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■ 第17話 「理解不能領域」

裂け目は閉じている。


だが。


空間は戻っていなかった。


距離は不安定。


音は遅れ。


光は歪む。


神話側の法則が、崩れ始めている。


アテナが観測を続ける。


「侵食範囲、拡大中」


ゼウスが低く問う。


「速度は」


「加速しています」


短い沈黙。


ポセイドンが空を睨む。


「止まる気配がねえな」


「当然です」


アテナは即答する。


「対象は“学習”しています」


「こちら側の法則を理解するほど、侵食速度が上昇する」


ハデスが静かに言う。


「つまり」


「接触した時点で負けか」


誰も否定できない。


ロキだけが笑っていた。


「でも面白い」


ポセイドンが睨む。


「どこがだ」


ロキは裂け目の痕を見ている。


「今まで全部、“こっち側”の戦いだった」


「でも今は違う」


「ルールそのものが変わってる」


アテナが視線を向ける。


「喜べる状況ではありません」


「分かってるよ」


ロキは笑う。


「だから面白いんだろ」


その時だった。


空間が揺れる。


以前より自然に。


以前より近く。


まるで最初からそこにあるように。


「また来るぞ」


ポセイドンが構える。


だが。


裂け目は開かない。


何も現れない。


沈黙。


ゼウスが目を細める。


「……違うな」


次の瞬間。


“横”が消えた。


誰も反応できなかった。


空間の一部が、突然存在しなくなる。


地面。


空気。


光。


まとめて消失。


「なっ――!?」


ポセイドンが後退する。


「今の何だ!」


アテナが即座に観測を行う。


しかし。


「……観測不能」


声が止まる。


「記録が存在しません」


ハデスが低く呟く。


「削除されたか」


「違います」


アテナは否定する。


「“最初から存在していない”状態へ変化しています」


空気が凍る。


ゼウスが周囲を見る。


消えた部分だけ、認識が曖昧になっている。


思い出せない。


何があったか。


そこに何が存在していたか。


ロキの笑みが消える。


「……おい」


初めて。


ロキが警戒した。


「これ、まずいぞ」


その瞬間。


再び空間が消える。


今度は遠く。


戦士ごと。


音もなく。


痕跡もなく。


「撤退!」


ゼウスが即座に命令する。


「全戦域後退!」


ポセイドンが怒鳴る。


「どこに逃げろってんだ!」


答えはない。


なぜなら。


距離そのものが崩れている。


アテナが叫ぶ。


「認識固定を維持してください!」


「存在を手放さないで!」


意味が分からない。


だが。


全員、本能的に理解する。


“忘れた瞬間、消える”。


ハデスが領域を展開する。


冥府。


死の概念による固定。


「繋ぎ止めるぞ」


空間が安定する。


わずかに。


本当にわずかに。


消失が止まる。


アテナが息を吐く。


「死の定義で固定しています」


「存在を“終わるもの”として認識させている」


ゼウスが理解する。


「終わりがあるから、存在できるのか」


「はい」


アテナは頷く。


「逆に言えば――」


その時だった。


ハデスの領域が揺れる。


空間の奥。


“目”が開く。


以前より近い。


以前より鮮明。


そして。


初めて。


“声”が意味を持った。


「理解」


全員が凍る。


ロキが笑う。


だが。


今度は乾いていた。


「……喋ったな」


アテナの顔色が変わる。


「まずい……!」


ゼウスが低く問う。


「何が起きた」


アテナは裂け目を見ていた。


「神話側の言語体系に接続しています」


沈黙。


そして。


全員が理解する。


境界が。


消え始めている。


――観測記録


観測層:第3層

対象:外部存在クトゥルフ


状態:体系侵食進行中


更新:

言語接続を確認


変化:

神話側認識領域へ侵入開始


評価:

理解不能領域 拡大中


補足:

対象は“存在定義”を書き換えている


追加記録:

初回発話を確認


結論:

境界維持 限界接近


(次話へ)


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