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第1話 失踪

 人は当たり前を否定されたとき、次に何を当たり前とするのだろうか。


 その光は、美しすぎるほどに無機質だった。

 指先で空中にルーンを描けば、天井に設置された「魔導具」が反応し、白磁のような光が部屋に満ちる。人々はこれを精霊の恩恵と呼ぶが、その明かりには温もりがない。光が届く範囲はレオのデスク周りに厳格に限定され、そこから一歩外れれば、部屋の隅々は底知れない漆黒に沈んでいる。

「……ふぅ」

 レオは、重い革靴を脱ぎ捨てて椅子に深く腰掛けた。

 ついさっきまでの、喧騒と笑い声が耳の奥でまだ残響している。同僚たちとの飲み会は、表向きは楽しいものだった。だが、グラスを重ね、魔法の利便性を謳歌する彼らの言葉に合わせるたび、胸の奥には泥のような違和感が溜まっていく。

 特に、ステラがいなくなってからは。

 エリート公務員として、この世界の中心(世界首都:ヴァルハラ)で順風満帆な人生を送っていたはずの親友。ステラが「行方不明」と処理されてから、今日で一週間が経つ。当局は「魔力の暴走による不慮の事故」と片付けたが、レオの直感はそれを拒絶していた。

 ふと、上着のポケットに重みを感じた。

 飲み歩いている間は気づかなかった、異物感。

「……なんだ、これ」

 取り出したのは、一枚の紙だった。

 この時代、メッセージは『念信テレパシー』と呼ばれる魔法で瞬時にやり取りされるのが常識だ。紙というアナログな媒体は、もはや博物館か、あるいは古臭い儀式でしか目にすることはない。

 その白い紙を広げた瞬間、レオの背筋を冷たい指がなぞった。

 酔いは一瞬で吹き飛び、部屋を照らす魔法の灯りが、まるで監視者の凝視まなざしのように冷たく感じられた。

 手紙には、殴り書きのような、だが紛れもないステラの筆跡でこう記されていた。

『レオ。これを読んでいるということは、俺はもうお前の側にはいない。

 何も聞かず、今すぐ西の隔離区域……あの呪われた遺跡へ向かえ。

 そこにお前が生き延びるための――この世界の「偽り」を打ち破るための力がある』

 嫌な予感が、確信に変わった。

 ステラは、知ってはならない「何か」に触れたのだ。そしてその火の粉は、すでに自分の身にも降りかかろうとしている。

 ふいに、部屋の隅の漆黒が動いた気がした。

 天井の魔導具が微かに、ジジ……と電子音のような異音を立てる。

 レオは手紙を握りしめた。魔法が支配するこの美しい牢獄で、たった一人の反逆が、今、静かに幕を開けた。


 首都:ヴァルハラの中心部。天を衝く白亜の塔の最上階。

 窓のない豪奢な部屋で、数人の影が円卓を囲んでいた。彼らの前には、無数の不可視のルーンが明滅し、膨大な情報を処理し続けている。

「ドナルド・ステラを追跡していた『猟犬ハウンド』からの報告は?」

 影の一つが、感情の乗らない声で尋ねた。

「……失敗です。指定座標にて対象を捕捉しかけましたが、直前で完全に姿を見失いました。現在、引き続き痕跡を探索中です」

 別の低い声が、忌々しげに応じる。

「世界の『裏側』に触れたネズミだ。何としてでも探し出して処分しろ」

「はっ。ですがご安心を。奴の念信テレパシーのログは、失踪前から完全に途絶えています。外部の誰かと接触した形跡や、情報を漏洩させた痕跡はゼロです。秘密は守られています」

「よろしい。引き続き『予測逮捕』のシステムを厳重に稼働させておけ。我々が管理するこの完全な世界に、バグは不要だ」

 彼らは知る由もなかった。

 魔法という名の完璧な監視網をすり抜けた一枚の「アナログな紙切れ」が、すでに決定的なバグを生み出し始めていることを。

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