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第11話 これから

「……まずいな」

 ウィリアムが忌々しげに見上げた先。ヴァンが地上への穴を穿ったことで、隔離区域を覆う致死の「毒ガス」が、白煙となって地下アジトへと雪崩れ込もうとしていた。

「チッ……!」

 ウィリアムが即座に大剣を振るい、空に向けて手をかざす。

 縦穴の入り口付近に強力な風のバリアが展開され、毒ガスのそれ以上の流入を完全に遮断した。

 だが、問題はすでにアジト内へと入り込んでしまったガスだ。ウィリアムは息をつく間もなく、今度はアジト内全体の気流を掌握し、コントロールし始める。

「『風牢(ふうろう)』」

 室内に散らばり、今にも拡散しようとしていた毒ガスが、まるで意思を持っているかのように一箇所へと集められていく。そして、極限まで圧縮された見えない風の球体の中へ、一滴残らず封じ込められた。

(……あれだけの死闘の直後だというのに、なんという精密な魔力コントロールだ)

 見守っていたレオは、驚愕を隠せなかった。

 特位聖騎士の奥義を破り、巨大な爆発を相殺し、さらに致死のガスを気流操作で完全に隔離する。黒の騎士団トップの底知れない実力を、まざまざと見せつけられた瞬間だった。

 ――数時間後。アジトの作戦会議室。

 薄暗い室内には、重苦しい沈黙が漂っていた。

 円卓の奥にはリーダーのウィリアム。

 その両脇には、生き残った黒の騎士団の幹部三人が腰を下ろしている。

 第3席、ビリリオス・ビリオネル。

 第4席、メアリ・ストリート。

 そして第9席であり、レオの治療にあたった回復能力者のマリア・アーノルド。

 イレギュラーであるレオもまた、末席で静かに彼らの言葉に耳を傾けていた。

 幹部たちとウィリアムは、それぞれが独自の部隊を率いてこの西の隔離区域で世界政府の軍勢と交戦していた。円卓に広げられた被害報告は、絶望的なものだった。

「……各部隊の報告をまとめた結果、西の区域に配置していた我々のメンバーは、この一連の強襲で完全に半数まで減らされた」

 第3席のビリリオスが、重々しい口調で報告する。

「犠牲者の中には、第10席のテールも含まれている。マチルダの部隊に急襲され、部隊ごと全滅したとのことだ」

 第4席のメアリが、ギリッと唇を噛み締めた。

 マリアは目を伏せ、悲痛な表情で祈るように手を組んでいる。

 特位聖騎士ヴァン・フォンシオンを退け、禁忌のデータ破壊は免れたものの、黒の騎士団が払った代償はあまりにも大きかった。

 重い沈黙の中、ウィリアムがゆっくりと立ち上がった。

 その出立ちは傷だらけだが、瞳に宿る『革命』の炎は少しも揺らいではいない。

「皆の悲しみは理解している。だが、立ち止まっている猶予はない。世界政府が『パンドラの箱』の存在に気づき、特位を動かしてきた以上、ここはもう安全ではない」

 ウィリアムが円卓を見回し、力強い声で今後の方針を告げる。

「我々の取るべき道は三つだ。一つ、生き残った全戦力を率いて『東のアジト』へ移動し、合流すること」

(東のアジト……?)

 末席で聞いていたレオは、密かに驚きを隠せなかった。

 あれほどの激戦を繰り広げたこの巨大な地下施設を放棄するだけでも痛手だというのに、黒の騎士団は隔離区域の反対側にも同規模の拠点を持っているというのか。

「二つ、道中で崩壊した戦力を立て直すための『物資の調達』を行うこと。そして三つ……世界政府に対抗するための、新たな『メンバー集め』だ」

静まり返った会議室で、ウィリアムが明確な指示を下す。

「ビリリオス、お前はレオと二人で『東の隔離区域』へ向かってくれ。そして、今回の状況の報告と共に、この手紙をチャールズに渡してほしい」

「……リーダー、本気ですか?」

 ビリリオスが信じられないというように目を見開いた。

「コイツは危険なイレギュラーです。到底信用できるような相手ではありません。そんな者と行動を共にしろと……?」

「待て、俺だってあんたたち黒の騎士団に協力する気なんてないぞ」

 レオも即座に反発する。怪我を治してもらった恩はあるが、彼らの組織的な反逆に巻き込まれるつもりは毛頭なかった。

 だが、ウィリアムは静かに、しかし有無を言わせぬ威圧感を持って二人に告げた。

「ビリリオス、現在の残存メンバーの中で、確実にこの手紙を託せる実力者はお前しかいないんだ。頼む」

「……ッ」

「そしてレオ。東のアジトに行けば、君の『目的』は果たせるだろう」

「!」

 その言葉に、レオは息を呑んだ。ウィリアムの深淵を見通すような眼差しに射抜かれ、これ以上反論することはできなかった。

 互いに最悪の相性だと理解しながらも、二人は渋々ウィリアムの指示を受け入れるしかなかった。

 一瞬の沈黙の後、口火を切ったのは第9席のマリアだった。

「では、残る我々はどうすればよろしいのでしょうか?」

「残り二つの目的――物資の調達とメンバー集めを、同時に達する方法がある」

 ウィリアムの瞳に、鋭い光が宿る。

「ヴァンが統治していた大都市『ヴァナヘイム』。あそこを我々が落とし、統治する。そのためには君たちの力が必要だ」

「正気ですか!?」

 第4席のメアリが激しく反発し、立ち上がった。

「そんなことをすれば、世界政府に完全に目をつけられます! 世界を区分する四つの都市のうち、残り三都市から一斉に攻め込まれれば、それこそ我々の終わりですよ!」

 だが、そのメアリの焦りを制したのはビリリオスだった。

「いや……理にかなっている。ヴァナヘイムは四つの都市の中でも、特に守りに優れている要塞都市だ。都市の周りは強固な二重の壁で守られている。もし我々がそこを落として拠点とすれば、政府側は奪還のためにかなりの戦力を削ぐことになる」

「その通りだ」

 ウィリアムが深く頷き、不敵な笑みを浮かべる。

「そして、もし我々を本気で潰すために軍を動かせば、必然的に他の三都市の警備は手薄になるだろうな。……その時は頼んだぞ、ビリリオス」

「……御意に」

 ビリリオスが静かに頷いた。

 ウィリアムの描く壮大な戦略の全貌を理解し、幹部たちはそれぞれの覚悟を胸に席を立った。

 ――それから、数日後。

「……行くぞ」

 メアリの固有魔法の支援を受け、隠密裏にアジトの外へと抜け出したウィリアムが、地上で待機していたヴァンの部下たちを瞬く間に圧倒し、次々と無力化していく。

 クリアになった地上への出口から、生き残った黒の騎士団のメンバーたちが次々と姿を現す。

 彼らの眼差しの先にあるのは、特位を失い主不在となった難攻不落の要塞都市。黒の騎士団による大都市『ヴァナヘイム』への大侵攻が、ついに幕を開けた。

 そしてそれと同時に。

 ビリリオスとレオの二人は、その喧騒から離れるように背を向け、東の隔離区域を目指して静かに歩き出していた。


【エピローグ】

 首都ヴァルハラ。その中心にそびえ立つ、天を衝く白亜の塔。

 最上階に位置する窓のない豪奢な部屋では、世界の命運を握る数人の影が円卓を囲んでいた。彼らの頭上では、無数の不可視のルーンが明滅し、世界中から集まる膨大な情報を秒間何億という速度で処理し続けている。

「――フォンシオンは、うまくやっていると思うか?」

 静寂を破ったのは、円卓の奥深くに座る影だった。その声には、一切の感情が乗っていない。

「奴は『特位』の中でもかなりのやり手だ。最悪の事態にはならんだろう」

 別の屈強な影が、腕を組みながら鼻を鳴らす。

「さっそく奴からの中間報告が届いている。どうやら、反逆者どもの中には『空間転移』の能力者がいるようだな。その能力を使い、西の隔離区域の中にある遺跡へ潜り込んでいたらしい」

「どうりでネズミどもが見つからなかったはずだ。だが……空間転移の能力者の記録など、我々のデータベースにあったか?」

「それは私の方で引き取ろう。過去のデータを徹底的に洗えば、すぐに見つかるはずだ」

 冷徹な声色を持つ影が、空中に浮かぶルーンの束を指先で弾きながら応える。

 その時、円卓の中央に新たなルーンの光が灯り、最新の戦況報告が通知された。

「ふっ。有能な男よ、フォンシオン」

 報告を読み取った影が、薄く笑う。

「見立てによれば、奴らの戦力の半分はすでに壊滅させたようだ。何より、例の『祭壇』にたどり着いたらしいぞ」

「……妙だな」

 だが、その報告を受けてもなお、疑念を口にする者がいた。

「奴らのこれまでの犯行記録からすると、被害の規模感がおかしい。西の区域にいた戦力だけで全てとは考えにくい。奴らのアジトは、他にも複数存在していると見るべきだ」

「確かにそれはあり得るな。それに……今回、もしフォンシオンが任務に失敗するようなことがあれば、一気に軍配が奴らに上がるぞ。ただの反逆が、本格的な『革命』になりかねん」

 場に一瞬、ヒリつくような緊張が走る。

 特位聖騎士の敗北。それは、絶対的であるはずの世界政府の威信が揺らぐことを意味する。

「案ずるな」

 その時、これまで沈黙を保っていた、最も巨大で威圧的な影が低く響く声を発した。その一言だけで、部屋の空気が凍りつくほどの重圧が放たれる。

「フォンシオンは私の部下だ。今回の任務に失敗するようなことがあれば――私が直接出向き、奴らを跡形もなく殲滅してやろう」

 絶対の自信と、底知れぬ暴力性を孕んだ宣言。

 その言葉を最後に、白亜の塔の最上階は再び不気味な静寂へと包まれていった。

これにて、第1章は完結となります!

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

底辺警察官だったレオが旧時代の最強データを手に入れ、黒の騎士団と出会い、そして世界政府の巨大な思惑が動き出す――。ここから物語はさらにスケールアップし、激動の第2章へと続いていきます。

ここまで読んで、少しでも「面白かった!」「第2章の展開が気になる!」と思っていただけましたら、ぜひページ下部の【☆☆☆】を【★★★】にして応援していただけると、今後の執筆の最大のモチベーションになります!

(※ブックマークやフォローも、とても励みになります)

次章、東の隔離区域を目指すレオたちを待ち受けるものとは……!?

引き続き、第2章もどうぞよろしくお願いいたします!

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