妃殿下、お久しぶりですわ
「妃殿下、お久しぶりですわ」
今目の前に居るのは、この国の王太子妃であり、わたくしの親友でもあるエリザベス。
「人払いしてあるから、いつもの口調で大丈夫よ」
「ふふ、助かるわ」
チラリと周囲を見渡せば、控えているのは幼い頃から知っている顔見知りの侍女ばかり。
「みんな、お久しぶりね」
ニコッと笑顔で挨拶をすると、侍女たちは一斉に恭しく頭を下げてきた。
「イライザ様……! お元気になられて、本当に何よりでございます……!」
涙ぐみながら感慨深げに挨拶を返される。
三年間も眠り続けていたわたくしを、みんなずっと心配してくれていたのだ。……ちゃんと存在を覚えていてくれたことが、今のわたくしには何より嬉しい。
「――で? どういうことかしら」
一転して、氷のように冷ややかに響く声。
「意識を取り戻したっていうのに、わたくしに一切知らせを寄こさなかったのは、どういう風の吹き回しかかしら?」
問い詰めてくるエリザベス。
(ああ、怒ってる! この顔! 大好きなのよね!)
思わずニヤニヤしていると、「さっさと話しなさい! 何気持ち悪い笑顔を向けているのよ!」と即座に怒声が飛んできた。
理不尽!
「だって、久しぶりに見られたんだもの。あのね、わたくし三年間眠っていたでしょう? でも実は、その前の三年間の記憶も吹き飛んでいたのよ。だからエリザベスが王太子妃になってるなんて夢にも思わなかったわ」
「は? 記憶がない? 今のあなたの頭の中身、十六歳のままなの?」
「なんだかそれ、わたくしがバカっぽいと言われている気がするのだけど」
「え? 違うの?」
「失礼ね! 最近ちゃんと思い出したわ! 眠っていた三年間の知識も、ちゃんと頭に叩き込んだんだから!」
ドヤ顔で目覚めてからの経緯を話すと、エリザベスは盛大に頭を抱えた。
「はあぁ!? 我が子の家庭教師!? 変装!? あなた、やっぱりバカじゃないの!?」
「だって! お父様は会おうともしてくれないし、お母様もお兄様も領地から出てこないのよ!? まだ目覚めたことすら知らないのかも……使用人たちも言葉を濁して教えてくれないし。だからルーカスのところに行って、自分の子供がどんな子か確かめたかったんじゃない!」
「……あなたにも一応、母性があったのね」
「なによ、そのしみじみした言い方。別にそんなんじゃないわよ! ただ記憶がないから知りたかっただけ!」
「はあぁぁ……」
呆れ果てた深いため息。なんだか無性に腹が立つわ!
「よりによって、ルーカスとカーラが再婚した途端に目が覚めるなんてね。ほんと、あなたって昔から絶望的にタイミングが悪いわ」
「そうかしら? むしろ絶好のチャンスよ! あの二人の不貞をドカンと暴いて、不幸のどん底に叩き落してやるんだから!」
「証拠は?」
「ないわ!」
「胸を張りなさんな」
「でも、わたくしの証言があるじゃない! それで十分よ!」
「あなたが一人で騒いだところで誰も信じないわよ。あなたが眠っている三年間、離婚は成立していなかったの。成立したのは目覚める少し前。二人が密会していたなんて噂もなかったわ。あなたの話だけじゃ、不貞の証明なんて到底無理ね」
「……離縁を突きつけられた時、彼女がルーカスに会いに来たことしか言えないけれど……でも! 彼女の目の前で階段から落っこちたのに、彼女はわたくしを助けなかったのよ!?」
「その後のことは知らないけれど、ルーカスがあなたを見つけたのは確かよ。その後、あなたの父親である侯爵が引き取ったんだから」
「お父様が引き取ったとは言っていたけれど……ルーカスが邪魔だから押し付けただけかもしれないでしょう?」
「違うわ。侯爵がお怒りになって、強引に連れ戻したのよ」
「だけどわたくし、屋敷の奥の部屋に三年間も押し込められていたのよ!? わたくしの部屋はなくなっていたし、絶対に邪魔者扱いされていたわ!」
「ルーカスが何度もあなたを連れ戻そうとしたから、隠したのよ! いつ目が覚めるかもわからないし、あなたの体って合わない薬が多いでしょう? マーカス先生だって大変だったんだから。意識がなくても急に体調を崩すから、片時も目が離せなかったのよ」
「……そんなの、聞いてないわ!」
「マーカス先生がわざわざ自分から言うわけないでしょう。侯爵だって無愛想だけど、あなたのことを死ぬほど心配していたんだからね」
次々と明かされる意外すぎる事実に、わたくしは返す言葉もなく完全に沈黙したのだった。




