第10話 最強対最強③
ヴァンが神速の連撃を繰り出す。
だが、そのすべてはウィリアムの身体をすり抜け、空を切るだけだった。極限まで高められた物理の凶刃であっても、実体をなくし『風そのもの』と化したウィリアムにはまったく効いていない。
ウィリアムがふわりと、重力を無視して空へ浮き上がる。
「『大風大破』!!」
ウィリアムの声と同時に、祭壇の部屋全体を飲み込むような巨大な乱気流がヴァンに吹き付けた。
そのあまりの風圧と勢いに、超人的な膂力を持つヴァンでさえも身動きが取れず、その場に縫い留められる。さらに、乱気流の中でカマイタチと化した不可視の風の刃が、ヴァンの強靭な肉体に徐々に無数の切り傷を刻んでいく。
「ぐ、ぬぬ……ッ」
全身から血を流しながらも、ヴァンはゆっくりと、だが確実に一歩ずつウィリアムへと歩み寄っていく。
(……奴になぜ攻撃が当たらないのかは分からぬが、いかなる能力であれ必ず『弱点』があるはずだ)
「ぬああぁぁッ!!」
ヴァンが裂帛の気合いと共に大剣を振るい、強引に乱気流を薙ぎ払う。
極限の窮地で発揮された、まさに火事場の馬鹿力。暴風の壁がわずかに開いたその瞬間、ヴァンは一気に間合いを詰めた。
「『突き』!!」
全身全霊を込めた、凄まじい威力の刺突。
その神速の一撃は、攻撃の『音』すらも置き去りにし、ウィリアムの実体のない胸のど真ん中を正確に貫いた。
――ガキィィンッ!!
実体がないはずの空間から、突如として甲高い金属音が響き渡る。
ウィリアムの表情が微かに動いた。
「……これ以上、長引かせることはあるまい。終わりにしよう」
ウィリアムが素早く再び距離を取る。
そして同様に風を発生させるが、今度はその形状が全く異なっていた。ウィリアムの周囲に生み出された「それ」は、果たして「風」と呼べるのだろうか。極限まで圧縮された空気は明らかに『実体』を持っており、鋭利な刃の形状を成していた。
「『風刃:流土羅』」
ウィリアムの宣告と共に、凶刃と化した風がヴァンに向かって次々と射出され、その身体に深々と突き刺さっていく。
ズバッ! ドスゥンッ!
数分は経ったであろうか。その間、絶え間なく嵐のように飛来する風の刃がヴァンを貫き、切り刻み続けている。だが、周囲が血の海に変わってもなお、特位聖騎士ヴァン・フォンシオンは両足で大地に立っていた。
「……さすがは特位だ。だが、これで終わりだ」
ウィリアムが静かに右手を掲げる。
「『流土羅神撃』」
ヴァンの目の前に、直径三十センチはある巨大な質量を持った刃――大気そのものを断ち切るような絶対的な風の刃が現れた。
回避する力も残されていないヴァンの胸に、それは容赦なく突き刺さり、肉と骨を無残に抉り取る。
「ガ、アァ……ッ」
致命的な一撃。
限界をとうに超えていたヴァンの巨体が、ついにゆっくりと傾き、祭壇の冷たい床へと崩れ落ちた。
――時は少し遡る。
特位聖騎士が駐留するヴァナヘイムの司令室であり、ヴァンの執務室でもある荘厳な部屋。
そこに一通の極秘通信が届いた。遠距離テレパシーの合図だ。ヴァンが応答すると、脳内に直接響いた相手の声は、世界政府の重鎮のものであった。
『――西の隔離区域に、反逆者「黒の騎士団」が潜伏している兆候あり。さらに、システム外の未知の力を持つイレギュラーが同区域に逃げ込んだ可能性が高い』
「……忌まわしき『毒』の満ちる遺跡にですか。ネズミどもめ、這い入る穴はそこしかなかったと見える」
『特位である貴官に、直接の制圧命令を下す。目標は黒の騎士団の完全殲滅、およびイレギュラーの捕縛、あるいは抹殺。我が国の完璧な秩序に、たった一つの例外も許してはならない』
通信の主は、そこで一度言葉を切り、さらに一段階低い声で告げた。
『最後に特級の勅令を授ける。これは他言無用だ。西の隔離区域には開けてはならないパンドラの箱がある。その「適合者」が居た場合は、そいつは確実に始末しろ。適合者の証は、この時代にそぐわない真っ黒な「日本刀」を持つ者だ。その適合者がいる場合は最奥の祭壇にいるはずだ。その場合は……これを使って祭壇もろとも破壊しろ。それはお前が絶えず身につけておくのだ。もしもの時は、スイッチを押せば破壊は容易だ』
直後、転移魔法の光と共に、ヴァンの執務机の上に「謎の物体」と「起爆スイッチ」が転送されてきた。
ヴァンはその「物」がどのような原理の兵器か分からなかったが、世界政府の絶対的な命令を疑うはずもない。
ヴァンは冷徹な声で応えた。
「御意に。このヴァンの名にかけて、神の剣を以て浄化いたしましょう」
――そして、現代。
致命傷を負い、祭壇に倒れ伏していたヴァンは、特位としての気力のみで意識を吹き返した。
どれほど気絶していたのだろうか。特位の名にかけて、世界政府の命令は確実にこなさなければならない。日本刀を持つイレギュラーは目の前にいる。今こそが、あの方の言う「もしもの時」だ。
「……ッ」
ヴァンが、自らの血の海からよろよろと立ち上がる。
完全に決着が着いたと思っていたウィリアムと、その対決を見守っていたレオとマリアは驚愕に目を見開いた。
「特位聖騎士ヴァン・フォンシオンの名にかけて、貴様らを殺す! 世界政府は絶対なり!」
絶叫と共に、ヴァンが手に握り込んでいた起爆スイッチを押し込んだ。
――カチリ。
瞬時に、世界を終わらせるような圧倒的な光と爆発が起きた。
「くっ……!」
レオは咄嗟に身構え、目を閉じた。
だが、待てど暮らせど、致死の爆風と熱線がレオの身体に到達することはなかった。
恐る恐る顔を上げると、奇妙な「球体の風」が爆発のエネルギーを完全にドーム状に包み込み、周囲への被害を防いでいたのだ。
「俺の技、『風牢』だ。一時的に爆発を抑え込んでいるが、爆発そのものを相殺したわけではない。下がってろ!」
大剣を構えたウィリアムが叫ぶ。
直後、ウィリアムが残る魔力を振り絞り、地から天へと向かう巨大な風の柱を噴き上がらせた。
その暴風は、アジトの強固な天井はおろか、その上の地盤すらもドリルの一撃のように粉砕していく。ここが地下の最深部であるにも関わらず、一瞬にして地上へと続く巨大な縦穴がぽっかりと空いた。
「ハァァァァッ!!」
ウィリアムが腕を振り上げ、爆発のエネルギーを孕んだ『風牢』を、空いた穴を通して地上まで一気に持ち上げる。
それが地上の空気に触れた刹那。
とてつもない爆音が辺りに響き渡り、地上で太陽が落ちたかのような大爆発が巻き起こった。
咄嗟の判断で地上で爆発させたことにより、地下のアジトとレオたちに被害は無かった。
だが――安堵したのも束の間。
「……まずいな」
ウィリアムが忌々しげに頭上を見上げる。
地上への穴が空いたことで、西の隔離区域を覆っている致死の「毒ガス」が、白煙のように地下へと流れ込もうとしていたのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに決着した特位聖騎士との死闘。そして明かされた世界政府の「裏ミッション」。
最悪の爆発を回避したレオたちでしたが、地上への穴が空いたことで、隔離区域の致死の「毒ガス」が地下へと迫り来ます。
満身創痍のレオたちは、この絶体絶命の危機をどう乗り越えるのか……!?
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