第56話 対人戦の基本
鉈を持った若い男が踏み込んできた時、俺が最初に感じたのは、身体が軽くなったという感覚ではなかった。
キャットステップを飲んでも筋力は増えない。骨が丈夫になるわけでも足が急に速くなるわけでもないし、ましてや飲んだだけで剣の達人になれるような便利な薬でもない。
ポーションというものは、外から与えた魔力と素材の性質を利用して飲んだ人間の身体に起きている働きを一時的に補助する薬だ。
傷口を塞ぐ回復薬なら血が固まる速度が上がり、裂けた肉がつながり、新しい組織が作られる働きを後押しする。疲労軽減薬なら、筋肉の内側へ溜まった疲労物質の排出を促しながら乱れた魔力循環を整え、身体が休息へ入るまでに必要な時間を少し短くする。解毒薬なら毒そのものを何もなかったことにするのではなく、毒を捕まえる素材を血液や魔力の流れへ乗せ、肝臓や腎臓に相当する器官が処理しやすい形へ変える。
世間では一本飲めば傷が消える、疲れが吹き飛ぶ、毒が抜ける、と簡単に言われるものの、本当はどの薬も身体の代わりに働いているわけではない。
身体が本来持っている仕組みに、外から少し手を添えているだけだ。
だから骨が曲がったまま回復薬を飲めば曲がった位置で固まることがあるし、休まなければならない人間へ疲労軽減薬を何本も飲ませれば、限界を感じ取れないまま身体を壊す。毒の種類を間違えて解毒薬を使えば、効かないだけならまだよく、別の反応を起こして症状を悪化させる場合だってある。
薬が強ければ強いほどいいなんて考えは、釜の火を強くすれば早く煮えると思って鍋底を焦がすのと同じだった。
キャットステップも、その点では変わらない。
こいつが補助するのは筋肉でも骨でも肺でもない。
人間が外から得た情報を、自分の身体の動きへ変えるまでの流れである。
目が刃の位置を捉え、耳が足音を拾い、皮膚が風圧や地面の振動を感じ取る。それらの情報は肉体だけで処理されているわけではなく、一度精神層へ渡され、何が起きているのかを認識し、どう動くべきかという意思へ変わる。そこから生まれた命令が魔力層を通り、神経と筋肉へ流れ込んでようやく腕が上がり、脚が踏み出しながら腰が回る。
アイスが聞けば、もっと正確な用語を並べるだろう。
感覚情報の受容だとか精神層での統合だとか、運動命令を伝える神経系魔力経路だとか、俺には覚えきれん名前を次々持ち出し、図まで描いて説明するに違いない。
俺の理解は、もっと雑だ。
身体には考えたことを手足へ運ぶための細い水路がある。
キャットステップは、その水路へ詰まった泥を短い間だけ洗い流す。
それくらいで十分だった。
そもそも魔力ってやつは、魔法を撃つ時だけ腹の底から引っ張り出して使う、薪だの油だのと同じ燃料じゃない。火球をこしらえたり魔導具へ力を通したり、身体に刻まれたスキルを発現させたりする時に目立って減るものだから、そう考えたくなる気持ちは俺にも分かる。目に見える現象ばかり追っていれば魔力は何かを起こすために貯めておく力で、使えば減り、休めば戻るものにしか見えんからな。実際の魔力はそんな分かりやすい場所だけに収まっているものじゃなく、血や神経よりも曖昧な形で身体の隅々まで入り込み、本人が意識していないところでも肉体と精神の間を絶えず行き来している。
心臓が縮んで血を押し出すこと自体は、筋肉や血管が受け持つ肉体の仕事だろう。それでもその働きを途切れさせずに保ち、傷がつけばどこを優先して補うのかを身体へ伝え、頭で考えたことを手足の動きへ結びつけているのは肉の内側へ幾重にも重なった魔力層だ。人が眠っている間にも魔力は止まらず巡っているし、生まれてから一度も魔法を使えない人間の中にも細いなりにきちんと流れがある。怒りや悲しみで感情が激しく揺れれば、その波に引っ張られるように循環まで乱れ、強い恐怖に喉を締めつけられて身体が固まれば魔力の通り道まで萎んだように細くなる。頭の中では逃げろ、動け、脚を出せといくら叫んでいても、その命令が精神から魔力層を通り、筋肉へ届く途中でつかえてしまえば本人の意思とは関係なく両脚は地面へ太い釘でも打ち込まれたように動かなくなる。
肉体と精神、そのどちらにも属しながら、どちらか片方だけでは成り立たない生命の働きを見えないところで結び合わせているもの――俺は魔力ってものを、おおよそそんなふうに考えている。見えないものは信じられないと言う奴もいるが、見えないことと、そこに存在しないことは同じじゃない。空気だって普段は見えないし、腹の中で働いている臓器だって、身体を切り開かずに暮らしている限り、自分の目で確かめようがない。それでも人間は息を吸い、飯を消化し、血を巡らせて生きている。
魔力も似たようなものだ。普段は意識の外へ隠れているくせに、ひとたび流れを崩せば、身体のあちらこちらへ目に見える不調を出してくる。
ポーションを調合していると、その違いが嫌でも分かる。同じくらいの背丈で、年齢も近く、負った傷の深さまでほとんど変わらない二人へ、同じ釜から汲んだ薬を同じ量だけ飲ませても、効き始めるまでの時間も、傷口が塞がる速さも、痛みが引いていく具合も、ぴたりとは一致しない。
片方は飲んで間もなく顔色が戻る。もう片方はいつまでも指先が冷えたまま、薬液が腹の中へ沈んでいくばかりで、必要な場所へ力が届かないことさえある。
血行や体温だけで説明できる差じゃない。どれほど疲れているか。どんな恐怖を抱えたままなのか。魔力の流れがどこで細り、どこで淀み、どこへ偏っているのか。それによって、薬が身体へ馴染む速度も、素材に込められた力が傷へ届くまでの道筋も変わってしまう。
だから薬を作る時は、素材に含まれた魔力をやたら強くすればいい、なんて単純な話にはならない。力を詰め込めるだけ詰め込み、飲んだ途端に身体の中へ押し込めば、よく効く薬になると思っている若い調合師もいるが、あれは傷ついた人間の腹へ暴れ馬を放り込むようなものだ。
薬に含まれた魔力は、飲んだ人間が元から持っている魔力層へ無理なく入り込み、その流れを押し潰しも逆流させもせず、傷んだ場所へ必要な分だけ届くよう整えておかなければならない。
強さより馴染み方。量より流れ方。効き目よりもまず、身体の中でどう振る舞うかを見る。
それを間違えれば、傷を治すはずの薬が魔力の循環を荒らし、吐き気や痙攣を起こさせることだってある。
その調整に向いているのが、スライムの粘液だ。
あいつらの身体には、人間や獣のような硬い骨も、形を支える太い筋肉もない。中心にある核から魔力を流し、それを外膜の端から端まで薄く広げ、崩れかけた部分をその場で補いながら、柔らかな身体の形を絶えず作り直して動いている。
石に押し潰されかけても、狭い隙間へ入り込んでも、身体を千切られない限りは、流れた魔力に沿って形を組み直してしまう。その性質が粘液にも残るせいか、スライムの粘液は外から加えられた魔力をいきなり弾いたり、一か所へ偏らせたりしない。まず自分の中へ受け止め、急すぎる流れをなだらかにしてから、周囲へ薄く均等に広げてくれる。
青スライムの粘液なら、傷の修復を助けながら乱れた魔力を落ち着かせる調合に向いている。白露スライムの粘液は、効き目が鋭すぎる素材を包み込み、身体が受け止められる濃さまで薄めるのに使いやすい。
そしてバウンティキャットの外膜と核は、目や耳や皮膚で拾った感覚を身体の動きへ変える、その魔力伝達の流れに妙なくらい馴染みがよかった。
あの黄色いスライムは、ただ脚が速いわけじゃない。
身体をぐっと縮め、岩の表面を蹴り、空中で跳ねる方向を変え、着地する場所へ外膜を広げる。その一連の判断が、異様なほど短い。耳に見える二つの突起で空気の流れや地面の振動を拾うと、その情報が核の中心まで届き切るより早く、身体の片側がすでに縮み、反対側の外膜が次に跳ぶ形へ膨らみ始めているように見える。
獲物を見つけてから動くというより、見つけることと動くことの境目がほとんどない。周囲の変化へ、身体そのものが直接反応しているようにさえ見える。
初めてあいつを観察した時、俺はてっきり、ろくに物を考えず反射だけで動いている生き物なのだと思った。何度追いかけても指の間から水みたいに逃げられ、足場の悪い岩場へ誘い込まれては転びかけ、斜面から落ちそうになって腹這いで縁へしがみついた。
そのたびに、残された足跡や岩肌へこびりついた粘液の筋を這いつくばって調べた。跳んだ距離、身体を縮めた位置、外膜が岩へ触れた角度まで何度も見直して、ようやく俺の見方が間違っていたと分かった。
あいつらは考えていないんじゃない。
考えたことが身体へ届くまでに挟まる無駄が、俺たち人間よりも極端に少ないんだ。
何を感じたか。どう動くか。その間にある細かな段取りがほとんど重ならず、判断が生まれるのと身体の形が変わるのが、まるで同じ出来事みたいにつながっている。
キャットステップは、その性質を人間の身体でもほんの短い間だけ再現できないかと試して作った薬だった。
目と耳と皮膚が拾った情報を脳が受け取り、そこから状況を判断し、精神層で取るべき行動を選び、その意思を魔力層へ通して筋肉へ命令として渡す。その一連の流れに生じる遅れを、可能な限り削り取る。
迫ってくる刃を見つける。刃先がどの角度から、身体のどこへ届くのかを考える。避けると決める。脚へ力を送り、腰を引き、足裏へ重心を移し、身体を攻撃の軌道から外す。
傍から見れば、ただ身をひねって一歩退いただけの動きでも、その内側では、感覚、判断、決定、伝達、筋肉の収縮と、いくつもの小さな段階が順番に積み重なっている。その一つ一つは、普段ならわざわざ意識するほど長いものじゃない。湯飲みが倒れた時に手を伸ばす程度なら、少し遅れたところで卓が濡れるだけで済む。
だが戦いでは、その指一本ぶんの遅れが傷へ変わる。
傷が指一本ぶん深くなれば、筋を切る。血管へ届く。骨の間へ刃が入る。
バウンティキャットの核から作った薬は、その遅れの間へ細い橋を架けるように、神経系魔力の伝達を滑らかにする。
ただし、橋ができたからといって、渡った先が正しいとは限らない。
右へ避けるべき場面で左へ避けると判断すれば、身体は普段より素早く左へ動く。足元に穴があると気づかず踏み込めば、迷いなく穴へ落ちる。筋肉が耐えられない動きを選べば、命令だけが先に届いて腱や関節を壊す。
キャットステップは、飲んだ人間の頭へ正しい答えを流し込んでくれる薬じゃない。目の前の攻撃をどう避ければいいのか、どこへ踏み込めば相手を倒せるのか、どの判断が正しくてどれが命取りになるのか、そんなものまで薬が代わりに考えてくれるはずもない。
こいつが削り取るのは、自分で出した答えを身体が実際の動きへ移すまでに生じる、ほんのわずかな遅れだけだ。
経験を積んだ人間が飲めば、正しい判断を素早く実行できるようになる。一方で、何も知らない奴が飲めば、見当違いな判断を迷いなく選び、取り返しのつかない失敗へ勢いよく飛び込むことになる。
判断そのものが間違っていれば、身体がどれだけ忠実に動いたところで、結果まで正しくなるわけじゃない。むしろ余計な迷いが消えるぶん、失敗へ辿り着く速度まで上がってしまう。
俺がキャットステップを商品として店先へ並べなかった理由の一つは、まさにそこにあった。
薬を飲んだからといって、男の動きが水の中へ沈んだみたいに鈍く見えるわけでも、振り下ろされる鉈が空中で止まってくれるわけでもない。
鉈は普通に速かった。男が地面を蹴って間合いへ入ってくる踏み込みも、山道で鍛えた足腰を持つ人間らしく十分に鋭い。若さも筋力も、純粋な身体能力だけを比べるなら、おそらく向こうの方が上だろう。
傾斜のきつい山を日常的に歩き回って作られた脚。仕留めた獲物の皮を剥ぎ、骨の継ぎ目へ刃を入れ、肉を切り分けてきた腕。重い鉈を何度も振るううちに、刃の重さと反動を覚えた肩。
どれも見せかけの力じゃない。
俺の筋力や敏捷性が、薬を一本飲んだ程度で若い戦闘職を追い越したわけではない。《スライムキラー》が人間相手の喧嘩にまで気を利かせて、都合よく俺の腕力を底上げしてくれることもなかった。
対人戦の基本は、相手より速く腕を振ることでも、相手より先に攻撃を当てることでもない。
相手が一番力を発揮できる場所へ、わざわざ自分から身体を置かないことだ。
剣でも鉈でも槍でも、武器というものは、どんな距離や角度から振っても同じ威力を出せるわけじゃない。刃先が最も速く走る距離、踏み込んだ体重を乗せやすい角度、肘や肩を窮屈にせず腕を伸ばし切れる位置がある。
使い手が相手をその場所へ置けた時、武器は持っている力を十分に吐き出せる。
逆に言えば、懐へ入り込まれて距離が近くなりすぎれば、長い刃は満足に振れない。距離が離れすぎれば、どれだけ勢いをつけても刃先は届かない。踏み込みに使う足を止められれば腰が回らず、腰が回らなければ肩から先だけで振るしかなくなる。
腕の力だけで走らせた刃は、見た目ほど重くない。速さはあっても、脚と腰と背中から運ばれてくるはずの身体全体の重みが、刃へ乗らないからだ。
だから俺は、刃そのものより先に相手の足を見る。
人間は腕で武器を振っているように見えるが、実際には地面から受け取った力を足裏で支え、それを脚から腰へ、腰から背中と肩へ、肩から腕へ順番につなぎ、最後にようやく武器を動かしている。
前足の爪先がどちらを向いているか。後ろ足がどれほど強く地面を押しているか。踵が浮いているのか、残っているのか。身体の重心が前へ流れているのか、それとも後ろへ残されたままなのか。
そこまで見れば、相手が直後に出せる攻撃はある程度まで絞り込める。足場が崩れていれば強い踏み込みはできず、腰が引けていれば前へ押し込む斬撃には力が乗らない。前足が内側へ入りすぎていれば、身体を反対側へ切り返すにも余計な時間がかかる。
足を見た後は肩を見て、肘を見て、手首を見て、最後に視線を見る。
どこから力を起こし、どんな順番で刃へ伝えるかは、癖や訓練の違いによって多少変わる。それでも、何の前触れもなく突然すべてが動き出す人間なんていやしない。本人が攻撃しようと決めた時点で、身体のどこかはすでに準備を始めている。
強く踏み込むために足の指が地面を掴む。腰を回すために片側の筋肉が縮む。刃を振り抜くために肩がわずかに持ち上がり、柄を落とさないよう指へ力が入る。
視線だけで狙いを隠せると思っている奴もいるが、目で誤魔化せても身体の全部を同時に嘘つきへ変えるのは難しい。どれほど小さくても、動き出す前には必ず何かしらの起こりがある。
厄介なのは、その小さな起こりを見つけられたところで、普段の俺では、それが何を意味しているのかへ変換するまでにほんの少し時間が要ることだった。
右肩が上がった。前足が内側へ入った。重心は左腰へ残っている。柄を握る指へ急に力が入った。
目が拾ったそれらを頭の中へ並べ、過去に見てきた動きと照らし合わせる。横薙ぎが来ると判断してから、後ろへ退くのか、懐へ入るのか、身を沈めるのかを選ばなければならない。
一つ一つの処理にかかる時間は、平時なら気にする必要もないほど短い。それでも刃物を持った人間が目の前で踏み込んでくる状況では、そのわずかな遅れが皮一枚、肉一枚、骨一本の差になり、そのまま生きるか死ぬかを分ける。
キャットステップを飲んだ今は違った。
右肩の上がり方、内側へ入りすぎた前足、左腰へ溜め込まれたままの重心、鉈の柄を握り潰すように締まった指。それらが別々の兆候として目へ入ってくるのではなく、最初から一つにつながった動きとして理解できる。
右足を強く踏み込み、左腰へ溜めた力を回転へ変え、胸と肩を開き、その勢いを腕から鉈へ伝えて横へ振り抜く。
男の身体がまだ準備を終えていないうちから、これから描かれる刃の軌道が、俺の中ではすでに一本の線になっていた。
狙いは頭じゃない。
鉈の重さに任せて頭蓋を上から叩き割るような動きでもない。俺の脇腹を横から薙ぎ、避けたなら避けたで、そのまま身体ごと前へ押し込み、足場の狭い谷の端へ追いやるつもりらしい。
男は、おそらくこの一撃だけで俺を殺そうとしているわけではなかった。鉈の刃先ではなく腹に近い部分を当てるか、皮膚を浅く裂く程度に加減して、怪我を負わせ、自分との力の差を嫌というほど見せつけるつもりなのだろう。
刃物を振り回しながら、傷の深さも当たる場所も自分の思いどおりに調節できると本気で考えているなら、随分と自分の腕を信じている。
人間相手の戦いで忘れてはいけないのは、相手のつもりと実際の結果は、必ずしも一致しないということだ。
脅すだけだった。少し傷をつけて大人しくさせるつもりだった。脚を止めたかっただけだ。殺す気なんてなかった。
刃を振るった後になって、そんな言葉をいくら並べたところで、切っ先が皮膚を破り、筋肉を裂き、その奥にある太い血管へ入り込んでしまえば、流れ出した血を一滴だって身体へ戻してはくれない。
武器を持った人間が、自分の意思で完全に制御できるのは、せいぜい振り始める直前までの話だ。足裏で地面を踏み、腰を回し、肩から腕へ体重を渡して刃を走らせた後は、湿った石を踏んで足場がわずかに滑るだけでも軌道は変わる。受ける側が怯えて予想外の方向へ身を縮めただけでも、本来は浅く当てるつもりだった刃が骨へ届くほど深く食い込むことがある。
だから俺は、刃物を持った相手の良心や、本人だけが分かっているつもりの加減なんぞに、自分の命を預ける気はない。
殺すつもりはなさそうだから一発くらい受けても平気だろう。刃の腹を当てるつもりに見えるから、致命傷にはならないだろう。
そんな都合のいい考えは、最初から捨てておく。
鉈は鉈として見る。当たれば皮膚が裂け、肉が潰れ、運が悪ければ腕も脚も二度と満足に動かせなくなるものとして避ける。そのうえで、こちらまで頭に血を上らせ、必要もないのに相手の骨を折ったり、息の根を止めたりせずに済むやり方を選ぶ。
それだけの話だ。
やること自体は、別に難しくない。
勢いの乗った刃を正面から腕力で止めようとしない。刃へ十分な力が乗らない位置へ身体を移す。真正面から押し返す代わりに、相手が振り抜こうとしている方向を指一本ぶんでも横へずらす。武器を持つ腕を殴り潰すより先に、踏ん張るための足場や重心を崩し、まともに立ち続けられない形へ持っていく。
対人戦は、強い一撃を先に叩き込んだ方が必ず勝つような、単純な力比べじゃない。相手が選べる動きを一つずつ削り、その間にも自分が逃げる、避ける、崩す、止めるという選択肢をどれだけ残しておけるか。
最後には、その差がものを言う。
ここで後ろへ下がれば、俺の身体は鉈が描く大きな円の外側へ追いやられる。
横薙ぎに対して中途半端に距離を取るのが一番まずい。腕の長さと鉈の長さが合わさった外周には、刃の中でも最も速く、最も重く走る部分がある。こちらが退いた距離ぶんだけ男は踏み込み、伸ばした腕と回転する身体を使って、その危険な刃先を追いつかせてくる。
最初の一撃を外したところで、男は振り切った勢いを殺さずに腰を回し直し、そのまま二撃目へつなげられる。俺の方は谷の入口側か崖の縁へ押され、踏み外せば終わりの狭く不安定な場所へ少しずつ追い込まれていく。
右へ逃げれば、そこには大柄な男が構えた槍の穂先が待っている。
左へ大きく身をかわしたなら、岩陰と木々に切られていた射線が開き、短弓を持った女から俺の胴が丸見えになる。
俺一人だけなら、鉈の間合いから一度走って離れ、広い場所へ出て仕切り直す手もあっただろう。だが、背後にはアイスとホワイトがいる。俺が自分だけ助かろうと道を空ければ、踏み込んできた若い男の正面へ、あいつらをそのまま差し出すことになる。
そういうわけで、俺には下がれる場所がなかった。
どの予備動作が横薙ぎへつながるのか。男の身体のどこへ近づけば、鉈に乗る力が最も小さくなるのか。どの足をどこへ置けば、後ろの二人を庇ったまま次の動きへ移れるのか。
普段なら頭の中で一つずつ確かめるはずの判断が、キャットステップの作用によって最初から一本につながっていた。
考え終えるまで足を止めるような迷いは、もう残っていない。
俺は後ろへ退かなかった。
前へ出た。
相手が振り始めた武器へ、自分から近づくなんて動きは、刃物の扱いを知らない者が見れば、わざわざ斬られに行く馬鹿の真似にしか見えないだろう。
実際、踏み込む距離を指二本ぶんでも間違えれば、馬鹿だったでは済まない。横から走ってきた刃先に腹を裂かれ、内臓をぶちまけたまま谷底へ転がることになる。
それでも横薙ぎの鉈には、同じ一本の刃の中に、危険な外側と力の弱い内側があった。
刃先に近い外側は、男の腕と武器の長さを半径にした大きな円を描く。そのぶん長い距離を一気に走り、速度も重さも最も大きくなる。一方、柄に近い内側は回転の中心へ近く、同じ角度だけ振られても移動する距離が短い。刃先ほどの速さも、身体全体から運ばれた威力も持てない。
まして相手の肘が伸び切る前なら、鉈はまだ十分な円を描き終えていない。腰と肩から送られてくる力も、刃先まで完全には届いていなかった。
俺は男の右腕が伸び切るより先に半歩だけ懐へ滑り込み、鉈が最も速く走る外周から身体を外した。刃先ではなく、柄に近い根元へ肩を寄せる。
半歩でいい。
一歩では深すぎる。
足を交差させれば、次の動きが遅れる。
腰を引きすぎれば、上半身だけが残って刃へ近づく。
前足を男の足の間へ入れず、右足の外側へ置ける角度を残す。
目の前の刃だけを見ず、男の左肩と後ろ足、さらにその向こうにいる仲間の位置まで視界へ残す。
鉈の刃が、俺の外套へ触れる寸前まで迫ってきた。横薙ぎに振り抜かれた刃が押しのけた空気が布地を強く叩き、脇腹のあたりへ外套をぴたりと貼りつかせる。
そのほとんど同時に、俺は左手を男の右手首へ外側から添え、右の前腕を曲がりかけた肘の内側へ斜めに差し込んだ。
別に、俺の腕力で鉈を止めようという話じゃない。
勢いよく振られている腕を真正面から受け止めれば、若い男が踏み込みから作った力に、腰と肩の回転、それから鉈そのものの重さまで、まとめてこの細い腕で引き受けることになる。今の俺にそんな力は残っていない。運よく刃を止められたところで、手首の骨を痛めるか、肘の関節を持っていかれるか、下手をすれば両方とも使いものにならなくなるだけだ。
俺が手首を押した方向は、男が鉈を振っている向きの真正面でも、その勢いへ逆らう反対側でもない。
そこから、ほんの少しだけ下へ外れたところだった。
横へ走っている力を無理に打ち消そうとせず、男自身が生み出した勢いへ下向きのずれを一つ加える。まっすぐ俺の脇腹へ向かっていた刃の道筋を、地面の方へわずかに傾けてやる。
軌道を大きく捻じ曲げる必要なんぞない。鉈を男の手から奪い取る必要もない。
刃が俺の身体一つぶん外れ、そのまま通り過ぎてくれれば十分だった。
肘の内側へ当てた右腕が男の振りを下へ導き、手首へ添えた左手が余計な横ぶれを抑える。すると、それまで俺の胴へ向かっていた鉈の重さは、男の腕から抜けるように地面へ落ちていった。
刃先だけが外套の端を掠め、布を細く切り裂く。そのまま足元に広がる黄色い鉱砂へ深々と食い込んだ。
外套が裂ける乾いた音と、鉈の刃が砂の下へ隠れていた岩肌を叩く硬い音が、ほとんど重なって辺りへ響いた。
男の顔に、隠しきれない驚きが浮かんだ。
自分の方が若く、自分の方が速く、自分の方が力も強い。町外れで薬を売っているだけの中年男なんぞ、鉈を一度振って見せれば怯えて後ろへ下がるとでも思っていたんだろう。
ところが実際には、振り抜いた鉈を力ずくで止められたわけでもないのに、自分の勢いをほとんど失わないまま、狙っていた場所だけを外された。気がついた時には、俺が刃の届きにくい腕の内側へ入り込み、右手首まで押さえている。
その状況を頭で理解するより先に、男の視線は地面へ食い込んだ鉈の刃と、俺の左手に押さえられた自分の手首との間を、落ち着きなく何度も往復していた。
戦いでは、驚いた瞬間にも身体は動いている。
男の右手は鉈を引き抜こうとし、左肩は俺を突き飛ばすため前へ出かけ、後ろ足は距離を取り直そうと地面を蹴ろうとしていた。
全部を止める必要はない。
一番最初に力が集まる場所だけを崩せばいい。
俺は手首を押さえたまま、相手の右足の外へ自分の足を置いた。
人間が立っていられるのは、両足の間へ重心が収まっているからだ。前へ力を出すなら重心は前足へ移り、後ろへ退くなら後ろ足が身体を支える。どちらか一方の足が動けない位置へ置かれたまま、上半身だけを別の方向へ向ければ、どれだけ筋力があっても姿勢は崩れる。
男は鉈を引き抜こうとして、右肩を後ろへ動かしていた。
その一方で、俺を押し返すため、腰は前へ出ようとしている。
上と下で、力の向きが分かれた。
俺はその間へ腰をぶつけた。
正式な組討ちの型ではない。
相手の関節を正確に極め、足を美しく払い、決められた手順で地面へ投げるような技は、昔習ったとしてもとうに忘れている。冒険者時代、酒場で酔った仲間を止めたり、狭い坑道で長い武器を振れなくなった相手と押し合ったり、倒れた荷物と壁の間で掴み合いになったりするうちに覚えた、見栄えのしない崩し方だった。
腕力で持ち上げない。
足を大きく払わない。
相手の重心が足の外へ出る瞬間に、戻る場所だけを塞ぐ。
男の右足は、俺の足が外側へ置かれたせいで開けない。
後ろ足は、鉈を引く動きに合わせて浮きかけている。
そこへ腰を当て、手首を下へ残したまま肩だけを後ろへ送る。
男の身体が、自分で作った捻れへ耐えられず傾いた。
踏ん張ろうとした右足が鉱砂を滑る。
左手が俺の肩を掴もうとして空を切る。
鉈は地面へ食い込んだまま動かず、握っていた右腕だけが取り残された。
男は肩から黄色い鉱砂へ倒れ込み、反射的に鉈の柄から手を放した。




