第327話 託された余白
Archiveの前に立つ男は、なおも穏やかな表情を崩さなかった。
長い沈黙が続く。
その静けさは重苦しいものではなく、春の朝に吹く風のように柔らかかった。
「あなたは、すべてを見続けてきました。」
男は静かに言う。
「神々が生まれた日も。」
「人が祈りを覚えた日も。」
「文明が滅び、また芽吹いた日も。」
Archiveは答えない。
答えるという機能を持っていなかった。
ただ記録し、保存し、観測する。
それだけが存在理由だった。
男は資料の一冊へ静かに手を添える。
「だからこそ、あなたには選べない。」
Archive内部で、無数の記録が流れていく。
北欧。
ギリシャ。
ケルト。
日本。
数え切れない神話。
消えていった神々。
残された人々。
「親は、子を選べません。」
男は優しく微笑んだ。
「誰かだけを救えば、誰かを見捨てることになる。」
「だから、ここからは私が引き受けましょう。」
Archiveは初めて理解した。
この男は裁きに来たのではない。
責めるためでもない。
終わらせるためでもない。
長い観測の果てに、自分が背負い続けたものを受け取るために来たのだと。
男は静かに一礼する。
「本当に、お疲れさまでした。」
その言葉と共に、Archiveの内部を満たしていた緊張が、ゆっくりとほどけていった。
(次話へ)




