# ■ 第33話 ## 「北欧側の違和感」
北欧世界。
空は曇っていた。
戦争開始直後から続く、重い灰色。
トールが歩いている。
武器を肩に担ぎながら。
周囲には、破壊された都市。
崩れた神殿。
侵攻の跡。
だが。
最近は妙だった。
静かすぎる。
「……」
トールは立ち止まる。
風が吹く。
冷たい。
以前とは違う。
“誰かに見られている感覚”が消えない。
その時。
遠くで、小さな悲鳴が聞こえた。
トールが振り返る。
神兵の一人が、地面に座り込んでいる。
震えていた。
「どうした」
近づく。
神兵は顔を上げる。
目が虚ろだった。
「……思い出せません」
沈黙。
「何をだ」
神兵は自分の胸を掴む。
「誰に仕えていたのか」
空気が止まる。
トールの顔が変わる。
神格が揺れている。
存在定義が薄い。
以前なら有り得ない。
神兵は神話体系の一部。
信仰と神格によって固定されている。
だが今。
それが崩れている。
トールが低く呟く。
「侵食か……」
その時。
背後から声がした。
「違う」
ロキだった。
だが。
本物ではない。
北欧世界側に残っていた、“記録体”。
神格情報を基にした存在維持用の分身。
以前より輪郭が薄い。
トールが振り返る。
「戻ったのか」
「半分だけな」
ロキは笑う。
乾いた笑い。
「向こう、最悪だぞ」
トールが眉をひそめる。
「何が起きている」
ロキは空を見る。
灰色の空。
少しずつ黒が混ざっている。
「俺ら、削られてる」
神兵が震えながら呟く。
「……名前が」
ロキが続ける。
「神格とか信仰とか、そういう派手な話じゃない」
「もっと根本」
沈黙。
そして。
「“自分が自分だと思う部分”が消えてる」
空気が冷える。
トールは黙る。
否定できない。
最近。
自分でも違和感がある。
戦い方。
怒り方。
記憶。
全部が少しずつズレている。
その時。
遠くの海から、“音”が聞こえた。
ぐちゃり。
沈黙。
トールとロキが同時に振り返る。
海。
黒い。
以前より広がっている。
その中で。
“何か”が動いた。
小さい。
人型。
だが。
輪郭が安定していない。
神兵が後退する。
「……来る」
トールが武器を握る。
だが。
ロキが止めた。
「待て」
「様子がおかしい」
“それ”は海から出てこない。
ただ。
こちらを見ている。
沈黙。
数秒後。
“それ”が口を開いた。
「……トール」
空気が止まる。
神兵が凍る。
トールの顔が変わる。
“それ”は笑った。
ロキと同じように。
だが。
どこか壊れている。
「理解」
「北欧」
「適応中」
トールが即座に武器を投げる。
雷撃。
直撃。
海が吹き飛ぶ。
“それ”は消える。
沈黙。
だが。
数秒後。
別の場所の海から、また現れる。
アテナ達の戦場だけではない。
侵食は。
もう、世界全体へ広がっていた。
ロキが小さく笑う。
「ほらな」
「静かな時の方がヤバい」
遠く。
黒い海が、少しずつ広がっていく。
誰にも止められないまま。
――観測記録
観測層:第3層
対象:北欧世界
状態:局所侵食拡大
更新:
神兵への記憶侵食を確認
変化:
自己認識崩壊 初期段階
評価:
北欧神話安定率 低下中
補足:
侵食は神格より先に個体認識へ作用
追加記録:
北欧適応型個体を確認
結論:
侵食は各神話世界へ拡散中
(次話へ)




