐに顔を真っ赤にして」
レイモンド様はくすりと笑うと、わたくしの頬をぐりっと指で摘まんだ。
「い、痛っ!」
反射的に彼の手を振り払おうと身を引いた瞬間、彼は頬から手を離し、素早くわたくしの腕を片手で掴み引き寄せた。
「危ないだろう?」
「もう! そっちが急に頬を摘むからでしょう!?」
「挨拶代わりだ。……元気になってよかった」
ふっと柔らかく、どこか気遣うような声で囁かれ、わたくしは驚いて彼の顔を見つめ返した。
「ど、どうなさったというの? え? 明日は大雨でも降るかしら?」
「心配していたんだぞ。三年も意識が戻らないんだ。……俺を退屈させない相手が、いなくなってしまったからな」
「あら? わたくしが結婚してからは、お会いする機会なんてなかったはずでしょう?」
記憶があらかた戻った今でも、レイモンド様とお会いした記憶なんて一切ない。
結婚してからは、領地へ赴くこともなかったのだから。
「……覚えていないのか?」
「何を?」
「俺が何度か、この国の舞踏会に参加していたことだ」
「???」
「は……はは。……本当にお前は、俺に興味がないんだな」
「あるわけないじゃない! いつもわたくしに意地悪ばかりするあなたに、どうやって興味を持てとおっしゃるの?」
目の前にいるだけで、散々意地悪をされた過去が蘇りイライラが募る。
それに、この挑発的な物言いも本当に腹が立つわ。
……まあ、わたくし自身も大概喧嘩を売っているようなものだけれど!




