■ 第44話 「夢の中の海」
現実世界。
午前三時。
久世 恒一は、机に突っ伏して眠っていた。
ノートは開いたまま。
ペンも落ちていない。
最近は、“記録したまま寝る”ようにしている。
忘れないために。
その瞬間。
夢が始まる。
黒い海。
静かだった。
波の音もない。
空も黒い。
境界が存在しない。
久世は立っている。
いや。
“立っている感覚だけがある”。
距離感が狂う。
方向が分からない。
その時。
海の奥で、“目”が開いた。
巨大。
以前より近い。
以前より鮮明。
空気が止まる。
“目”が、久世を見る。
沈黙。
そして。
声が響いた。
「記録者」
久世の身体が凍る。
初めてだった。
“向こう側”から、直接呼ばれた。
「確認」
「抵抗」
「観測中」
久世は震える。
逃げたい。
だが。
ノートを握る。
夢の中なのに。
ちゃんと持っていた。
久世は震える手で書く。
『私は久世 恒一』
『記録者』
『忘れない』
その瞬間。
海が揺れた。
“目”が僅かに後退する。
久世の顔が変わる。
「……効いてる」
“目”が動く。
以前よりゆっくり。
まるで観察しているように。
「何故」
空気が止まる。
久世は息を呑む。
“向こう側”が。
疑問を持っている。
沈黙。
久世は震えながら答える。
「忘れたく、ないからだ」
海が揺れる。
“目”が止まる。
その瞬間。
大量の“人影”が海の奥に見えた。
沈黙。
人間だった。
いや。
“人間だったもの”。
目がない。
顔が曖昧。
輪郭が崩れている。
そして。
全員が海の中へ沈んでいく。
久世の顔色が変わる。
「何なんだ、あれ……」
“目”が静かに動く。
「忘却」
「完了個体」
空気が凍る。
久世は理解する。
忘れた人間。
侵食された存在。
“向こう側”は、人間も取り込んでいる。
その時。
海の奥。
さらに巨大な影が動いた。
久世の身体が止まる。
大きすぎる。
理解できない。
見た瞬間。
頭痛が走る。
“目”が再び口を開く。
「観測者」
空気が止まる。
次の瞬間。
空が割れた。
黒い空のさらに上。
そこに、“巨大な目”が現れる。
Archive。
観測層。
機械的。
感情がない。
それでも。
圧倒的。
“向こう側”が止まる。
久世も止まる。
世界そのものが静止したようだった。
そして。
初めて。
Archiveが、“久世”を見た。
沈黙。
機械的な声。
「記録継続個体を確認」
久世の呼吸が止まる。
次の瞬間。
夢が崩壊した。
現実世界。
久世が飛び起きる。
息が荒い。
汗が止まらない。
ノートを見る。
震える。
そこには。
自分で書いた覚えのない文字が刻まれていた。
『記録を続けろ』
沈黙。
久世は空を見る。
暗い。
何もない。
だが。
確かに感じた。
“見られている”。
今度は、“向こう側”だけではなく。
観測層にも。
――観測記録
観測層:第3層
対象:久世 恒一
状態:夢領域接触段階
更新:
外部存在との直接会話を確認
変化:
忘却完了個体群を確認
評価:
人類側接触深度 上昇
補足:
記録行動は夢領域でも有効
追加記録:
Archiveによる直接観測反応を確認
結論:
記録者は観測対象へ移行
(次話へ)




