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第24話 研究熱心な助手



「お帰りなさい。けっこう採れました?」


「ああ。成熟個体が八匹分。あと薬草も少し」


「よかったです。騎士団分と明日の高純度分、足りますか?」


「足りるかどうかは仕込み次第だな」


「では、採取素材の一次分類から始めます」


工房に入るなり、アイスが当然のように言った。


「せめて水を飲ませろ」


「五分なら許可します」


「休憩まで管理されるようになったか」


「採取直後の素材は状態変化が早いので、休憩を取るなら記録開始前の今が最適です」


「正論で水を飲ませるな。普通に休ませろよ」


「水を飲む行為は否定していません。時間の話をしています」


「お前と話してると、喉が渇く理由が増えるんだよ」


アイスは俺の抗議を聞き流すように、手にした記録板へ何かを書き込んだ。たぶん「採取後、店主が水分補給を要求」とか書かれているのだろう。俺はお前の研究対象なんかじゃないぞ。…いや、最近の扱いを見る限り、かなり怪しいところではあるが。


工房へ入ると、薬草と乾いた木材と、うっすら残るスライム粘液の匂いが混ざったいつもの空気が俺たちを迎えた。青ぷよ薬房の工房は、店の裏手に増築した木造の作業場で、広さだけ見れば王都の薬師工房とは比べものにならないほど小さい。床は水を流せるように石敷きにしてあり、壁際には薬草を吊るすための乾燥棚、奥には火を入れる大釜と小型の調合釜、横には採ってきた素材を一時的に置く保管箱、温度を低く保つための魔導冷蔵箱、洗浄用の水桶、濾過布を干す竿、瓶を並べる棚が詰め込まれている。都会の工房なら、もっと立派な魔導加熱炉や自動攪拌器、温度を一定に保つ結界台なんかがあるのかもしれないが、俺にとってはこのくらいがちょうどいい。手を伸ばせば必要なものに届き、釜の音も水桶の揺れも瓶の乾き具合も分かる。狭いと言えば狭いが、俺の仕事には馴染んだ狭さである。


「設備配置は非効率に見えますが、作業者一名を中心にした動線としては悪くありません」


アイスが周囲を見回しながら言った。


「褒めてるのか」


「半分は」


「残り半分は何だ」


「改善余地です」


「だろうな」


俺は水を一口飲んでから、採取袋を作業台へ置いた。中には、さっき森で狩ってきたスライム核が入っている。核は布に包んであるが、乱暴に扱うと表面の粘膜が傷むので、袋を置く時も軽く落とすような真似はしない。作業台の上には、浅い木皿を三つ、洗浄水を入れた水盤を一つ、細い銀匙、柔らかい布、核を一時保管するための小瓶を並べる。アイスはその様子をじっと見ていた。見られていると妙にやりづらい。釜の前で一人なら何も考えずに動けるのに、横で薬師会の主席卒業が羽ペンを構えているだけで、ただの水桶まで試験官みたいに見えてくる。


「まず、採ってきた核を洗う」


俺がそう言うと、アイスがすぐに尋ねた。


「洗浄前に分類しないのですか?」


「する時もあるが、今日は状態がいい。泥も少ないし、粘液も濁っていない。先に軽く膜を落としてから分けたほうが見やすい」


「その“状態がいい”の判断基準は」


「核の光が濁ってない。粘膜が変に泡立ってない。あと、袋を持った時に重さが水っぽくない」


「最後が曖昧です」


「お前はすぐそう言う」


「記録するためです」


「じゃあ、あとで持ってみろ。水っぽい核は本当に手に残る感じが違う」


「触感確認、後で実施」


本当に書きやがった。


スライム核は、採取直後には薄い粘膜に包まれている。この粘膜は核を守る保護膜でもあるが、不純物を吸いやすい厄介な膜でもある。森の土、枯れ葉の粉、細かな草の繊維、スライム自身の濁った粘液、そういうものが膜に絡みついたままになると、後で煮た時に泡が荒れたり、薬草の成分と馴染みにくくなったりする。だからといって、水で乱暴に洗えばいいわけではない。核の表面は見た目より繊細で、強くこすれば細かな傷がつき、そこから魔力が抜けてしまう。熱湯を使えば膜が縮み、核の外殻に細い亀裂が入る。亀裂の入った核は、見た目が綺麗でも釜に入れた時に魔力が散りやすい。そうなると完成品の色は薄くなり、効きも少し鈍るのだ。


「普通は、ここで流水洗浄を使います」


アイスが言った。


「普通はな。うちでは使わない」


「理由は」


「流れが強いと核同士がぶつかるんだ。小さい核なら平気だが、今日みたいに大きめの核が混じっている時は表面が欠けることがある」


「なるほど。衝突による外殻損傷を避けるためですね」


「言い方が大げさだが、まあそうだ」


俺は井戸水を一度、目の細かい布で濾したものを水盤に注いだ。そこへ銀葉草をほんの少しだけ浸す。銀葉草は強い薬効を持つわけではないが、水の匂いを落ち着かせ、スライム粘膜の青臭さを少し抜いてくれる。入れすぎると逆に薬草の香りが核に移るので、葉の先を水にくぐらせる程度でいい。水がわずかに澄んだ匂いへ変わったところで、俺は採取袋から核を一つ取り出した。


「銀葉草の量は?」


「葉先を一つまみだ」


「重量で」


「量るほど入れない」


「記録不能です」


「じゃあ、あとでお前が量れ。俺は今までそれでやってきた」


「分かりました。今後、標準化します」


「俺の葉先が標準化されるのか……」


何とも言えない気分になりながら、俺は核を洗浄水の中へ静かに落とした。核は水の中でふわりと浮き、薄い青白い光をゆっくり揺らした。表面を包んでいた粘膜が、水に触れてほどけるように緩んでいく。ここで慌てて指で剥がすと、膜と一緒に外殻を傷つける。だから少し待つ。待っている間に、核の周囲へ細かな粘液の筋が広がり、水面に薄い輪ができる。その輪が半分ほど消えた頃がちょうどいい。


「今、何を待っているのですか」


「膜が水に馴染むのを待ってる」


「時間は」


「核による。今日は……十呼吸くらいだな」


「呼吸ではなく秒で」


「なら、お前が数えろ」


「数えています」


「早いな」


アイスは本当に数えていた。…言葉を選ばなきゃならないかもしれんが、普通に怖い。俺はその間に核を水の中で軽く転がしていた。指先で押すのではなく、水の流れを使って向きを変える。核の光が上を向き、粘膜の端が浮いたところで、銀匙を差し込む。匙の先は薄く、刃ではない。切るためではなく、膜だけをすくうための道具だ。昔は小刀でやっていたが、何度か表面に傷をつけてしまったので、今はこれを使っている。過去の経験や失敗は人を賢くするということを、俺は今まで嫌というほど経験してきた。できれば鍋を焦がす前に賢くなりたかったが、人生はそう都合よくいくようにはなっていない。


「爪は使わないのですか」


「使わない。爪を立てると傷が入る」


「手袋は」


「厚手だと感覚が鈍る。薄布なら使うこともあるが、今日は素手のほうがいい」


「衛生面は」


「手は洗ってる。爪も切ってる。銀葉草の水にも触れてる。あとで仕込み前にもう一度洗う」


「最低限は満たしていますね」


「最低限って言い方やめろ」


「では、実用範囲です」


「少しだけましになったな…」


俺は核を指の腹で包むように持ち、浮き上がった粘膜の端へ匙を差し込んだ。力はできるだけ入れないようにする。膜は引き剥がすのではなく、水の中でほどけたところをすくう。核を押さえつけると内部の魔力が乱れるし、強くつまむと表面が曇るのだ。だから持っているようで持たない。支えているようで、逃がさない程度にする。言葉にすると面倒だが、慣れると指が勝手に覚える。


アイスの羽ペンが、かりかりと音を立てていた。


「指圧はかなり弱いですね」


「強いと傷むからな」


「核を固定せず、水流と匙で膜を外している。なるほど、剥離ではなく分離に近い」


「お前の言葉にすると急に立派な技術みたいになるな」


「実際、立派な技術です」


「そういうことを急に言うな。反応に困る」


「事実です」


俺は小さく息を吐き、核の表面から浮いた薄い膜だけを銀匙でそっとすくった。膜は水を含んで半透明になり、匙の上で頼りなく震えている。これを無理に取ろうとすると途中でちぎれ、核の表面に残った端が後で濁りの元になる。だから一息で外すのではなく、少しずつ水へ逃がしながら、核から離していく。こうして洗った核は、後で魔力を抽出する時に余計な泡が出にくい。薬草との馴染みもいい。俺にとっては当たり前の下処理だが、アイスに言わせると、この時点ですでに品質差が生まれているらしい。


「この工程、補助員に任せられますか」


「すぐには無理だな。瓶洗いや薬草刻みとは違う。核を壊すと素材そのものが駄目になる」


「訓練すれば」


「手先が丁寧で、焦らない奴なら、外側の洗浄くらいは覚えられるかもしれない。ただ、この膜外しはしばらく俺が見る」


「妥当です。失敗時の損失が大きい」


「お前に妥当って言われると、なんか採点された気分になるな」


「実際に評価しています」


「隠せ」


「なぜですか」


「人間関係のためだ」


アイスは少しだけ考え込んだが、その間にも目は俺の手元から離れていなかった。俺は二つ目の核を水へ入れ、同じように転がし、粘膜の端が浮くのを待つ。工房の中には水盤の小さな音とアイスの羽ペンの音、それから外の店先でミーナが瓶を並べる音がかすかに聞こえていた。以前ならこういう作業は俺一人で黙々とやっていた。今は横で全部見られ、記録され、言葉にされている。正直言って落ち着かない。だが、こうして見直してみると、自分が思っていたより細かいことをしていたのだと分かる。意識しなくてもそれがなんとなく分かってしまうのが、少し癪だった。


それでも核は綺麗に洗えた。


水の中で青白い光が澄み、表面の濁りが消え、指先に返る重さも悪くない。今日の素材はかなり上等だ。俺はその手応えに少しだけ満足しながら、次の核へ指を伸ばした。水の中で核はふわりと浮き、表面の膜がゆっくりほどける。指でつまむ時は爪を立てない。腹で包むように持ち、薄い膜だけを匙で外す。


「核表面の膜を除去していますか」


「全部は取らない。外側の汚れた膜だけだ。内側の薄い膜は残したほうが魔力が落ち着く」


「膜の層を見分けているのですか」


「見れば分かる。外は少し濁る。内側は光の通り方が違う」


「……なるほど」


アイスが本当に悔しそうに頷いた。珍しい顔だった。


洗った核は、白磁の皿へ並べる。スライム核は小さな玉に見えるが、よく見ると完全な球ではない。卵のようにわずかに偏りがあり、光を受けると中心に細い筋が見える。魔力の流れだ。状態のいい核は、その筋がゆっくり回るように揺れている。悪い核は筋が乱れ、濁りが出る。割れかけた核は、外側に白い亀裂が走る。そういうものは回復薬には使わず、外用薬や低出力の工業用安定液へ回す。


粘液は別に処理する。


広口瓶へ入れた粘液を、目の細かい布で一度濾す。布は乾いたものではなく、あらかじめ井戸水と青水花の薄い抽出液で湿らせておく。乾いた布を使うと粘液の細い魔力筋が布へ吸われるように絡み、仕上がりが重くなる。湿らせた布なら粘液が自分の重みでゆっくり落ち、土や苔の欠片だけが残る。落ちてきた粘液は皿の上で淡い青の膜を作り、傾けると水より遅く、油より素直に流れる。


「この粘度が大事なんだ」


俺はミーナに見せるように皿を少し傾けた。


「さらさらしすぎると、魔力を抱え込めない。重すぎると薬草と混ざらない。今日は少し粘るから、加熱を弱めにする」


「それを滴下速度で測ります」


アイスが横から細い管を差し出した。


「今やるのか」


「今やります。あなたの“少し粘る”を数値にします」


「俺の感覚がどんどん捕獲されていく」


「逃がしません」


怖いことを言うな。


粘液を細い管へ入れ、一定量が落ちる時間を測る。アイスは小さな砂時計を使い、ミーナは横で数字を書き取る。俺はその様子を見ながら、いつの間にか自分の工房が研究室へ半分侵食されていることに気づいた。釜と薬草と古い棚の間に、測定管、記録板、番号札が並んでいる。青ぷよ薬房は相変わらず青ぷよ薬房なのに、中身だけ少しずつ別物になっていく。



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