■ 第16話 「神話侵食」
封鎖後。
誰も動かなかった。
裂け目は閉じている。
だが。
“終わった感覚”がない。
ポセイドンが苛立ったように空を睨む。
「気配が残ってやがる」
ハデスが静かに頷く。
「繋がったままだ」
アテナは観測を続けていた。
だが。
その表情が変わる。
「……おかしい」
ゼウスが視線を向ける。
「何がだ」
アテナは空間情報を確認している。
そして。
「領域構造が変質しています」
沈黙。
「具体的に言え」
「神話側の法則が、侵食されています」
空気が変わる。
ポセイドンが顔をしかめる。
「は?」
アテナが続ける。
「以前までの干渉は、“外側から触れている”状態でした」
「ですが今は違う」
視線が戦場へ向く。
「内部構造が書き換わり始めています」
ロキが小さく笑う。
「なるほど」
「だから近かったのか」
ゼウスが低く問う。
「何が変わった」
アテナは数秒沈黙した。
整理している。
そして。
「距離の概念です」
意味が通らない。
だが。
次の瞬間。
理解させられる。
遠くにいた戦士が。
一瞬で、目の前へ落ちた。
「なっ――」
ポセイドンが振り返る。
違う。
移動ではない。
“距離が消えた”。
戦士は混乱している。
本人ですら理解できていない。
アテナの声が低くなる。
「空間定義が侵食されています」
「本来必要な“間”が消えている」
ゼウスが雷を放つ。
確認のため。
だが。
雷は途中で消えた。
「……」
誰も喋らない。
消えたのではない。
“到達した”。
距離が成立していない。
ハデスが低く言う。
「危険だな」
「はい」
アテナが即答する。
「戦闘以前の問題です」
「神話体系の基盤が崩れています」
ロキが裂け目の痕を見ている。
「向こう側の法則が流れ込んでる」
ポセイドンが苛立つ。
「止められねえのかよ」
「難しいでしょう」
「理由は」
アテナが答える。
「侵食が“理解”によって成立しているからです」
ゼウスが目を細める。
「理解?」
「対象は、こちら側の法則を学習しています」
「そして学習した法則を、逆利用している」
沈黙。
結論は単純だった。
学ばれるほど危険になる。
ハデスが静かに言う。
「接触自体が失敗だったか」
ロキが笑う。
「でも触らなきゃ勝てなかった」
否定できない。
その時だった。
空間が揺れる。
以前より自然に。
以前より滑らかに。
裂け目が開く。
「早い!」
アテナが叫ぶ。
「侵食速度が上昇しています!」
だが。
今回は違った。
影ではない。
目でもない。
“形”がある。
人型。
ただし完全ではない。
輪郭が揺れている。
存在が安定していない。
それでも。
以前より遥かに近い。
ポセイドンが構える。
「今度は殴れそうだな」
ゼウスは動かない。
見ている。
分析している。
その時。
“それ”が口を開いた。
「――」
言葉にならない。
だが。
全員が理解した。
意味ではない。
直接、脳へ流し込まれる。
ポセイドンが顔をしかめる。
「またこれか……!」
アテナが即座に遮断術式を展開する。
「認識遮断!」
空間に壁が張られる。
だが。
遅い。
“理解”が進んでいく。
ゼウスが低く言う。
「聞くな」
ハデスが領域を重ねる。
「見るな」
ロキだけが笑っていた。
「いや」
その目は裂け目を見ている。
「見えてきた」
空気が止まる。
「何がだ」
ゼウスが問う。
ロキは答える。
「向こう側の“ルール”」
その瞬間。
“それ”が反応した。
輪郭が揺れる。
そして。
ゆっくりと。
ロキの方を向いた。
初めて。
明確な意思を持って。
沈黙。
そして。
ロキが笑う。
「気づいたな?」
次の瞬間。
裂け目が爆発的に広がった。
――観測記録
観測層:第3層
対象:外部存在
状態:侵食進行
更新:
神話側空間法則への干渉を確認
変化:
距離概念 崩壊開始
評価:
体系侵食段階へ移行
補足:
対象は“理解した法則”を再利用している
追加記録:
ロキとの接触反応を確認
結論:
神話側との親和性 上昇中
(次話へ)




