第3話 祭壇
西の荒野の果て。そこには、地図から消された広大な『隔離区域』が横たわっている。
大気には、魔法の源であるはずの精霊の力が「毒」となって満ちていた。いかなる高位の魔法を以てしても防げぬ死の霧が、政府の手を拒み続けている。
「……合図だ」
黒木が、音の出ない特殊な笛を吹いた。
すると、虚空が歪み、一人の女性が忽然と姿を現した。
「遅かったわね、黒木」
「すまない、メアリ。……こいつはレオ。命の恩人だ」
メアリ・ストリート。空間を渡る稀有な能力を持つ彼女がレオの肩に手を置いた瞬間、視界が反転した。
次の瞬間、レオは、毒霧の届かない巨大な地下空間に立っていた。そこには武装した者たちが犇めき、一つの軍隊を形成している。
「よく来てくれた。私が『黒の騎士団』を率いるウィリアム・オックスフォードだ」
現れたのは、鋭い知性を感じさせる眼差しを持った男だった。ウィリアムは、黒木を助けた礼と、二位聖騎士を退けたレオの腕前を高く評価し、団への加入を熱心に勧めた。
「悪いが、断る。俺は思想のために動いたわけじゃない」
レオの拒絶に、ウィリアムは微かに笑った。
「構わない。だが、聖騎士を倒した以上、お前に帰る場所はない。ほとぼりが冷めるまで、ここを自由に使え」
「警官である俺を、このまま野放しにするのか?」
「ここは、私の許可なく入ることはできず、出ることもできない。……好きにするがいい、レオ」
事実上の軟禁状態。
レオは所在なく、騎士団の拠点となっている隔離区域内の遺跡を探索し始めた。
崩れ落ちた石造りの構造物。見たこともない素材で作られた「柱」。それらは魔法で造られたヴァルハラの建築物とは、明らかに異質な雰囲気を纏っている。
迷い込んだのは、最深部にある円形の広間だった。
その中央に、漆黒の石で作られた『祭壇』が鎮座していた。
表面には、青白く発光する複雑な文様が、呼吸するように明滅している。
「……なんだ、これは」
吸い寄せられるようにレオは歩み寄り、震える指先をその冷たい石の表面に触れさせた。
その瞬間、レオの脳内で物理的な衝撃が弾けた。
――認識票(ID)を確認。適合率98%。
――プロジェクト『外典』、アーカイブへのアクセスを許可。
――古流剣術:『天下一』の戦闘ログを転送します。
「ぐあ、あああああッ!!」
視界に無数の光の筋が走り抜ける。
それは、一人の男の記憶だった。ただ一振りで千の軍勢を制したとされる、覇王の剣。
筋肉の弛緩、重心の移動、刃を振るう際の呼吸――そのすべてが、レオの神経系に強引に刻み込まれていく。
数分後。レオは膝を突き、激しく嘔吐した。
だが、その手には、先ほどまでとは明らかに異なる「力」の感触が宿っていた。
「……ステラ。お前が言いたかったのは、これか」
レオの瞳の奥で、青白い光が一瞬だけ明滅し、消えた。
【エピローグ】
首都『ヴァルハラ』。保安省の最深部。
モニターを見つめる一人の男――レリウス・グローヴァ。保安省のトップであり、始まりの四大貴族の一人。
「……隔離区域の休眠サーバーに、外部からのアクセス。認証コードはドナルド・ステラ、だが生体反応は別人です」
背後で、部下が震える声で報告する。
「適合率が高すぎる。まさか、あの『外典』に記された適合者が現れたというのか」
グローヴァは静かに立ち上がり、壁に掛けられた大剣に手をかけた。
「面白い。魔法という名の秩序を揺るがすバグは、早めに摘み取る必要がある。プルミール(一位聖騎士)たちに告げろ。遊びは終わりだ。総力を挙げて、その『適合者』を狩れ」
※世界観の補足:世界を統治する4つの省庁
この世界は「世界政府」のもと、大きく4つの省庁によって分割統治されています。各省庁には強大な権力を持つトップが存在します。
• 警察省(トップ:ロベール・オペハイム)
町の治安維持を管轄。主人公レオの所属先。魔法も扱うが、主に体術や剣術などによる物理的な制圧をメインとする実働部隊。
• 保安省(トップ:レリウス・グローヴァ)
国防を担う、警察というよりも「軍」に近い組織。強力な魔法を主戦力とする特権階級であり、今回登場した聖騎士たちはここに属する。
• 財務省(トップ:ヨハン・ノーメン)
国家の財産や予算といった、経済の根幹を管轄する機関。
• 総務省(トップ:エドワルド・レラート)
上記3省以外の、あらゆる行政・インフラ業務を管轄する機関。
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