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第29話 レスタルムからの応募者


挿絵(By みてみん)




人を雇うという話が、本当に現実になってしまった。


いや、もちろん分かってはいた。先日あれだけ商業登録だの雇用制度だの住み込み規定だの説明され、ギデオンから「求人というのはきれいな言葉で飾るより、最初に条件を詰めたほうが後で揉めない」と念を押され、クラウスからは「君の店はもう君一人の感覚で回してよい段階ではない」と、いつもの干し肉みたいな顔で正論を置かれ、ミーナからは「店主さん、瓶洗いと棚管理だけでも誰かいたら助かりますよ」と笑顔で逃げ道を塞がれ、アイスからは「あなたの集中力を核処理と魔導抽出に割り当てるため、低危険度工程の移譲は必須です」と、俺の人生を作業工程表みたいに分類されたのだから、人を雇う流れ自体は避けられないものとして受け入れ始めていた。


受け入れ始めてはいた。


始めていたのだ。


けれど、受け入れることと、実際に職業斡旋局から「応募者あり」という連絡が届くことは、まるで重さが違う。


朝、青ぷよ薬房の扉を開けようとしていた時だった。店の前にはいつものように、いや、いつものようにと言えてしまうことがすでにおかしいのだが、冒険者らしい若者が数人、村の婆さんが一人、見慣れない商人風の男が二人ほど並んでいて、ミーナが整理券の木札を持ちながら「本日は高純度回復薬の店頭分が五本、一般冒険者向けが二十本、生活用は村内価格でお一人一本までです」と、俺よりよほど店主らしい声で説明していた。俺は工房から出てきたばかりで、まだ手にスライム粘液の匂いが残っており、今日は午前の販売を終えたら昼前に森へ行き、午後は騎士団納品分の箱詰めをして、夕方にはアイスに昨日の「匂いが丸い」という表現を別の言葉へ翻訳させられる予定だった。


予定というものは、最近だいたい増える方向にしか変わらない。


「ロイドさん、職業斡旋局からです!」


そう言って村の若い配達人が息を切らせながらやってきた時、俺は最初、税金関係の追加書類かと思った。最近、俺に届く紙の半分は金を要求するか、金を払う準備をさせるか、金を払ったことを証明しろというものだったので、手紙というものに対して少し警戒心が育っていた。紙は軽いはずなのに、封を開ける前から肩が重くなる。あれはたぶん紙そのものではなく、紙の向こう側にいる役所や組合や制度の気配が重いのだろう。


封筒には、〈グラム地方労務管理・職業斡旋局〉の焼き印が押されていた。


…長い。


何度見ても長い。


「……職業斡旋局から?」


俺が封筒を見つめたままつぶやくと、ミーナが整理券を配り終えたあと、ぱっとこちらを振り返った。


「応募の件じゃないですか?」


「そうだろうな」


「開けないんですか?」


「開けると現実になる気がしてな」


「もう届いている時点で現実です」


「最近、お前もそういうことを言うようになったな」


「店主さんの現実逃避を止める係ですから」


そんな係を作った覚えはない。けれど、実際に機能しているので反論しづらい。


店を開ける前に中身を読むと、販売中ずっと頭の片隅で人材と給金と住み込み部屋のことを考えてしまいそうだったので、俺はその封筒をいったん店の奥の机へ置いた。置いただけで視界の端に入り続ける。まるで小さな魔物である。スライムよりずっと動かないのに、存在感だけは強い。午前の販売中も、客から「高純度はもうないのか」と聞かれながら、俺の頭のどこかでは封筒がじっとこちらを見ていた。ミーナが「疲労軽減薬は休む前の一本です。無理を続けるためのお薬ではありません」と客に説明している時も、アイスが奥で「昨日の粘液滴下速度と本日の加熱調整を比較します」と言っている時も、俺はずっと、机の上に置かれた封筒を意識していた。


完売の札を出し、店先の客が散り、ミーナが帳簿を閉じ、アイスが工房から出てきて「今日の販売記録に、疲労軽減薬の説明後に購入を取りやめた客が一名います。これは商品理解の変化として記録価値があります」と、また妙な観察を始めた頃、俺はようやく封筒を手に取った。


「開けますか?」


ミーナが言った。


「開けるしかないだろ」


「では、私、木板を用意します」


「まだ中身も見てないぞ」


「応募者さんがいるなら、名前とか条件とか書き出したほうがいいので」


「お前、本当に準備がいいな」


「店主さんが準備しない分です」


笑顔で刺すな。


アイスは当然のように俺の横へ来て、封筒を覗き込もうとした。


「近い」


「応募者の情報は、作業工程移譲計画に関わります」


「人間を工程に入れる前に、まず面接だ」


「面接も評価工程です」


「お前、今日から少し黙って飯を食う練習をしろ」


「今は食事中ではありません」


そうだった。そういう問題ではないのだが。


封を切ると、中には職業斡旋局の正式な文面と、応募者一覧の写しが入っていた。紙はきちんと折られており、ギデオンの筆跡らしい角張った字で、必要事項が無駄なく記されている。あの男の字は、声と同じで逃げ場がない。飾り気がなく、曲がらず、読み違えようがない。紙面を見ただけで「後で揉めるから曖昧にするな」と言われているようだった。


「……応募者、四名」


俺が読み上げると、ミーナの目がぱっと明るくなった。


「四名も!」


「喜ぶには早い。全員、レスタルム周辺在住だ。つまり、働くなら住み込み前提になる」


「やっぱりそうですよね。毎日通うのは無理ですもんね」


「馬車で片道どれくらいでしたっけ」


「天気と道の状態にもよるが、普通に考えて泊まりになる距離だ。朝にレスタルムを出ても、村に着く頃には昼過ぎる。毎日通勤なんて、仕事をする前に体力が尽きるだろう。


俺は応募者一覧に目を落とした。


一人目、ハルト・グレイン。二十七歳。レスタルム河川港区出身。前職は倉庫管理補助および荷役記録係。瓶や小型木箱の管理経験あり。体格は普通、力仕事は中程度まで可能。怪我による重荷役制限あり。読み書き可、簡単な帳簿記入可。住み込み可。ただし「騒がしい大工房より、小規模な職場を希望」とある。


二人目、ネリア・フォルス。十九歳。レスタルム外縁の治療院で雑務経験あり。包帯洗浄、薬瓶洗い、病室清掃、患者受付補助の経験あり。読み書き可。薬品臭への耐性あり。住み込み可。応募理由は「薬師補助の仕事を学びたい」。備考欄に「緊張しやすい」と書かれていた。


三人目、ボリス・タング。三十四歳。元冒険者。採取依頼、護衛、魔物素材運搬の経験あり。力仕事可。読み書きは最低限。住み込み可。応募理由は「怪我により冒険者稼業を縮小。安定した職を希望」。備考に「刃物扱いには慣れているが、細作業は要確認」とある。細作業は要確認。スライム核を割りそうな気配が紙面からすでに漂っている。


四人目、リゼット・マーレン。二十二歳。商会事務見習い経験あり。帳簿、ラベル作成、在庫一覧作成、顧客控えの整理が可能。薬品関連の経験はなし。住み込みについては「条件次第」。応募理由は「小規模事業所で実務全体を学びたい」。備考欄に「面談時、給金と休暇条件を明確に確認希望」とある。しっかりしている。しっかりしすぎて少し怖い。


「……個性が強いな」


俺が言うと、アイスが一覧を覗き込みながら答えた。


「むしろ、職務適性が分かれています。ハルト氏は在庫と梱包、ネリア氏は洗浄と衛生管理、ボリス氏は採取補助や力仕事、リゼット氏は帳簿と管理に適性がある可能性があります」


「可能性だけ聞くと、全員ほしくなるな」


「全員雇うのは危険です」


「分かってる」


「本当に分かっていますか」


「分かってるって言っただろ」


「過去の発言から、あなたは困っている人を見ると条件確認前に受け入れる傾向があります」


「俺の人格を分析するな」


「採用判断に関わります」


「関わるのが嫌なんだよ」


ミーナは木板に四人の名前を書き出し、それぞれの得意そうな仕事を横にまとめていった。こういう時のミーナは手が早い。ハルトの横には「在庫・箱・瓶管理」、ネリアには「洗浄・衛生・受付補助」、ボリスには「力仕事・採取補助?」、リゼットには「帳簿・ラベル・条件確認」と書かれていく。最後の「条件確認」が妙に強そうだった。


「でも、住み込みとなると部屋ですよね」


ミーナが木板を見ながら言った。


「そこだ」


俺は頭をかいた。


「店の二階は俺の部屋と物置で、物置を片づければ一人分くらいなら寝られる。工房横の古い納屋を直せば、もう一部屋作れなくはない。前の雑貨屋時代の荷物がまだ少し残ってるから、まず片づけないといけないが」


「女性を雇うなら、寝室の区分と鍵は必須です」


アイスがすぐ言った。


「そこは分かってる。男でも女でも、他人の寝床に鍵がないのはまずいだろ」


「住み込み契約では、寝床、私物保管、洗面、夜間の安全、食事、休日の行動範囲まで確認が必要です。特にエルムホルン村は小規模集落ですから、村側との調整も必要になります」


「村側って、村長に話を通すってことか?」


「はい。外部から労働者が住むなら、住民台帳、滞在登録、夜間通行、共同井戸の利用、場合によっては村税や衛生規則にも関わります」


「人を雇うだけで村まで巻き込むのか」


「住み込みとはそういうことです」


アイスの声は冷静だった。冷静すぎて、こっちの背中が少し寒くなる。


たしかにそうだ。エルムホルン村はレスタルムのように、人が入れ替わることに慣れた街ではない。村の家は互いに顔が見える距離にあり、井戸も共同で使う。誰か見知らぬ人間が住み始めれば、翌日には畑の婆さんが知っているし、昼には村長の耳に入り、夕方には猟師のバルドが「どこの者だ」と見に来るだろう。村人は悪い人間ではない。むしろ面倒見はいい。けれど、外から来る者にとって、その距離の近さは窮屈かもしれない。俺にとっては当たり前の村の空気が、レスタルムの人間にとっては重いこともある。


人を雇うとは、店に手を増やすことではなく、その人間を村の空気の中へ入れることでもある。


また責任が増えた。


「給金はどうします?」


ミーナが聞いた。


「ギデオンから相場表をもらってる。未経験の住み込み補助員なら、食事と寝床付きで月銀貨何枚、経験者なら上乗せ、危険作業や採取同行があるならさらに手当。休日は月に最低何日、病気や怪我の扱いも契約書に書く必要がある」


「店主さん、ちゃんと覚えてるじゃないですか」


「覚えたくなくても、あの人が忘れさせてくれないんだよ」


ギデオンの声が頭の中でよみがえる。給金は後で決めるな。仕事の範囲を曖昧にするな。住み込みなら食事を賄い扱いにするのか、給金から引くのか、明記しろ。休みの日に店の手伝いを頼むなら、それは休みではない。怪我をした時、誰の責任か揉めるから、危険作業は最初に定義しろ。未経験者に魔法薬の中核工程を触らせるな。研修期間を決めろ。試用期間を決めろ。解雇条件を決めろ。決めろ。決めろ。決めろ。


決めることが多すぎる。


俺はスライム核の位置なら見えるが、人間の未来までは見えないんだぞ。


「最初に雇うなら、一人ですね」


ミーナが言った。


「ああ。二人以上は無理だ。部屋もないし、俺の頭も追いつかない」


「一人目に何を任せたいかで、見るべき応募者さんが変わりますよね」


「瓶洗い、棚管理、ラベル貼り、梱包、在庫の数え。あとはミーナの店頭補助が少し楽になると助かる。採取補助は、しばらく任せない。核処理も当面は俺がやる」


「帳簿は?」


「ミーナが手伝ってくれてるし、リゼットみたいな人が来たら助かるのは助かる。ただ、いきなり帳簿を任せるのは怖い。店の金がどうこうより、商品区分が多すぎる」


「帳簿係を雇うなら、商品理解が必要です」


アイスが言った。


「薬効、販売区分、契約分、研究提供分、生活価格、外部価格、緊急保管分。これらを理解せずに帳簿だけつけると、数字は合っていても実態がずれます」


「数字が合っても駄目なのか」


「薬房ですから」


薬房という言葉は、最近本当に重い。


ミーナは木板の下に「最初の採用目的」と書いた。その下に、三人で優先順位を並べていく。まず、瓶洗いと乾燥確認。次にラベル貼りと棚補充。次に在庫本数の記録。次に納品箱の準備。余裕があれば店頭整理。薬草下処理は適性を見て。スライム核は触らせない。粘液の粗濾しは教育後。採取同行は当面なし。薬効説明はミーナまたはロイドが担当。アイスの研究記録には勝手に触らせない。


「最後の項目、必要か?」


俺が聞くと、アイスが真顔で答えた。


「必要です。記録の混入は研究上の事故です」


「たぶん新しく来る人は、お前の記録板に触ろうとは思わないぞ」


「保証できません」


「お前の記録板、雰囲気が怖いし」


「雰囲気は記録項目にありません」


「そういうところだぞ」


面接の日取りについては、職業斡旋局がかなり具体的に提案してきていた。二日後の午後、レスタルムから応募者をまとめて馬車で送ることができるらしい。斡旋局の補助職員が同行し、村の入り口まで案内し、面接の順番を管理する。希望者は店と住み込み予定場所を見学し、当日中にレスタルムへ戻る。ただし採用が決まった場合、実際の勤務開始は契約書作成、住み込み部屋の確認、村側の滞在登録、試用期間条件の合意を済ませたあとになる。


つまり、面接して「明日からよろしく」とはいかない。


世の中は、本当に何をするにも紙を通る。


「二日後か……」


俺は店の奥を見回した。


工房には釜、棚、水桶、乾燥中の濾過布、壁にかけた薬草束、作業台、素材保管箱。店頭には商品棚、整理券箱、価格表、村内価格と外部価格の札、完売札。二階の物置は、まだ古い木箱や使わない椅子や、前の雑貨屋時代に残された謎の棚板で半分埋まっている。納屋に至っては、屋根の一部が少し怪しい。住み込み部屋として見せるなら、まず片づけ、掃除し、寝台を置き、布団を用意し、鍵をつけ、窓を直し、水場への動線を確認しなければならない。


二日。


二日でそれをやるのか。


「無理じゃないか?」


「全部完璧に整える必要はありません」


アイスが言った。


「面接時には、現在の予定と整備計画を説明すればよいです。実際の勤務開始までに整えれば問題ありません。ただし、住み込み場所が未整備であることは正直に伝えるべきです」


「正直に言って、応募者に逃げられたら?」


「それで逃げる人は、採用後にもっと困ります」


ミーナが頷いた。


「そうですね。村で住み込みになるなら、良いところも大変なところも最初に話したほうがいいと思います。レスタルムみたいにお店や治療院が近くにあるわけじゃないですし、夜は本当に静かですし、冬は道も大変ですから」


「あと、店主さんは時々朝からスライムの話しかしない」


「それは条件に入れなくていい」


「でも大事ですよ。採用される人は、店主さんと毎日働くんですから」


俺は返事に困った。


雇う側としての条件は考えていた。給金、住み込み、仕事の内容、休み、危険作業、試用期間。けれど雇われる側から見れば、俺という店主そのものも条件の一つなのだ。朝から釜を見て、泡が角ばるとか匂いが丸いとか言い、スライム核の膜を水の中で剥がしながら「今日はいい核だな」とつぶやくおっさんと働くことになる。しかも、その横には薬師会の天才問題児が記録板を構え、ミーナが笑顔で現場を回している。どこからどう見ても普通の職場ではない。


俺本人は普通のポーション屋のつもりなのだが、最近その言葉に自信がなくなってきた。


「面接で、何を聞けばいいんだろうな」


俺が言うと、ミーナが木板をこちらへ向けた。


「まず、どうして青ぷよ薬房に応募したのか。住み込みに不安はないか。薬品や匂いに弱くないか。細かい作業は得意か。お客さんと話すのは平気か。森や虫が苦手じゃないか。あと、店主さんの説明が分からない時に質問できるか」


「最後が妙に大事だな」


「大事です。店主さん、説明が“このくらいぷるっとしたら”で終わる時がありますから」


「お前までぷるを責めるのか」


「責めてません。確認です」


アイスがすぐに追加した。


「候補者には、危険薬品に対する認識も聞くべきです。ポーションを便利な商品とだけ考えている人間は危険です。薬は人を助ける一方で、扱いを誤れば害になるという意識が必要です」


「それを最初の面接で聞いて、答えられるものなのか?」


「完璧な答えは不要です。軽く考えていないかどうかを見るのです」


「なるほどな」


俺は応募者一覧をもう一度見た。


最初の面接は、職業斡旋局の提案ではハルト・グレインだった。理由は、年齢的にも経験的にも「店舗補助兼在庫管理補助」として一番無難で、力仕事もある程度でき、帳簿も少し分かり、怪我による重荷役制限があるため、本人も大工房より小規模店を希望しているかららしい。ギデオンの添え書きには、「最初に話す相手としては適当。採用判断は慎重に」とあった。最後の一文が非常にギデオンらしい。適当と言いながら、慎重に。まるで熱い釜を持てと言いながら火傷するなと言っているようである。いや、それは火傷するこちらが悪いのか。


二日後までにすることをまとめると、これまた木板が埋まった。


村長へ外部住み込み候補者の面接があることを伝える。二階の物置を片づける。納屋の状態を確認する。寝具と鍵の見積もりを取る。面接用の仕事内容説明書を作る。給金案を三段階で用意する。試用期間の条件を決める。勤務時間と休日案を作る。食事を店で出すのか、食費をどう扱うか決める。危険作業の範囲を定義する。薬品に触れる前の衛生規則を書く。工房見学で触ってはいけないものに札をつける。アイスの記録板を片づける。


「最後は余計じゃないですか?」


アイスが言った。


「むしろ大事だ。初対面の応募者が、お前の“店主発言一覧・感覚表現分類案”とか見たら帰るぞ」


「それは未整理資料です」


「未整理ならなおさら出すな」


結局、午後は面接準備で半分潰れた。村長へ話をしに行くと、村長は「ついにロイドも人を雇うのか」と妙に感慨深そうな顔をした。俺としては、感慨より先に部屋と給金と契約書の心配をしてほしかったのだが、村長は「外から若い者が来るなら村もにぎやかになるな」と、少し楽しそうだった。にぎやかになるかどうかは人による。応募者がレスタルムの街暮らしに慣れた人間なら、最初の一週間で村の静けさに驚く可能性もある。夜になると本当に虫と風の音くらいしかない。王都なら夜も人の声がするらしいが、ここでは夜に外から声がすると、だいたい誰かが牛を逃がしたか、酔ったバルドが道を間違えたかである。


物置の片づけは、さらに現実的だった。


古い椅子、謎の木箱、割れた壺、前の雑貨屋が残していった布巻き、いつか使うかもしれないと思って取っておいた棚板、たぶん使わない瓶、絶対に使わない謎の金具。そういうものが、部屋の半分を占拠していた。ミーナは「店主さんの“あとで使うかも”置き場ですね」と言った。否定できない。アイスは「不要物が作業効率と居住性を圧迫しています」と言った。もっと否定できない。人を雇うということは、俺の先延ばしの山を他人に見せることでもあるらしい。


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