第13話 遺跡内の激闘
「馬鹿な……俺の魔力が……『魔法』が、消えただと……!?」
暗闇の中で、ビリリオスが自身の両手を見つめながら愕然と呟く。
黒の騎士団の第3席として、常に膨大な魔力を誇っていた彼の身体から、魔法の気配が完全に消失していた。
――ガション。ガション。
その時。
完全に静まり返っていたはずの部屋の奥から、重々しい足音が響き始めた。
「な、なんだ……!?」
ビリリオスが声を荒らげる。
暗闇の奥から姿を現したのは、鈍く光る鋼鉄の巨体だった。身長は二メートルを優に超え、人間の形を模してはいるものの、その表面は継ぎ目のない金属装甲で覆われている。
頭部にあるべき顔はなく、代わりに赤い単眼のような光が、不気味に明滅していた。
「……鋼鉄の、ゴーレムだと?」
ビリリオスが冷や汗を流しながら後ずさる。
「馬鹿な。ゴーレムの使役には、術者からの絶え間ない魔力供給が必要なはずだ! これほどの質量のものを、術者の姿もなく自立して動かしているというのか……!」
「ビリリオス、下がってろ!」
レオが、腰に提げた漆黒の日本刀を抜き放ちながら前に出る。
鋼鉄の巨体の赤い眼が、レオの姿を捉えてギロッと動いた。
『――■■■■■■■■』
巨体が、人の言葉ではない異様なノイズを発した直後。その質量からは信じられないほどのスピードでレオへと突進してきた。
「速い……ッ!」
レオは旧時代の剣術データを引き出し、神速の反応で日本刀を振り抜く。
狙うは巨体の首元。必殺の一撃が、正確に鋼鉄の装甲を捉えた。
――ガキィィィィンッ!!
「なっ……!?」
火花が散り、激しい金属音が響き渡る。
レオの腕が痺れ、虎口が裂けそうになるほどの硬さ。特位聖騎士の剣すらも弾き返す漆黒の刀をもってしても、その異常な装甲には浅い傷しかつけられなかった。
「チィッ、なんだこの異常な硬さは!」
レオが舌打ちして距離を取ろうとした瞬間、巨体の右腕から「バチバチッ!」と青白い閃光が弾けた。
「レオ、気をつけろ! 奴は腕に『雷魔法』を付与しているぞ!」
背後からビリリオスが叫ぶ。
青白い光と火花を散らす巨体の腕が、レオを黒焦げにすべく無慈悲に振り下ろされた。
「……っ、こいつ、底なしか!」
レオは床を転がり、巨体が振り下ろした電光の腕を紙一重で回避した。直後、彼がいた場所のコンクリートが爆ぜ、凄まじい熱気が肌を焼く。
魔力供給のないはずのゴーレムが、なぜこれほど破壊的で、精密な動きを続けられるのか。
魔法を失い、背後の壁に身を寄せるしかないビリリオスは、死の淵を踊るレオの姿を凝視していた。
(……いや、違う。どれほど強力な術式であろうと、万物の理からは逃れられん。あの巨躯を動かすには、必ず「支点」があるはずだ)
ビリリオスは冷汗を拭い、目を細める。
ゴーレムが次の踏み込みを見せた瞬間、装甲の隙間から青白い火花が激しく散った。
「おい新入り! 奴の全身を覆う鋼鉄の装甲を狙うな! それは盾だ!」
ビリリオスの鋭い声が、激しい金属音の合間に響く。
「誰が新入りだ! じゃあこれのどこを斬れってんだ!」
「関節だ! 肘と肩の継ぎ目を見ろ。そこだけは装甲が重なっていない。奴が腕を振り上げる瞬間に、魔力の奔流……あの青い火花が漏れ出す隙間がある。そこだけが、魔法の加護が薄い急所だ!」
レオはその言葉を疑わなかった。
神速で迫る鋼鉄の拳。レオはあえて一歩踏み込み、巨体の懐へと潜り込む。
ビリリオスの指摘通り、振り上げられた巨体の肩の継ぎ目には、複雑に絡み合う人工的な「筋繊維」のようなものが露出していた。
「……見えたッ!」
レオが深く腰を落とし、日本刀を正眼ではなく、極限まで引き絞った刺突の構えに据える。
「ビリリオス、合わせろ! その隙間に、あんたの持っている一番重いガラクタを叩き込め!」
「ふん、魔導士に力仕事をさせるとは……いいだろう!」
ビリリオスが足元に転がっていた太い金属の支柱を掴み、渾身の力で投げつける。
魔法という強化を失った男の、泥臭い投擲。
だが、その重い一撃は正確にゴーレムの右肘を直撃し、その姿勢を一瞬だけ外側に大きく逸らさせた。
「今だ、新入り!」
「だから誰が新入りだッ!」
レオは悪態をつきながらも地面を蹴り、全身のバネを解放するように前方へ跳んだ。
旧時代のデータが最適解として弾き出した、全てを貫く究極の刺突。
「――『四神』の型 覇王剣:玄武破戒!」
放たれたのは、ただの「突き」。
だが、その威力とスピードは桁違いだった。音を置き去りにする神速の刺突が、火花を散らすゴーレムの肩の継ぎ目にピンポイントで突き刺さる。
――バチチッ! ガガッ、ガアアァァンッ!!
凄まじい衝撃波と共に、巨体の右腕が根元からへし折られ、吹き飛んだ。重い金属塊が床に激突する。
だが、鋼鉄の巨兵に「痛み」や「恐怖」という概念はない。
体勢を崩しながらも、ゴーレムは残された左腕をレオに向けて無慈悲に振りかぶった。
「気を抜け、まだ来るぞ!」
ビリリオスの声と同時、レオは屈み込んで左腕の薙ぎ払いをギリギリで躱す。
巨体の左腕が空を切り、大きく前のめりに体勢が崩れた。
「こいつで、終わりだッ!」
ビリリオスが間髪入れずに別の瓦礫を蹴り飛ばし、ゴーレムの膝裏の関節にぶつける。ガクン、と巨体の姿勢がさらに沈み込み、左肩の装甲が完全に無防備となった。
「ナイスだ!」
レオはその隙を逃さない。屈んだ姿勢からバネのように跳ね上がり、漆黒の刃を一閃させる。
激しい金属音が鳴り響き、残された左腕もまた、宙を舞って床へと転がり落ちた。
両腕を失い、肩の断面から青白い火花を激しく噴き出す鋼鉄の巨体。
「……やったか?」
レオが荒い息をつきながら、完全に動きを止めた巨兵を見上げる。
隣に並んだビリリオスもまた、肩で息をしながら、もぎ取られた両腕を見下ろしていた。
「……フン、魔力もなしにこれほどの「狩り」をさせられるとはな。新入りにしては上出来だ」
「だから誰が新入りだって言ってんだよ」
暗闇の中、奇妙な連帯感に包まれた二人が軽口を叩き合った、その直後だった。
――ガガッ……ギギギギギッ!
床に転がっていた鋼鉄の両腕が、不気味な駆動音と共に突如として跳ね回った。
「なっ……!?」
切断された断面同士から青白い火花が磁力のように伸び、絡み合う。そして、ガシャァァンッ!という重い金属音と共に、両腕は巨体の肩へと吸い込まれるように結合した。
「自己修復機能だと……冗談じゃねえぞ!」
レオが顔をしかめて後ろに飛び退く。
斬り飛ばしたはずの腕は完全に元の状態へと戻り、巨兵の赤い単眼が再びギラリと狂暴な光を放った。
そこから、形勢は一気に逆転した。
頼みの綱である魔法を使えないビリリオスと、度重なる激戦で疲労が蓄積し始めているレオ。対して、痛みも疲れも知らず、無尽蔵に駆動し続ける鋼鉄のゴーレム。
圧倒的な質量と電撃の嵐を前に、二人は防戦一方となり、じりじりと後退を余儀なくされる。
そしてついに――二人は、冷たい金属の壁に背を追い詰められた。
もう、逃げ場はない。
目前に迫る巨大な影。赤く明滅するセンサー。
高く振り上げられた、致命の電撃を纏う両腕が、容赦なく二人の頭上へと振り下ろされる。
(ここまでか……!)
二人が死を覚悟し、目を細めたその刹那だった。
――ズドォォォォォンッ!!!
遺跡全体を揺るがすほどの、凄まじい衝撃音が弾け飛んだ。
レオたちが目を開けると、自分たちを粉砕するはずだった数トンの鋼鉄の巨体が、木っ端微塵に砕け散っていた。レオの漆黒の刀でも浅い傷しかつけられなかった、絶対的な硬度を誇るはずの装甲が、まるでガラス細工のように粉砕され、その破片が爆風と共に彼方へと吹き飛んでいく。
「……あ?」
呆然とするレオたちの前に、もうもうと舞い上がる砂埃を払って、一つの影が悠然と歩み出てくる。
「よう。随分と無様な姿を晒してるじゃないか、第3席」
軽薄で、どこか余裕に満ちた声。
そこに立っていたのは、世界政府の軍服をルーズに着崩した男――黒の騎士団の第2席、チャールズ・ボナパルトだった。
「……チッ。なぜ貴様がここにいる、チャールズ」
絶体絶命の窮地を救われたというのに、ビリリオスの顔には明らかな嫌悪と警戒が浮かんでいた。組織の幹部同士でありながら、この二人は犬猿の仲なのだ。
ビリリオスの険悪な態度など気にも留めず、チャールズはひらひらと手を振る。
その光景を見ていたレオは、信じられないものを見る目でチャールズに尋ねた。
「おい……今の規格外の威力。あの巨大な鋼鉄のゴーレムを一撃で粉砕したのは、あんたの『固有魔法』か?」
その問いに、チャールズはきょとんとした後、肩をすくめてあっけらかんと答えた。
「いや? 俺に固有魔法なんか宿ってないよ」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
魔法を失った絶体絶命の窮地で、まさかの乱入を果たした第2席・チャールズ。
レオの刀ですら弾き返した鋼鉄の巨体を「固有魔法なし」で粉砕した彼の力の正体とは……!?
ここまで読んで「チャールズの力が気になる!」「新入り扱いされるレオが良い!」と少しでも思っていただけましたら、ぜひページ下部の【☆☆☆】を【★★★】にして応援していただけると、執筆の大きなモチベーションになります!
次回もお楽しみに!




