サラ〜!
ルーカスに言ってやったわ!
その足でわたくしは、いつもの子供達のいる使用人部屋へと向かった。
「みんな~、元気だったかしら?」
「イライザ様!」
「お嬢様!」
「ふふ、はあああ……やっぱりあなた達の顔を見ると、どうしてかホッとするわ。サラ、あなたも元気だったようね?」
サラが年長の子の後ろに隠れて、こっそりこちらを見ていた。
「おいで」
わたくしの言葉に、嬉しそうに抱きついてくる。
赤らんだ頬にそっと触れると、サラはくすぐったそうに笑った。
他の子供達もわたくしの足元に駆け寄ってきて、口々に声をかけてくる。
「絵本を読んであげましょう」
棚には昔、わたくしが読んでいた絵本や本が並べられている。
大きい子達の中には、字をスラスラと読める子供もいる。
計算の得意な子、足が速い子、剣術や体術が得意な子——この子達は侯爵家にとって大切な宝物だ。
いずれこの家で優秀な使用人となり、兄様を支えてくれることでしょう。
そして……離縁され行き場のないわたくしのことも、きっとこの子達なら温かく迎え入れてくれるに違いないわ。
よし!もっと可愛がってあげなきゃいけないわ!
「わたくしね、焼き菓子を焼いてみたの。いつものお庭でみんなでお茶会をしましょう」
「イライザ様がお菓子を焼いたの?」
「ええ、そうよ」
大きい子が顔を引き攣らせて「お腹痛くなったらどうしよう」と呟いた。
「あなた!失礼ね!大丈夫よ!わたくしは捏ねただけだし、オーブンに入れるのをみていただけだから!」
「それって自分が作ったって言えるのかな?」
「いいのよ!少しでも手伝ったんだから、わたくしが作ったのと同じよ!」
✴︎ ✴︎ ✴︎
イライザは気づかなかった。
「あれが今のイライザだ。お前の知っているイライザはもういない」
侯爵はルーカスから少し離れた場所で、楽しそうに笑ったり怒ったりしているイライザの姿を見つめていた。
子供たちに優しい笑顔を向けながら絵本を読み聞かせる姿。「もう!」と叱りながらも、楽しそうに声をあげて笑う顔。
ルーカスの知るイライザは、いつも不機嫌で、自分に対してどこか冷たい態度を取る妻だった。
「イライザは今……幸せなのでしょうか」
眩しいほどに輝く元妻の姿に、ルーカスは寂しげな表情を浮かべる。
「おそらくそうだろうな。私はあの子のあんな姿を今まで見たことがない。仕事の忙しさを言い訳に、わがままばかり言う娘を遠ざけてしまっていた……」
「俺もです……イライザの態度に腹を立て、向き合おうとしなかった。だけど、俺は……ずっと……」
「『ずっと愛していた』などと、今更言わせないぞ。お前はカーラを選んだのだろう?」
「……ずっと、イライザがなぜ倒れたのか分からないでいました。カーラを油断させるため、彼女に気があるように振る舞った……確かに不貞と言われればその通りです。ですが俺は、カーラと最初から浮気などしていませんし、脅されていたわけでもない。ただ、あの女は狡猾で決して尻尾を出さなかった。俺はまんまと振り回され、真実を見抜けなかったんです」
「私に離縁を申し出てくるほど、お前は深く騙されていたのだな」
「はい……カーラはイライザの親友だと言って近づき、イライザが俺を嫌っているとか、他の男と浮気しているとか、あたかも真実であるかのように吹き込んできた……俺はそれを信じ込んでしまったんです。だから結婚してからも、イライザに冷たい態度しか取れませんでした」
「そしてカーラの戯言を鵜呑みにし、私に離縁したいと伝えに来たというわけだ」
「義父上に『きちんと調べてから判断しろ』と言われたのに、俺は……愚かにも言葉をそのまま受け止めてしまいました」
「カーラはイライザが浮気しているかのように見せかけるため、相手の男に金を積んでお前に証言させたのだ。落ち着いて調べればすぐに分かったはずなのだがな」
「カーラの嘘は、あまりにも巧みで……」
「だからと言って、イライザが倒れた後にカーラと再婚までして、一体何がしたかったのだ?」
「あいつを幸せの絶頂に引き上げてから、地獄へ突き落としてやりたかったんです」
「イライザが三年間も意識を失っている間、お前はカーラと幸せな日々を過ごしていたくせに言えたことか」
「幸せ……に見えましたか? 俺はカーラを殺してやりたいほど憎んでいました。
……ですが、あの女は『何も見ていない、知らない』と言い張り、平民の使用人たちの証言だけでは貴族裁判では通用しない。俺にできたのは、使用人から取った証言をカーラに突きつけることだけでした。
……けれど彼女はあざとく泣き崩れ、知らぬ存ぜぬを通した。俺自身も、イライザが部屋を出て行った後、階段から落ちたことすら気づかずにカーラと会話を続けていたというのに……」
「仲良く、か?」
「あり得ません! イライザに離縁を伝えた時、彼女は顔色ひとつ変えず、淡々と書類にサインしました。それが悔しくて……腹を立てていた俺は、屋敷に堂々とやって来るカーラを、イライザに見せつけるための道具として利用しただけです」
「……私も、イライザの意識がないと知って初めて事の重大さに気づいた愚かな父親だ。妻も息子も、イライザを放置していたことを心から後悔している。お前などに嫁がせなければ、あの子は幸せになれたというのに」
二人が抱く後悔は、どれほど言葉を交わしても消えることはなかった。
「ルーカス、もうここには来ないでくれ。イライザは今、幸せなんだ。お前がカーラとどうなろうと、もうイライザには関係のないことだ。……もしイザベラが、お前の屋敷で辛い思いをしているのなら、いつでも引き取るつもりだ」
「……イライザが引き取りたいと言うのであれば……」




