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第206話「ケルヌンノスの森」
ケルヌンノスは森の深いところにいた。
境界の管理をする神にとって、森は領域そのものだ。木の根が地面を掴んでいる感覚、葉が光を分散させる密度、獣の気配が空気に溶けている濃さ。それらすべてが境界の状態を教えてくれる。
今日は獣が少なかった。
少ないというより、いるのに聞こえない。姿は見える。足跡もある。だが音がしない。葉を踏む音、枝を折る音、息の音。それらが届いてこない。
ケルヌンノスはしばらく立ち止まって、その静けさの質を確かめた。音が消えたのではない。音が届く前に薄くなっている。侵食が空気の中にある、ということだ。
境界は形として見えない。だが感じることはできる。この森の境界は、去年より三割薄くなっている。数値ではなく、皮膚の感覚として分かる。
夕方になって、一匹の狐が近づいてきた。ケルヌンノスの足元に座り、動かない。
何かを知らせようとしているのか、ただいるのか。
どちらとも判断できなかった。
観測層:第3層
記録単位:境界状態
対象神話:ケルト
対象個体:ケルヌンノス
境界濃度:低下継続
備考:音の侵食確認。感覚系への影響が地形変動より先行している。
記録主体:Archive 状態:稼働中




