第2話 迷い
首都『ヴァルハラ』の西門。
堅牢な城壁の前に立つ聖騎士の眼光は、通り抜ける者たちの内面を射抜くように鋭い。
「……次」
レオの番が来た。検問所の魔導具がレオの意識を走査する。
首都の治安維持を担う末端の警察官であるレオは、平然とした表情を作る術を心得ていた。しかし、ポケットの中にある手紙の存在が、心拍数をわずかに早める。
「西の隔離区域方面か。警察官が何の用だ」
「非番のパトロールです。境界付近で不審な動きがないか、念のため」
聖騎士はレオの顔を数秒間見つめ、やがて小さく舌打ちをして顎で先を促した。怪しまれはしたが、警察官という身分が幸いし、どうにか拘束は免れた。
重い鉄門を抜け、荒野を歩き続ける。
ヴァルハラから離れるにつれ、空中に満ちていた魔力の密度が薄れ、常に肌にまとわりついていた『念信』の感触が途切れていく。
その時だった。
荒涼とした風の音に混じり、激しい金属音が鼓膜を打った。
「――そこまでだ、ネズミめ」
岩陰の先。二つの影が交差していた。
一人は、漆黒の外套を纏った男。そしてもう一人は、白銀の甲冑に身を包んだ大柄な男だ。
甲冑の肩には、二つの星の紋章が刻まれている。
二位聖騎士。
見習いである三位とは次元が違う、部隊長クラスの圧倒的な実力者だ。
「このジョージア様の管轄に踏み入るとは、運がなかったな。『黒の騎士団』」
「……くそっ」
黒の外套の男が膝を突いた。その手から剣がこぼれ落ちる。
ジョージアと呼ばれた二位聖騎士が、無慈悲に大剣を振り上げた。次の一撃で、男は間違いなく両断される。
相手は国家の反逆者である「黒の騎士団」の一員。警察官であるレオにとって、本来なら見過ごすか、加勢して捕縛すべき対象だ。
だが――レオの身体は、思考よりも先に動いていた。
「危ないっ!」
レオは岩を蹴り、無防備な黒の外套の男の前へと飛び出した。
腰の鞘から抜いた制式剣で、ジョージアの凶刃を辛うじて受け止める。
「……ッ!」
「なんだ貴様は。首都の警察犬が、なぜ反逆者を庇う?」
ジョージアの腕から伝わる暴力的な重圧に、レオの腕の骨が軋んだ。
なぜ庇ったのか、レオ自身にもわからない。ただ、目の前で一方的に命が奪われるのを黙って見過ごすことは、彼の根底にある正義感が許さなかった。
「……民間人を、勝手に裁く権限はアンタにはないはずだ!」
「戯れ言を」
ジョージアが大剣を弾き返し、怒涛の連撃を放つ。
警察の訓練で培った体術と剣捌きで必死に致命傷を避けるが、魔法の加護を受けた二位聖騎士の身体能力は常軌を逸している。レオの制式剣には次々と亀裂が走り、息が上がり始めた。
(このままじゃ、押し切られる……!)
ジョージアが大上段に構え、大気に魔力が収束していく。回避不可能な必殺の間合い。
その瞬間、レオは己の中に眠る奇妙な力――まだ彼自身もうまく制御しきれていない「空間をわずかに歪める」異能の感覚に意識を集中させた。
「消えろ!」
振り下ろされた大剣がレオの脳天を割る直前。
レオは異能を発動し、自身の立ち位置と、足元にあった手頃な岩の座標を瞬時に『入れ替え』た。
ガァンッ!!
大剣はレオの幻影をすり抜け、硬い岩を粉砕した。
完全に虚を突かれ、前のめりに体勢を崩したジョージア。その背後に転移したレオは、残った力をすべて振り絞り、剣の柄でジョージアの延髄を痛打した。
「……な、ばか、な……」
白目になり、巨大な身体が地響きを立てて倒れ伏す。
レオは肩で荒い息をしながら、折れかけた剣を握りしめたまま座り込んだ。あと一秒判断が遅れていれば、死んでいたのは自分だった。
「……あんた、大丈夫か?」
レオが肩で荒い息をしながら声をかけると、黒の外套の男はゆっくりと立ち上がり、警戒を解いて深く頷いた。
「ああ、助かった。……俺は『黒木』だ」
黒木と名乗った男は、倒伏した二位聖騎士とレオを交互に見比べ、信じられないものを見るように目を見開いた。
「ただの警察官が、二位聖騎士を単独で倒すとはな。最後の不可解な動き……魔法の詠唱もなしに、空間そのものをすり抜けたように見えた。あんた、ただ者じゃないな。どうだ、俺たち『黒の騎士団』の仲間にならないか?」
突然の勧誘に、レオは即座に首を振った。
「断る。俺はアンタたちの反逆の思想に賛同して助けたわけじゃない。目の前で人が殺されそうだったから、体が勝手に動いただけだ。それに、俺には行かなければならない場所がある」
「だが、結果は同じだ」
黒木は、ピクリとも動かないジョージアを顎でしゃくった。
「これほどの高位の聖騎士を沈めた以上、首都の連中が血眼になってあんたを追ってくる。この国で『予知捕縛』から逃れられる場所などない。警察にも、元の日常にも、もう戻れないぞ」
その言葉に、レオは沈黙した。黒木の言う通り、今の自分は国家に対する明らかな反逆者だ。
「仲間にならなくてもいい。だが、このまま一人で荒野を歩けば確実に犬死にだ。俺たちのアジトへ来い。あそこなら、首都の『眼』も届かない」
「……アジトだと? そんな場所がこの世界にあるのか」
「ああ。西の隔離区域……忌まわしき『汚染された遺跡』だ」
その地名を聞いた瞬間、レオは目を見開いた。
ステラの手紙が示した目的地。そこが、図らずも反乱軍の隠れ家と完全に一致したのだ。
(これも、ステラが導いた結果なのか……?)
レオは静かに折れかけた剣を鞘に収め、夕闇に沈む西の荒野の果てを真っ直ぐに見据えた。
【エピローグ】
首都『ヴァルハラ』の中心。天を衝く白亜の塔の最上階。
窓のない豪奢な部屋で、円卓を囲む影たちが不穏なざわめきを見せていた。彼らの前には、無数の不可視のルーンが明滅している。
「報告。西の境界線付近にて、二位聖騎士ジョージアの魔力反応、並びに念信のリンクが消失しました」
影の一つが、感情の乗らない声で告げた。
「黒の騎士団のネズミ一匹の始末に、二位が遅れをとったとでも言うのか?」
「いえ。現場に残された魔力の波形を解析した結果、不可解な『空白』が確認されました。ジョージアは、黒の騎士団ではない『想定外の第三者』によって撃破された可能性が高いです」
「……想定外だと?」
別の低い声が、苛立ちを含んで響く。
「この完全に管理された平和な世界において、我々の予言から外れる者など存在してはならない。それは世界の秩序に対する明らかな脅威だ」
「周辺の監視レベルを最大まで引き上げろ。そのイレギュラーを特定し、必ず排除するのだ。たった一つの綻びが、この完璧な世界を崩壊させかねん」
闇の中で、彼らの眼だけが冷酷な光を放っていた。
※世界観の補足:警察と聖騎士の違い
今回対立した二人は、所属する組織の管轄が異なります。
• 警察省(レオの所属): 町の治安維持が管轄。魔法も扱うが、主に体術や剣術などによる物理的な制圧をメインとする実働部隊。
• 保安省(ジョージアの所属): 国防を担う、警察というよりも「軍」に近い組織。強力な魔法を主戦力とする特権階級であり、聖騎士たちはここに属している。
また、この世界の住民は、1人につき1つの固有能力が使えます。
主人公のレオは「入れ替え」
ジョージアは「超パワー」
みたいな感じです。
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