■ 第38話 「ギリシャ側の実験」
ギリシャ世界。
神殿最深部。
以前まで戦略会議に使われていた場所。
今は。
“実験室”になっていた。
アテナが資料を並べている。
大量。
観測記録。
侵食報告。
北欧側から届いた情報。
その中心に置かれているのは、一枚の石板。
神名固定用。
トール達が使っていたものと同じ構造。
ポセイドンが顔をしかめる。
「本当にやるのか?」
「必要です」
アテナは即答する。
「北欧側では、侵食速度低下を確認しています」
ゼウスが腕を組む。
「理屈は」
アテナが石板へ触れる。
「存在固定です」
「侵食は、“曖昧な情報”から侵入している可能性があります」
ハデスが低く言う。
「なら、定義を固定する」
「はい」
短い返答。
その時。
神兵が一人連れてこられる。
若い。
だが。
目が虚ろだった。
侵食症状。
神名の一部が欠損している。
ポセイドンが顔をしかめる。
「結構進んでるな」
アテナが静かに頷く。
「ギリシャ側でも増加しています」
神兵は震えていた。
「……思い出せません」
「何を」
ゼウスが問う。
神兵は、自分の胸を見ている。
「何故、戦っているのか」
沈黙。
重い空気。
アテナが石板を前へ出す。
「読んでください」
神兵がゆっくり視線を向ける。
そこに刻まれているのは。
ゼウス。
アテナ。
ポセイドン。
ハデス。
ギリシャ神話の神名。
神兵の目が揺れる。
「……ゼウス様」
小さな声。
アテナが観測を続ける。
「神格反応、微回復」
ポセイドンが目を細める。
「本当に効いてるのか」
「完全ではありません」
アテナは即答する。
「ですが、“戻っています”」
神兵が石板へ触れる。
「アテナ様……」
「ポセイドン様……」
名前を確認するたびに。
神格が少しずつ安定する。
ハデスが静かに言う。
「忘却に対抗しているのか」
アテナが頷く。
「恐らく」
「侵食は、自己認識を曖昧化させています」
「逆に言えば」
石板を見る。
「“自分を定義し続ける”ことで、抵抗できる可能性があります」
ポセイドンが椅子へ座る。
「面倒な戦争になったな」
以前までなら。
力が全てだった。
雷。
海。
冥府。
神格で押し潰せば終わった。
だが今は違う。
“自分を忘れないこと”。
それが戦いになっている。
その時だった。
神殿の壁が、一瞬だけ黒く染まる。
全員が振り返る。
沈黙。
だが。
すぐ戻る。
アテナが即座に観測する。
「局所侵食反応」
「観測されています」
ポセイドンが舌打ちする。
「本当にどこにでも出るな」
ハデスが低く呟く。
「こちらの対策も見られている」
空気が重くなる。
つまり。
この方法も、いつか解析される。
アテナは黙る。
分かっている。
長くは持たない。
それでも。
何もしないよりは良かった。
その時。
空から、機械的な声が響く。
「観測継続」
Archive。
今日も動かない。
ただ。
見ている。
だが。
アテナは少しだけ空を見る。
以前とは違う。
ほんの僅かに。
“視線”が近づいている気がした。
――観測記録
観測層:第3層
対象:ギリシャ世界
状態:存在固定実験段階
更新:
神名確認による侵食低下を確認
変化:
神格反応 微回復
評価:
存在固定対策 一定効果あり
補足:
侵食は自己認識曖昧化を利用している可能性が高い
追加記録:
対策行動への観測反応を確認
結論:
短期防衛手段として有効
(次話へ)




