第8話 最強対最強①
時計の針を、わずかに巻き戻す。
黒の騎士団の幹部ビリリオスが、立ちはだかった一位聖騎士ワニダインとの死闘を制し、その首を落とした直後のこと。
少し離れた別区画では、黒の騎士団トップであるウィリアムと、特位聖騎士ヴァン・フォンシオンの最高峰の激突が……あまりにもあっけなく幕を下ろそうとしていた。
「……」
ウィリアムが手にした漆黒の大剣を、無造作に横に薙ぐ。
直後、先ほどまで圧倒的な魔力の重圧を放っていたはずの「ヴァン」の胴体が、紙切れのように呆気なく両断され、崩れ落ちた。
(……脆すぎる)
血の海に沈むヴァンの死体を見下ろし、ウィリアムは微かに眉をひそめた。
世界最高戦力である特位聖騎士が、いかに自身が相手とはいえ、これほど無抵抗に斬られるはずがない。
その違和感はすぐに確信へと変わった。両断された死体の輪郭がドロドロと溶け崩れ、ヴァンとは似ても似つかない別の騎士の顔へと変貌したのだ。
「……『擬態』の固有魔法を持つ影武者か」
ウィリアムが忌々しげに呟いたその瞬間。
アジトの最深部――『禁忌の祭壇』の方角から、肌をビリビリと刺すような強大で冷酷な気配が爆発的に膨れ上がった。先ほどの影武者が放っていた重圧など比較にもならない、本物のヴァンの殺気だ。
「……狙いは裁断かっ!」
すべてを理解したウィリアムは即座に踵を返し、床が陥没するほどの爆発的な脚力で最深部へと駆け出した。
――そして、現在。
『禁忌の祭壇』の冷たい床の上で、胸から腰にかけて深手を負ったレオは、自らの血だまりの中で薄れゆく意識を必死に繋ぎ止めていた。
「哀れな……」
本物のヴァン・フォンシオンが、見下ろすように冷たい視線の落とす。
「旧時代の遺物を手にしたとて、所詮はその程度。大人しく散るがいい」
無慈悲な死の宣告。
ヴァンの手にある騎士剣が、処刑人のギロチンのように高く振り上げられる。レオの身体は限界を迎え、指先一つ動かすことすらできない。
無音の中、銀色の刃がレオの首を刎ね飛ばそうと、真っ直ぐに振り下ろされた。
――ガガァァァァンッッ!!!
耳をつんざくような、鋼と鋼が激突する轟音が祭壇の部屋に木霊した。
火花が散る。強烈な衝撃波で周囲の瓦礫が弾け飛ぶ。
ヴァンの振り下ろした必殺の剣は、レオの首に届く数センチ手前で、完全に停止していた。
レオとヴァンの間に、いつの間にか一人の男が割り込んでいたのだ。
漆黒の大剣を片手一本で軽々と振るい、特位聖騎士の凶刃を正面から完璧に受け止めた男。黒の騎士団の絶対的リーダー、ウィリアムである。
ギリギリと刃が軋む鍔迫り合いの姿勢のまま、ウィリアムは鋭い眼光で眼前の宿敵を睨み据え、低く静かな声で言い放った。
「……お前が、本物か」
「魔力解放!!」
ウィリアムの叫び声と共にあたりに突風が吹き荒れる。
ウィリアム・オックスフォードの固有魔法は『革命の導き』。風を自在に生成し、それを意のままに操る魔法だ。
ウィリアムが瞬時に生み出したのは、性質の異なる二種類の風だった。
一つは、重傷を負って倒れているレオを安全な場所まで運ぶ、優しく包み込むような風。
そして二つ目は、眼前の敵を吹き飛ばすような、荒々しく猛烈な突風である。
通常の人間であれば立っていることすらままならない、暴風の圧力。だが、特位聖騎士ヴァンには、まるで効いていなかった。
「フッ……!」
二人の剣が激突し、凄まじい衝撃波が祭壇の部屋を揺らす。しばらくの間、互角の激しい斬り合いを繰り広げる二人。
しかし、激闘が進むにつれて、徐々にヴァンが優勢になっていく。
ウィリアムは、大小強弱さまざまな風を同時に複数発生させ、緻密に操る能力に長けていた。
現在は、自身の動きや剣速を極限まで引き上げる風を身に纏うのと同時に、ヴァンの行動を力ずくで鈍らせるような強烈な向かい風を正面から叩きつけている。
「さすが特位だな。通常であれば、貴様はまともに動くことすらできずに俺に斬られている」
剣を交えながら、ウィリアムが言い放つ。
「それは、あなたも同じこと」
ヴァンも冷徹に応戦し、漆黒の大剣を鋭く弾き返す。
一瞬の隙が生じ、両者の間にわずかな小休止が生まれた。
「あなたの実力は分かりました。……ここからは本気で行く」
ヴァンの目つきが、一変して鋭くなる。
直後、先ほどまでとは比べ物にならないほどの神速の動きで、ヴァンが踏み込んできた。
ウィリアムはすかさず、ヴァンを阻む向かい風の威力を跳ね上げる。
だが、ヴァンはその暴風を強引に切り裂きながら、容赦なく肉薄してくる。
「あなたの風――ある特定の風の威力を上げるほど、他の風の威力とコントロールの精度が下がるようですね。あなたの動きが、少し遅くなりましたよ」
「チッ……!」
ヴァンの指摘は的確だった。ヴァンを抑え込むための暴風に意識と魔力を割いた結果、自身を加速させる風の精度が落ちていたのだ。
そのわずかな隙を逃さず、ヴァンの容赦のない猛攻がウィリアムを襲う。
ヴァンの猛攻を凌ぎ、ウィリアムも漆黒の大剣で反撃に転じる。火花散る剣戟が絶え間なく続く。多少の押し引きはあるものの、両者の実力はまさに伯仲していた。
しかし、極限レベルの剣術同士のぶつかり合いは、次第に完全な膠着状態を生み出していく。
(……剣術だけでは、決着がつかない。)
ウィリアムはそう判断し、床を強く蹴ってヴァンから大きく距離を取った。
位置の入れ替えと剣術を組み合わせる戦闘スタイルとは異なり、こちらは純粋な質量と出力の激突。ウィリアムは自身の持つ莫大な魔力を空間へと解き放つ。
「『革命の導き』――『断巻大風』!!」
ウィリアムが叫んだ直後。
部屋の中央で巨大な風の渦が発生し、瞬く間に天井を突き破るほどの巨大な竜巻へと変貌を遂げた。限界まで圧縮された暴風のエネルギーは、やがて風そのものを鋭利な「太刀」へと変え、周囲の壁や床を凄まじい勢いで削り取り始める。
破壊の権化となった巨大竜巻が、轟音を轟かせながらゆっくりとヴァンの方へと進んでいく。同時に、竜巻から生み出された無数の風の斬撃が、全方位からヴァンへと襲い掛かった。
ヴァンは表情を変えず、飛来する見えない斬撃を一つずつ、自らの騎士剣で正確かつ丁寧に斬り伏せていく。
だが、巨大な竜巻が目前まで迫ったその時。
ヴァンの本能が、確かな死の気配を感知した。
(……たとえ特位の私であろうと、あの質量に飲み込まれれば、命はない)
ヴァンの瞳に、これまで見せたことのない強烈で好戦的な光が宿る。
「ハハッ……さすがは黒の騎士団のリーダーだ! 私の命に危機が及ぶのは幾年ぶりか!」
歓喜すら混じった声で叫びながら、ヴァンは騎士剣を両手で強く握り直した。
「いいだろう! 私の『奥義』を見せてやる! 『奥義:最後の施し』!!」
その瞬間だった。
ヴァンの身体から、先ほどまでとは比較にならない、次元の違う爆発的なオーラが跳ね上がった。戦闘能力が、突如として何倍にも膨れ上がったのだ。
神速の域すら超えた踏み込みで、ヴァンがただ一閃、剣を振り抜く。
――ズバァァァァァンッッ!!!
ただの物理的な、しかし極限まで強化された純粋な一撃。
それだけで、大気そのものを削り取っていた巨大な竜巻が真っ二つに切り裂かれ、轟音と共に完全に霧散した。
「なっ……!?」
信じがたい光景にウィリアムが目を見開く。
竜巻を消し飛ばした一撃。その信じられない威力の余波だけで、ウィリアムの巨体ですら抗うことができず、はるか後方へと激しく吹き飛ばされた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は特位聖騎士ヴァン・フォンシオンの能力について、世界観の補足も兼ねて解説いたします。
① なぜヴァンが2人いたのか?(成り変わりの秘密)
第5話のラストでウィリアムの前に現れ、圧倒的なプレッシャーを放っていたヴァンは、実は「偽物」でした。
ヴァンの部下には『擬態』の固有魔法を持つ者がおり、ヴァンは自身の強大な魔力をその影武者に分け与え、ウィリアムの足止め(時間稼ぎ)をさせていたのです。
ウィリアムがあっさり影武者を倒したことでトリックが見破られ、今回の激突へと繋がります。
② ヴァンの固有魔法:『三位一体』
ヴァンの持つ魔法は、自身の「力」を他者に分配する能力です。
分け与えられた者が力を返還する(あるいは戦死して強制的に力が戻る)際、その力は元の何倍にも増大してヴァンの元へ還元されます。
そして、今回ウィリアムの竜巻を粉砕した**『奥義:最後の施し(ラストギヴァー)』**は、本来なら「他者に与えるはずの力」を自分自身に重複して与えることで、自身の戦闘力を一瞬にして何倍にも跳ね上げるという究極の自己強化技です。
ヴァンは、他の聖騎士のような概念系の特殊な魔法(絡め手)を一切使いません。魔法による極限の身体強化の積み重ねによる自身の圧倒的な「膂力」と「剣術」のみで、世界の頂点である『特位』まで上り詰めた真のバケモノなのです。
■ 圧倒的な奥義の代償
竜巻を一撃で消し飛ばすほどの超パワーを発揮したヴァンですが、この奥義には**「能力解除後、凄まじい超負荷と疲労により、一定時間その場から一歩も動けなくなる」**という致命的なデメリットが存在します。
竜巻を破られたウィリアム。
そして奥義を使い、間もなく動けなくなるヴァン。
この最高峰の戦いは、一体どのような結末を迎えるのか――!?
第9話もどうぞお楽しみに!




