第5話 晴天の霹靂
特位聖騎士ヴァン・フォンシオンの軍靴が、ついに隔離区域の最深部――黒の騎士団のアジトへと踏み入った。
背後に続くのは、彼が選りすぐった19名の精鋭部隊。15名の二位聖騎士と、一つの街の全権を握るクラスである4名の一位聖騎士という、過剰なまでの暴力装置である。
だが、その一歩目が石畳を踏み鳴らした瞬間だった。
メアリの脳裏から、不可視の「警報」がアジト全域へ向けて放たれた。
『――緊急事態。侵入者あり。特位聖騎士ヴァン・フォンシオン及び、随伴19名』
それは音声ではない。アジトにいる全団員の脳内に直接響き渡る、超常のテレパシー。
拠点深部で報告を受けたリーダーのウィリアム・オックスフォードは、即座に立ち上がり、メアリたちのいる防衛ラインへと駆け出す。
しかし、誰よりも早くヴァンの前に立ち塞がった男がいた。
黒の騎士団、No.3。ビリリオス・ビリオネル。
「……ネズミが嗅ぎ回りやがって。ここをどこだと思ってる?」
ビリリオスの低い声が広間に響く。
ヴァンは表情一つ変えずに歩みを止め、背後の聖騎士たちに冷酷な視線で合図を送った。
「排除しろ」
前衛の二位聖騎士たちが、一斉に致死の魔法を展開しようと詠唱を始める。
だが、ビリリオスの動きはそれよりも遥かに速かった。
「異能解放――『雷に打たれて(麒麟)』」
バチィィィンッ!!
ビリリオスの全身を、青白い高圧電流が包み込む。
それは単なる雷の魔法ではない。自身の神経系に直接電気信号を流し込み、肉体のリミッターを強制解除する物理特化の超加速。
「なっ――早……!」
聖騎士の一人が声を上げる間もなく、ビリリオスは雷光となって陣形の中央へ飛び込んでいた。
閃光。轟音。そして、血飛沫。
落雷のような打撃が次々と聖騎士たちの急所を撃ち抜き、放電が彼らの魔法障壁を紙切れのように粉砕していく。
時間にして、わずか数秒。
雷光が収束し、ビリリオスが元の立ち位置へ戻った時――前衛に立っていた15名の二位聖騎士は黒焦げとなり、床に崩れ落ちていた。
しかし、その奥。
特位であるヴァンを守るように立つ4つの影は、ビリリオスの超速の打撃を強固な魔法障壁で完全に防ぎ切っていた。一位聖騎士の4名である。
「俺がいる限り、この先へは行かせない」
ビリリオスは全身から紫電を燻らせながら、無傷で立つ特位聖騎士ヴァンと4名の一位聖騎士を鋭く睨み据えた。
「……ヴァン様。ここは俺にやらせてください」
ビリリオスの放つ紫電を前にしても、一位聖騎士の一人である大柄な男――ワニダインは、余裕の笑みを浮かべて前に出た。
ヴァンは一瞥もくれず、淡々と指示を下す。
「よかろう。お前はここに残れ、マチルダ。残る二名は、奥へ向かいアジトを制圧しろ」
「はっ!」
命令を受けた二名の一位聖騎士が、ビリリオスの横をすり抜けてアジト深部へ散ろうと床を蹴った。
しかし――その二人の姿が、不自然にブレた。
ドサッ、と。
重い肉の塊が落ちるような音が二つ、床に響く。
先ほどまで駆け出そうとしていた二名の一位聖騎士は、首から上の「頭部」を完全に消失させ、首の断面から血の噴水を上げながら崩れ落ちていた。
防御魔法を展開する暇も、悲鳴を上げる隙すらもない「瞬殺」。
血煙が晴れたその奥に、黒いロングコートを羽織った男が静かに立っていた。黒の騎士団リーダー、ウィリアム・オックスフォード。
「このまま続けろ、ビリリオス」
ウィリアムは、靴の裏にこびりついた血を払いながら、底冷えするような静かな声で告げた。
味方である一位聖騎士が一瞬で二名も屠られたというのに、特位であるヴァンは眉一つ動かさない。ただ、冷徹な目をウィリアムへと向け、待機していた最後の一位聖騎士、マチルダへ短く命じた。
「お前がアジトを制圧しろ」
「御意」
細身の女騎士マチルダが、音もなく跳躍する。
「行かせるか――」
ウィリアムがそれを撃ち落とそうと動いた、その刹那。
空気が、軋んだ。
圧倒的な魔力の重圧が、ウィリアムの四肢を物理的に押さえつける。
気づけばヴァンが、ウィリアムの眼前へと転移するように肉薄していた。
「好き勝手するのはここまでだ、反逆者」
ヴァンの冷酷な声が耳元で響く。トップ同士の激突。両者の間に不可視の殺気が交錯し、空間そのものが震え始めた。
一方、マチルダが奥へ消えるのを見送ったビリリオスの前には、ワニダインが立ちはだかっていた。
「よそ見をしている余裕があるのか? 雷小僧」
ワニダインの形相が、ボキボキと異様な骨の音を立てて変形していく。
顔面が前方に突き出し、全身の筋肉が膨張する。衣服を引き裂いて現れたのは、硬質な鱗に覆われた「人型のワニ」だった。獣の筋力と、鋼鉄すら噛み砕く咬合力を得る異能。
ゴウッ! と、風が爆ぜた。
野生の暴力が、純粋な質量となってビリリオスに襲い掛かる。
「チッ――!」
規格外の踏み込みの速さに、ビリリオスは一瞬、判断が遅れた。
迎撃に出たビリリオスのガードごと、岩を粉砕するようなワニダインの巨大な拳が直撃する。
メキィッ! という鈍い音と共に、ビリリオスが愛用していた厚い鉄の外套が砕け散り、彼の体が後方へと大きく吹き飛ばされた。
「ハハハハ! 脆い、脆いなぁ!」
追撃を掛けるワニダイン。
吹き飛ばされながらも、ビリリオスは空中で体勢を立て直し、両手に限界まで紫電を集中させる。
獣の暴力か、雷の超速か。両者の咆哮がぶつかり合い、アジトの防衛線を揺るがす互角の猛攻が幕を開けた。
アジトの入り口は、局地的な嵐が吹き荒れたような惨状と化していた。
獣の膂力で迫るワニダインの剛腕と、雷光を纏うビリリオスの蹴り技が激しく交錯する。しばらく互角の猛攻が続いていたが、戦況は徐々に変化し始めていた。
「チィッ……! ちょこまかと逃げ回りやがって!」
ワニダインが苛立ちの声を上げる。
大岩すら砕く彼の鉤爪が空を切り、床の石畳を抉るばかりで、決定打とならない。ビリリオスが自身の神経系に流れる電気信号をさらに活性化させ、超反応によってワニダインの攻撃を紙一重で躱し始めていたのだ。
大振りの攻撃が外れ、ワニダインの体勢が大きく崩れた。
その一瞬の隙を、ビリリオスは見逃さない。
「ここだ――!」
ビリリオスの手に握られた直剣に、青白い稲妻が激しく収束していく。
踏み込みと共に空気が弾け、鼓膜を劈く轟音が響き渡った。
「『雷春一閃』!!」
神速の刺突。
それは雷光そのものとなり、ワニダインの分厚い胸板へと正確に突き刺さった。
――しかし。
「……ハッ。浅いな」
「なっ……!?」
ワニダインは、胸に剣を突き立てられたまま、凶悪な牙を剥き出しにしてニヤついた。ビリリオスの会心の一撃は、獣化によって硬質化したワニダインの強固な鱗に阻まれ、致命傷には至っていなかったのだ。
「俺の強固な鱗に、お前の攻撃など通じない。潰れろォ!!」
ワニダインが血走った目で咆哮し、強靭な筋肉と巨大な鉤爪による暴虐のカウンターを放つ。
「『パニックワーニー』!!」
獣の怒涛の連撃。
回避不能の距離で放たれたその猛攻を、ビリリオスは必死に剣で受け流そうとするが、防ぎきれない。
「ガァッ……!」
鉤爪がビリリオスの肩を肉ごと抉り、強烈な打撃がその身体を壁際まで吹き飛ばした。
「お前らの革命なんて夢物語だ。ここでしまいなんだよ!!」
壁に叩きつけられ、体勢を崩したビリリオスへ向け、ワニダインがトドメの刺突を放つ。
太い腕が、ビリリオスの心臓を正確に貫こうとした――そのすんでのところだった。
バチィッ!!
ビリリオスの全身から、瞬間的に爆発的な電気が放出された。
「……何ッ!?」
ワニダインの腕が、磁石の同極同士が反発するように、不自然に軌道を逸らされる。
ビリリオスは、自身の周囲に強力な電気の反発場を作り出し、自らの身体の軸を強制的にズラすことで、致命傷となる急所への直撃をギリギリで避けていたのだ。
肩で息をしながらも、ビリリオスの瞳の光は少しも衰えてはいなかった。
「……俺たちの革命は、お前のような畜生に阻まれるほど、やわくはない!!」
ビリリオスが両手で剣を構え直す。
アジトの空間に漂っていた静電気すらも巻き込み、彼の中にある全電力が、一点の刃へと流れ込んでいく。剣身が、白を通り越して黄金の輝きを放ち始めた。
「喰らいやがれ――『雷夏一閃』!!」
先ほどの『雷春』とは比べ物にならない。
それはまさに、天から降り注ぐ本物の落雷のような大轟音と閃光だった。
強固な鱗ごとすべてを貫く、絶対的な破壊力を秘めた黄金の突き。
「ガ、アァァァァァッッ!?」
凄まじい衝撃波と共に、ワニダインの巨体が大きく宙に浮き、そして背後の瓦礫の山へと深々と叩きつけられた。全身の鱗が砕け散り、黒焦げとなった肉体から白煙が上がる。
「……ば、かな。こんなところで……一位の、俺が敗れるとは……」
ワニダインの口からおびただしい血が溢れ、変身が解けていく。
そして、その白目を見開いたまま、巨体は完全に崩れ落ち、動かなくなった。
静寂が戻った広間。
全身から紫電の残滓を燻らせながら、ビリリオスは小さく息を吐いた。
黒の騎士団No.3、ビリリオス・ビリオネルの勝利である。
※世界観の補足:黒の騎士団の通信網について
この世界の住民は、生まれながらに基礎的なテレパシーを使うことができます。ただし、それは「目の前の相手にしか伝えられない(グループ通話不可)」という制限があります。
冒頭でメアリが使用した「全体テレパシー」は、黒の騎士団の能力者である「テレパス」の能力によるものです。彼の能力は、基本のテレパシーを拡張し、複数人への同時伝達(グループ通話)を可能にするというもの。
さらにテレパスは、この拡張能力を「他者1名に付与する(その間、自身は能力を使用不可)」ことができます。リーダーのウィリアムは万が一の事態に備え、外部に出るメアリに常にこの能力を付与させていました。これが、ヴァンに突入された瞬間にアジト全域へ警報を出せた理由です。




