# ■ 第35話 ## 「エジプト側の報告」
エジプト世界。
砂嵐が吹いていた。
以前より重い。
空気そのものが濁っている。
巨大神殿の内部。
静寂。
その中心で。
太陽神ラーが、ゆっくり目を開く。
「報告を」
低い声。
周囲に並ぶ神々が頭を下げる。
その一人。
知識神トートが前へ出た。
「侵食範囲、拡大中」
「特にナイル周辺の変質が顕著です」
ラーが目を細める。
「黒化現象か」
「はい」
トートは資料を展開する。
水面。
黒い。
以前までのナイルではない。
流れが不自然。
時折、“何か”が浮かぶ。
だが。
近づくと消える。
セトが鼻で笑う。
「怖がりすぎだ」
戦神らしい声。
だが。
周囲は静かだった。
イシスが低く言う。
「既に下位神が三柱消えています」
空気が止まる。
セトの表情が少し変わる。
「……消えた?」
「存在記録ごと」
トートが続ける。
「名前も曖昧になっています」
ラーは黙る。
それが一番危険だった。
神は、信仰と記録で固定される。
つまり。
“忘れられる”ことは死に近い。
その時。
神殿の外から、悲鳴が聞こえた。
全員が振り返る。
次の瞬間。
一人の神兵が飛び込んでくる。
息が荒い。
顔色が悪い。
「黒い水が……!」
「神殿内部へ……!」
空気が変わる。
セトが即座に立ち上がる。
「侵入だな」
ラーも動く。
神殿外部。
そこには。
黒いナイルが広がっていた。
以前より近い。
以前より濃い。
そして。
水面から、“顔”が浮かんでいる。
沈黙。
神兵の顔だった。
だが。
目がない。
口だけが笑っている。
イシスが顔をしかめる。
「……気味が悪い」
“それ”が口を開く。
「理解」
「エジプト」
「適応開始」
空気が凍る。
セトが即座に槍を投げる。
直撃。
水面が吹き飛ぶ。
“顔”が消える。
だが。
数秒後。
別の場所から、また浮かぶ。
トートが低く呟く。
「増殖している……」
ラーは空を見る。
空の一部が黒い。
ギリシャから届いた報告。
北欧の侵食。
そして。
今、エジプトでも始まっている。
沈黙。
その時。
空から、声が響いた。
「観測継続」
機械的。
感情がない。
神々が空を見る。
観測層。
巨大な“目”。
Archive。
セトが苛立つ。
「何なんだ、あれは」
トートが静かに答える。
「分かりません」
「ただ」
視線が空へ向く。
「“向こう側”が警戒している」
ラーが目を細める。
それだけが、唯一の違和感だった。
あの侵食存在が。
唯一、止まった存在。
Archive。
その意味を。
まだ誰も理解できていない。
黒いナイルは、静かに広がり続けていた。
――観測記録
観測層:第3層
対象:エジプト世界
状態:局所侵食開始
更新:
黒化ナイルを確認
変化:
神兵存在記録 消失発生
評価:
エジプト神話安定率 低下開始
補足:
侵食存在は水域適応を進行中
追加記録:
エジプト側でArchive観測確認
結論:
侵食は複数神話へ同時拡散中
(次話へ)




