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第6話 ダンスホール

黒の騎士団(くろのきしだん)アジトの深部は、一方的な蹂躙の舞台と化していた。

「遅い。すべてが、鈍すぎる」

 冷徹な声が廊下に響き渡る。

 特位聖騎士エクセルシオネスアーサーヴァンの命を受け、アジト制圧へと単身乗り込んだ一位聖騎士(プルミールアーサー)、マチルダ。

 細身の彼女が指先を軽く振るうたび、不可視の斬撃が空間を飛び交う。放たれた斬撃は意思を持っているかのように空中で複雑に軌道を変え、行く手を阻む黒の騎士団(くろのきしだん)のメンバーたちを死角から次々と切り裂いていく。

十賢者(じゅっけんじゃ)が第十席、テール! ここから先は一歩も通さねぇ!」

 血の海となった通路に、巨漢の男が立ち塞がった。

 彼は自身の持つ大剣と、己の肉体そのものを太陽のように激しく発光させる異能を解放した。

「喰らえ!『最高な閃光(フラッシュ・モブ)』!」

 強烈な光の暴力がマチルダの視界を白く塗りつぶす。相手の視覚を完全に奪い、その隙に討ち取るという目くらましの戦法。

 だが、一位聖騎士(プルミールアーサー)は目を細めることすらしない。

「……視覚に頼るとでも?」

 マチルダが優雅に指を曲げると、テールを外れて壁に向かっていたはずの斬撃の軌道が、あり得ない角度で鋭角に折れ曲がった。

 ブチャッ、という生々しい音。

 光の中、テールの背後から胸を貫くように斬撃が突き抜け、十賢者(じゅっけんじゃ)の一角が重い音を立てて崩れ落ちた。

 血を払うように指先を振ったマチルダは、そのまま歩みを止めず、最深部の扉――『禁忌の祭壇(きんきのさいだん)』へと向かう。

 一方その頃。

 隔離区域(かくりくいき)の最奥、『禁忌の祭壇(きんきのさいだん)』に立つレオの脳内は、かつてない異常な熱に包まれていた。

(……なんだ、これは。頭の中に、知らない『動き』が……)

 古流剣術データ『天下一(てんかいち)』。

 数千年前の覇王が残した戦闘の最適解が、レオの神経系に完全にインストールされ、定着していく。まるで、元から自分の手足の動かし方を知っていたかのような奇妙な万能感。

 その余韻に浸る間もなく、レオの脳内に鋭い思念が叩き込まれた。

『――緊急事態。侵入者あり。特位聖騎士エクセルシオネスアーサーヴァン・フォンシオン及び、随伴19名』

 メアリからの全体テレパシーだ。

 レオは即座に現実に引き戻され、鋭い目つきで立ち上がった。

「……ヴァンだと? 早すぎる」

 迎撃の体勢をとろうとしたその時だった。

 プシュウゥゥゥッ……!

 背後の黒い祭壇から、突如として高圧のガスが噴き出した。

 驚いて振り返るレオの目の前で、機械的な駆動音と共に祭壇の一部が開き、濃密な煙の中から「それ」が静かにせり上がってきた。

 ――漆黒の鞘に収められた、一振りの『日本刀』。

 科学技術の代わりに魔法という名のが極度に発達したこの世界において、極限まで無駄を削ぎ落とした「反り」を持つこの異国の刃は、現代では完全に失われた旧時代の遺物である。

 だが、レオの脳内に刻み込まれたばかりの『天下一(てんかいち)』のデータが、激しく警鐘を鳴らしていた。まるで、自身の半身を見つけたかのように。

 レオは直感に従い、無造作にその日本刀を手に取った。

 ずしりとした重みが、吸い付くように掌に馴染む。柄を握った瞬間、レオの身体の奥底で、何かがカチリと完全に噛み合った気がした。

 直後。

 分厚い祭壇の部屋の扉が、外側から乱暴に吹き飛ばされた。

「……こんな所にネズミが隠れていましたか」

 土煙の中から現れたのは、返り血を浴びた冷酷な一位聖騎士(プルミールアーサー)、マチルダ。

 最強の剣術データをその身に宿した底辺警察官と、エリート聖騎士の視線が、静かな空間で激しく交錯した。

 言葉を交わす猶予などなかった。

 刹那。マチルダが指揮者のように滑らかな動作で指先を振るう。

「『斬撃砲撃(ディシサージュ)』!!」

 空気を圧縮した不可視の斬撃が、必殺の速度でレオの首を刈り取ろうと迫る。

 ――だが、その刃がレオの皮膚に触れる直前。

(……体が、勝手に……!)

 レオの思考よりも早く、インストールされた『天下一(てんかいち)』のデータが肉体を強制的に駆動させた。

 極限まで無駄を省いた、神速の居合(いあい)

 鞘走りの鋭い金属音が響いた瞬間、日本刀の閃きが不可視の斬撃を真っ向から両断していた。

 ズガァァァンッ!!

 レオの刃によって真っ二つに裂かれた魔法の衝撃波が、彼の左右後方の壁に激突し、深い爪痕を刻み込む。

「……ほう。なかなかやるようね」

 マチルダの冷酷な瞳に、わずかな驚愕と興味が混じる。

「ならば、これはどう? 『斬撃砲撃(ディシサージュ)』!!」

 今度は二振りの斬撃。

 一つは真正面からレオの眉間を狙い、もう一つは空中で不自然に鋭角な軌道を描き、レオの背後へと回り込む。前後からの完全な挟み撃ち。

 レオは床を強く蹴り、上空へと跳躍してそれを躱す。

 だが、マチルダの魔法はただの飛ぶ斬撃ではない。「軌道を操る」異能だ。交差した二つの斬撃はお互いに衝突することなく、空中のレオを追尾するように再び上向きへと牙を剥いた。

「しつこいな……!」

 レオは空中で強引に姿勢を捻り、日本刀を振るう。

 円を描くような一振り。ただの物理的な刃が、迫り来る二つの魔法を同時に捉え、ガラスを砕くような音と共に完全に相殺した。

 だが、斬撃を凌いだレオの目の前に、すでに致命的な影が落ちていた。

 いつの間にか跳躍していたマチルダが、レオの眼前へと肉薄していたのだ。

(――空中で逃げ場はない。しかも斬撃を迎撃したせいで、私の攻撃を防ぐ姿勢すら取れていない。もらった!)

 マチルダの指先に、ゼロ距離で放つための濃密な魔力が収束する。

 必殺を確信した彼女の冷笑。だが次の瞬間、マチルダの視界からレオの姿が「フッ」と掻き消えた。

「……何ッ!?」

 マチルダの放った一撃は空を切り、重力に従って床へと着地する。

 振り返ると、そこにはレオの姿があった。彼は自身の固有魔法を行使し、床に落ちていた「瓦礫」と自身の位置を瞬時に入れ替えたのだ。空中に残された瓦礫が、バラバラと床に降り注ぐ。

「……それがお前の能力か」

 マチルダが忌々しげに冷笑を浮かべる。

「随分と、逃げ足に特化した能力だな」

「あんたの魔法に付き合う気はないんでね」

 レオが短く吐き捨て、日本刀を正眼に構える。

 一位聖騎士(プルミールアーサー)と、旧時代の剣術を宿した底辺警察官。

 レオは弾かれたように床を蹴り、火花散る近接交戦へと雪崩れ込んだ。

 金属が激突する甲高い音が、禁忌の祭壇(きんきのさいだん)の部屋に連続して響き渡る。

 日本刀による怒涛の連撃。マチルダの放つ致命的な刃は、レオの持つ固有魔法『事象反転(インヴェーション)』による位置の転移によって悉く躱されていた。

 レオは『事象反転(インヴェーション)』でマチルダの死角へと跳び、日本刀を振り下ろす。

 だが、一位聖騎士(プルミールアーサー)の戦闘勘と反射神経は異常だった。マチルダは背後からの死角の一撃すら、自身の細身の騎士剣で正確に受け止めてみせる。

(やつの能力は遠距離特化だ。ここは近距離で攻め続ける。やつに能力は使わせない……!)

 レオはさらに間合いに踏み込み、日本刀の攻撃の勢いを強める。

 マチルダの騎士剣を力で押し込み、完全に鍔迫り合いの形へと持ち込んだ。力勝負なら、男性であるレオに分がある。このまま押し切れる――そう確信した瞬間だった。

 ドドォォォンッ!!

 突如、レオの左右後方の壁が内側から爆発するように崩れ落ち、瓦礫の中から「見えない斬撃」が飛来した。

 それは、マチルダが初手に放ち、レオが居合で真っ二つに斬り裂いたはずの『斬撃砲撃(ディシサージュ)』。

 壁に激突して消滅したかに見えたその魔法は、マチルダの操作によって密かに「生かされ」ていたのだ。彼女は斬撃の軌道を遠隔でコントロールし、ドンピシャのタイミングでレオの背後へと牙を剥かせた。

(しまっ――!)

 目の前ではマチルダと鍔迫り合いをしている。剣で弾くことは不可能。

 このままでは左右から両断される。レオは咄嗟に『事象反転(インヴェーション)』を発動して後方へと大きく転移し、左右からの斬撃を間一髪で回避した。

 その瞬間、マチルダの端正な顔に、サディスティックな冷笑が浮かんだ。

「――私から距離を取ったな!」

 マチルダは、レオを仕留め損ねて空を斬った二つの斬撃を、自身の騎士剣へと吸い込ませるように吸収した。

 膨大な魔力が刀身に注ぎ込まれ、大気がビリビリと悲鳴を上げる。

「『斬撃遊戯ディシサージュパレード』!!」

 マチルダが剣を振り抜いた瞬間、吸収された二つの斬撃が分裂し、さらにいくつもの凶悪な斬撃へと姿を変えて射出された。

 ゆうに50を超える不可視の斬撃の嵐。それらすべてが意思を持つ獣のように別々の軌道を描き、レオの逃げ場を完全に塞いで迫り来る。

「どこに逃げても、この斬撃からは避けられんぞ!」

 全方位からの魔法の飽和攻撃。

 もはや『事象反転(インヴェーション)』で躱せる密度ではない。レオは日本刀を構え、そのすべてを受け切ろうと腹を括った。

 直後。

 レオの思考が、完全に停止した。

(――体が、勝手に動く。なんだ、これは!?)

 レオは内心で驚愕していた。

 自身の意思とは無関係に、両腕が、足が、腰が、最適解の軌道を描いて自動的に日本刀を振るい始めたのだ。『天下一(てんかいち)』の戦闘データが、生存のための絶対防壁として肉体を支配している。

 キンッ! キィィンッ!

 飛来する斬撃の嵐を、紙一重の動作で次々と斬り落としていく。

 もう二度と「生きた斬撃」として復活させないよう、魔法の核そのものを的確に破壊し、すべてを己の一振りで確実に相殺していく神速の剣舞。

 五十一、五十二……!

 そして、最後の一振り。最も厄介な頭上からの死角を突いた斬撃を、レオの体が自動で反転し、見事に両断した。

 完璧な迎撃。

 だが、最後の一太刀を振り抜いたその瞬間レオは大きく目を見開く。

「……見事な剣術だが、随分と『魔法』に気を取られたな」

 耳元で、冷酷な囁きが聞こえた。

 気づけば、いつの間にかゼロ距離まで肉薄していたマチルダの冷たい視線が、レオの至近距離にあった。

 ズチュッ……という、生々しく不快な音。

 レオが視線を落とすと、自らの左胸――心臓のある位置を、マチルダの騎士剣が深々と貫いていた。

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