第23話 スライムキラーとは
「どうした」
俺がそう声をかけると、アイスはしばらく瞬きもせずに俺の手元を見つめ、それからようやく、革板を握る指に力を戻した。
「……今の工程を、もう一度説明してください」
「見てただろ」
「見ていました。確かに見ていましたが、視覚情報として追えただけで、処理が追いついていません。あなたは今、核の移動に合わせて外膜へ最小限の切れ目を入れ、内部粘液の流路を乱しすぎない位置で、核と粘液を分離しましたか」
「たぶんそうだな」
「たぶん?」
アイスの眉がぴくりと動いた。
「俺はいつも通りやっただけだ。核が沈みきる前に刃を入れて、粘液が暴れないように抜いて、割れないように拾った。それ以上のことはしてない」
「その“いつも通り”が問題なのです」
アイスは早口になりかけた自分を抑えるように、一度ゆっくり息を吸った。普段なら相手の返事を待たずに理論を積み上げていく彼女が、わざわざ呼吸を挟んだあたり、本当に驚いているらしい。驚き方まで理屈っぽいのは、まあ彼女らしいと言えば彼女らしい。
「通常、スライムは討伐時の衝撃で核に微細亀裂が入ります。核の亀裂は魔力保持率の低下、粘液劣化、不純物混入につながりますし、粘液側も外膜が大きく破れることで流路が乱れ、内部魔力が散ります。ところが今の採取では、外膜の破断点が核の魔力膜に接触していません。しかも粘液の流れを一度切っているのに、内部魔力がほとんど散っていない。これは素材採取技術として、かなり異常です」
「異常って言うな。慣れれば誰でもできる」
「慣れで済ませるには精度が高すぎます。少なくとも、今の動きは偶然では説明できません。核の移動、外膜の張り、粘液の戻り、この三つを同時に見ていたと考えるのが自然です」
「じゃあ、スライム相手だけは手先が器用なんだろ」
「それも説明として不十分です。手先の器用さだけでは、核の魔力膜に触れずに外膜だけを切る理由が説明できません」
「お前の満足する説明は、たぶん俺の中にないぞ。俺はスライムがこう動いたらこう採る、くらいの感覚でやってるだけだからな」
アイスは何か言い返そうとして、口を開きかけたまま閉じた。…珍しいな。雨でも降るのかと思って空を見たが、木々の隙間から見える空はよく晴れていた。アイスが黙るというのは、それだけで一種の異常気象である。薬師会に報告したら、きっと観測記録にも残るレアな事案だろう。
やがて彼女は革板へ素早く何かを書きつけ、さっきまでの呆然とした顔をいつもの冷えた好奇心の顔へ戻した。
「次をお願いします。今度は核の位置変化を重点的に観察します。できれば、刃を入れる直前に合図してください」
「お前、本当に学術遠足にする気だな」
「遠足ではありません。重要記録です。採取前の姿勢、警戒反応、跳躍後の核移動、外膜張力、破断位置、採取後の粘液状態、すべて記録対象です」
「俺は素材が欲しいだけなんだが」
「素材も増えます」
「……」
商売人というのは現金なもので、研究だの記録だのと言われると面倒に感じるが、素材が増えると言われると少しだけ足が前へ出る。俺は採取ナイフを布で拭い、核の入った小瓶を腰の革袋へ戻してから、小川沿いの湿った道をゆっくり歩き出した。アイスは少し後ろをついてきながら、周囲の苔や倒木、草の濡れ具合まで観察している。薬師会の研究生というより、森そのものを解剖する気でいるような目だった。そんな物騒な目で森を睨むな。スライムが怯えるだろうが。
小川沿いには、青スライムがさらに数匹いた。水気のある場所を好むせいか、雨上がりでもないのにこのあたりではよく見かける。二匹目は倒木の影に半分隠れていた個体で、表面の色がやや濃く、粘液の戻りも少し遅い。こういう個体は水分が少なく、粘りが強めに出ることが多い。回復薬の基材として使うには少し重いが、疲労軽減系には向いている。体に残る感じが穏やかで、薬草の成分を抱え込む力があるからだ。もちろん、これをアイスに説明するとまた「抱え込む、とは具体的に何を指しますか」と聞かれるので、今は黙っておいた。森の中でまで講義を始めると、俺のほうが先に干からびる可能性があるからな。
「今の個体は、最初のものと比べて外膜の戻りが遅いですね」
アイスが小声で言った。
「よく見てるな」
「濃度が高いのですか」
「たぶんな。疲労軽減用に使える。少し重い粘液は、薬草と合わせると持ちがいい」
「“持ちがいい”も後で定義してください」
「後でな。今は採る方が優先だ」
俺は二匹目も同じように、跳ねる直前ではなく、着地した直後の核が戻る一瞬を狙った。アイスが息を止める気配がしたが、今度は口を挟まなかった。学習が早いのは助かる。性格はともかく、観察者としては優秀なのだろう。採取した核は一匹目よりわずかに色が濃く、粘液は瓶の底で丸く留まる時間が長かった。収穫の内容としては悪くない。今日は当たりの日かもしれない。
三匹目は小さかった。
小川の縁に生えた柔らかい草の上で、まだ自分の体の重さに慣れていないように、ぽよ、ぽよ、と不器用に跳ねている。核も未成熟で光は薄く、体内の粘液もまだ安定していない。採ろうと思えば採れる。だが、採ったところで素材としては弱いし、何よりこういう小さい個体まで片っ端から狩ると、後々この場所のスライムの生息数が減ってしまう。商売をしているとどうしても目の前の素材だけを見てしまいそうになるが、森は商売人のためにある倉庫ではない。採れば減るし、減れば次に困る。スライム専門おっさんにも、それくらいの節度はある。
「見逃すのですか」
アイスが、草の上で頼りなく跳ねている小さなスライムを見ながら言った。
「あれはまだ小さい。核が育ってないし、粘液も薄い。採ったところで、まともな回復薬には使いにくいしな」
「採取効率を考えるなら、成熟個体のみを対象にする判断は合理的ですね。未成熟個体を残せば、後日の素材供給量も維持できます」
「理にかなってるというか、小さい魚を逃がすのと同じだ」
「スライムは魚ではありません」
「例えだよ。いちいち分類で刺してくるな」
「不正確な比喩は誤解を生みます」
「森の中でまで論文の査読をするな」
アイスは不満そうに眉を寄せたが、それ以上は何も言わなかった。たぶん頭の中では、未成熟個体の保全と素材供給の持続性について、やけに硬い見出しがついた記録が作られているのだろう。俺としては単に小さいのを採るのはもったいない、というだけの話なのだが、この子の手にかかると、朝の森でのちょっとした判断まで妙に立派な言葉にされてしまう。石ころだって、拾った瞬間に研究対象になりかねないから恐ろしいのだ。
四匹目は、少し厄介な場所にいた。苔の上ならまだいい。草の上でも構わない。だが、その個体は泥の混じった浅い水たまりの中で、のんきにぷよぷよ跳ねていた。こういう場所で雑に倒すと、外側の粘液に泥や腐葉土が混ざってしまう恐れがある。核だけなら洗えばどうにかなることもあるが、粘液のほうは後が面倒だ。濾す回数が増えるし、土臭さも残りやすい。素材として使えないわけではないものの、回復薬に回すより、外用薬や工業用の粘着材へ回したほうが無難な質になる。
「このまま採らないのですか」
「採るさ。ただし泥の中ではやらない。あそこで裂いたら後で俺が泣きながら濾すことになるから、注意しないと」
「濾過工程を増やせば処理可能では?」
「できることとやりたいことは別だ。余計な手間は、最初に避けられるなら避ける」
俺は水たまりの縁にしゃがみ、小さな石を一つ拾った。形は平たく、重さもほどほどだ。スライムへ当てるつもりはない。ほんの少し驚かせるだけでいい。俺は石を指先で軽く投げ、スライムの横の水面へ落とした。ぽちゃん、と小さな音がして、水面に輪が広がる。次の瞬間、スライムはびくりと全体を震わせ、音と振動から逃げるように反対側へ跳ねた。
着地点は、水たまりの外。
湿った苔の上。
そこならいい。
俺は一拍だけ待った。スライムが着地し、外膜が横へ広がり、粘液が遅れて流れ、核が一度下へ沈んでから反動で少し浮く。その一瞬に刃を入れる。膜を必要な分だけ開き、核を匙ですくい、広がりかけた粘液を泥につけないよう革袋から出した薄い布で受ける。布の上で粘液が丸くまとまり、泥を吸う前に瓶へ落とす。少し水気はあるが、十分使える状態だった。
「今のは誘導ですか」
アイスが、こちらの手元と水たまりを交互に見ながら言った。
「泥の中でやると汚れるからな。少し動いてもらった」
「石を落とした位置は、逃走方向を計算して決めたのですか」
「スライムは音と振動から離れる。逃げる先に湿った場所があれば、だいたいそっちへ行く。乾いた土の上より、苔の上のほうが跳ねやすいからな」
「それを無意識に判断しているのですか」
「いや、今のは意識してるぞ。泥が嫌だからな」
「理由が生活感に寄りすぎています」
「素材採取なんて生活の塊だろ。理論より先に、汚したら洗うのは俺なんだよ」
「……環境条件を利用した個体移動誘導、と記録します」
「ほら来た。俺の石ころ投げが急に学術顔になった」
「石ころ投げでは記録として粗すぎます」
「俺には十分なんだがな」
アイスは返事をせず、革板へ細かく何かを書きつけた。きっとそこには、泥を避けるために石を投げた、などとは書かれていないのだろう。環境刺激による移動誘導、湿潤苔面への着地点調整、採取時不純物混入防止。そんな感じの、読んだ瞬間に俺の行動が三割くらい偉そうに見える言葉が並んでいるに違いない。…無駄に分析チックなのはやめてほしい。俺はただ、後で濾すのが面倒だから石を投げただけなのだ。
採取は一時間ほど続いた。成果は、成熟した青スライム六匹分。やや色が濃く、疲労軽減系に向いた個体が二匹分。粘液だけなら薄めの外用に使えそうな若い個体の外膜を少量。ついでに、小川沿いで青水花と銀葉草も少し採れた。青水花は、冷たい水の近くに咲く淡い青の花で、花弁は薄く、指で触れるとすぐしおれるが、水に浸すとすっと清涼な香りが立つ。スライム粘液との相性がよく、回復薬の匂いを穏やかに整えてくれる。銀葉草は葉の裏が銀色に光る浄化系の薬草で乾かすと少し苦い匂いになるが、解毒薬や外用薬には欠かせない。どちらも青ぷよ薬房ではよく使う素材だ。
「青水花は、花弁の状態で分けないのですか」
「分けるぞ。開ききったのは香り付け、半開きのは回復系、つぼみに近いのは解毒に少し混ぜる」
「理由は」
「香りと苦味と、粘液に入れた時の馴染み方が違う」
「また感覚表現です」
「森の中で数値を出せるか。あとで水に浸した時の色でも見てくれ」
「それは記録価値があります」
「お前、本当に楽しそうだな」
「はい」
そこは否定しないのか。
帰り道、アイスはずっと黙っていた。普段なら、歩きながらでも「今の個体は外膜の張力が異なっていました」とか、「核の位置移動と跳躍高度に相関があるかもしれません」とか、こちらの足取りを重くするようなことを言ってくるのだが、今回はやけに静かだった。静かなのはありがたいのだが、彼女の沈黙は休憩ではなく、たいてい頭の中で恐ろしく細かい分類表が組み上がっている時間である。村の屋根が木々の向こうに見えてきたあたりで、案の定、彼女は言った。
「ロイドさん」
「なんだ」
「あなたのスライム採取は、討伐ではなく分離です」
「分離?」
俺が聞き返すと、アイスは革板に書き込んだ記録を指でなぞりながら、いつもの調子で淡々と説明を始めた。森の中を歩いている時くらい、もう少し景色や風の音を楽しんでもいいと思うのだが、この子にとっては木漏れ日も小川のせせらぎも、すべて観察条件の一部なのだろう。風流という言葉とは、あまり縁がなさそうである。
「はい。一般的な冒険者のスライム討伐は、対象の活動を停止させることが目的です。棒で叩く、剣で裂く、魔法で焼く。どれも魔物を倒すという意味では十分ですが、素材採取を兼ねるには衝撃が大きすぎます。核に微細亀裂が入り、粘液に不純物が混ざり、魔力保持率も下がる。つまり、討伐と同時に素材価値を壊しています」
「冒険者にそこまで求めるのは酷だろ。あいつらは倒すのが仕事で、スライムを綺麗に瓶詰めするために森へ入ってるわけじゃない」
「それは分かっています。だから比較対象として粗いと言っているだけです」
「言い方が相変わらず人に優しくないな」
「優しさで核の亀裂は減りません」
「たまに名言みたいな顔でひどいこと言うよな、お前」
アイスは気にした様子もなく、さらに続けた。
「あなたの場合、対象を破壊しているのではなく、外膜、粘液、核を、それぞれ機能を保ったまま切り分けています。刃を入れる位置は外膜の破断を最小限に抑え、核への衝撃を避け、粘液の流路を乱しすぎないよう調整されている。先ほどの水たまりの個体に対しては、採取前に泥を避けるため移動誘導まで行いました。これは魔物処理というより、生体素材の損傷制御に近いです」
「言葉が大きい」
「事実です」
「俺としては、スライムを倒して素材を取ってるだけなんだがな」
「その“だけ”が異常です」
最近、異常という言葉の価値がどんどん軽くなっている気がする。俺の周りでは、まるで日用品のように使われ始めるようになっている。異常な純度。異常な採取。異常な観察。異常な安売り。異常な工程。異常な価格感覚。異常なスライム核の扱い。ここまで毎日のように言われると、最初の頃にあった重みが薄れてきて、もはや「今日は天気がいいですね」と同じくらいの頻度で耳に入ってくるレベルだ。そろそろ誰か、俺に普通という言葉を返してくれないだろうか。できれば村の婆さんあたりに「まあ、ロイドは昔から普通に変だったよ」と言われるくらいの、生活感のある普通が欲しいのだが…
「毎度毎度“異常”とか言うな。いちいち大袈裟なんだよ。まじでこういうのは“慣れ”だから」
「慣れで説明できる範囲を超えています。少なくとも、記録可能な技術として整理する価値があります」
「整理したら、誰か真似できるのか?」
「すぐには無理です。ただ、どこが真似できず、どこなら訓練で補えるのかを切り分けることはできます。たとえば泥を避ける誘導や、未成熟個体を見逃す判断は教育可能です。核の揺れを読む部分は、現時点ではあなたの経験とスキル依存が大きいように見えます」
「スキル依存ねえ」
俺は腰に下げた素材瓶を軽く押さえながら前を歩いた。中では採ったばかりの核が小さく揺れている。知っての通り、俺が十五の時に授かった〈スライムキラー〉というスキルは、教会の鑑定板に出た時からずっと笑い話みたいな扱いだった。名前だけ見れば少し強そうだが、実際の説明は「スライム種に対する攻撃適性上昇」である。神様が俺の人生を説明するにしては、もう少し何か書き足してくれてもよかったと思うほどの短さだった。せめて「ただし使い方次第では将来ポーション屋として面倒なことになります」くらいの注意書きがあれば、俺も若い頃にもう少し慎重になったかもしれない。
当時の俺は、その説明を見て本気で落ち込んだのだ。剣士向けの身体強化でもなければ、魔法使い向けの属性適性でもない。治癒術でも鑑定眼でもない。よりにもよって、スライム相手にだけ強くなる。村の子どもでも棒でつつけば倒せるような相手に、わざわざ神様から「お前はこいつに強いぞ」と言われたわけである。ありがたいというより、何かの慰めに近かった。いや、慰めにもなっていなかった。神父は「スライム相手なら役に立つ」と言ってくれたが、その言葉は若い俺の胸にやさしく刺さった。やさしく刺さる刃物というのは、思ったより長く残るのだ。
けれど、長く使っているうちに分かってきたこともある。
〈スライムキラー〉は、単にスライムへ与える傷が増えるだけのスキルではなかった。少なくとも俺の場合はそうだった。スライムの体のどこに力を入れれば膜が裂け、どこを避ければ核へ衝撃が逃げないかが分かる。跳ねる前の粘液の寄り方、危険を感じた時の核の沈み方、逃げようとする個体が先に薄く膜を張る癖、雨上がりの若いスライムと、湿地で魔力を食った古いスライムの違い。そういう細かいものが、いつの間にか目に入るようになった。
最初から分かったわけではない。若い頃は俺も普通に失敗した。核を割ったこともあるし、粘液を泥だらけにしたこともある。勢い余ってスライムを真っ二つにして、素材どころか水溜まりみたいにしてしまったこともある。だが、不思議と失敗した理由は分かった。今の角度は深すぎた。あの瞬間は核が沈んでいた。あの個体は外膜が薄く、踏み込みの振動だけで粘液が乱れた。誰かに教えられたわけではないのに、失敗の手応えだけがやけに鮮明に残った。
そこから、少しずつ直していった。
刃を振るのではなく、通す。踏み込むのではなく、滑らせる。スライムを追うのではなく、跳ねた先で待つ。核を狙うのではなく、核が逃げる道を先に閉じる。そうやって何年もやっているうちに、俺のスライム狩りは、戦闘というより採取に近いものになっていった。倒すだけなら簡単だ。だが、素材として綺麗にいただくには、倒すより先に相手の形と流れを見なければならない。スライム相手にそんな真面目な顔をする冒険者はあまりいないので、たぶん俺は昔から少し変だったのだろう。
「スキルは、いつも意識して使っているんですか」
アイスが後ろから聞いてきた。
「いや、別に。スライムがいると勝手に体が反応する感じだな。核の位置とか、膜の張りとか、逃げる向きとか、そういうのが見えるというか、見える前に手が動くというか」
「常時発動型、もしくは対象認識に連動する補助知覚の可能性がありますね」
「お前が言うと、急に立派な能力みたいに聞こえるな」
「立派です。少なくとも、スライム素材の品質に直接影響しています」
「でも、スライムだけだぞ」
「“だけ”の範囲が深すぎるんです」
アイスはそう言って、俺の腰の素材瓶をじっと見た。
「普通の討伐系スキルなら、対象を効率よく殺す方向へ働きます。ですが、あなたの〈スライムキラー〉は、殺傷だけでなく、核位置の把握、外膜の弱点認識、魔力抜けの少ない切断、粘液汚染の回避まで結果として成立させています。少なくとも、現象だけ見れば“スライムを壊さずに殺す”方向へ最適化されている」
「壊さずに殺すって、嫌な言い方だな」
「素材採取としては最高の条件です」
「こっちは生活のためにやってるだけなんだが」
「生活のために続けた結果、技術として異常な水準になっています」
また異常だ。
俺は思わずため息をついた。若い頃に馬鹿にされたスキルが、今になって薬師会の研究生から真面目な顔で分析されているとはな。それでも、俺としては胸を張る気になれなかった。スライムしか相手にできないという事実は変わらないし、狼には逃げるし、ゴブリン三匹には今でも近づきたくない。オークなど見えた時点で人生の進路を反対方向へ切る。そんな男が、スライム相手にだけ妙に上手いからといって、いきなり自分を有能だと思えるほど単純ではなかった。
「あなたは、そのスキルを過小評価しすぎています」
アイスが言った。
「スライム相手にだけ強いスキルなんて、普通は過大評価しようがないだろ」
「戦闘能力としては限定的でも、素材採取能力として見れば極めて高い価値があります。少なくとも、あなたが今まで“外れ”と考えていた能力は、運用方法を変えれば資産です」
「資産って言われると急に税金の匂いがするからやめろ」
「実際、利益を生むなら課税対象です」
「ほら来た」
アイスは当然のような顔をしていた。こっちは森帰りで、腰にはスライム素材があり、靴には泥がつき、頭の中では今日の仕込みをどう組むか考えている。それなのに横から課税対象などと言われると、さっき採った青スライムの粘液まで急に帳簿の中身に見えてくる。まったく薬師会の研究生というのは、森の空気にまで書類の匂いを混ぜてくる生き物なのか。
「とにかく」
アイスは革板を閉じた。
「今日の採取は、かなり有益でした。あなたの技術は、単なる討伐技術ではなく、素材品質を保つための工程として記録すべきです。次回は、核の位置変化をもう少し正確に追います。可能なら、採取前後で魔力保持率も測定します」
「次回があることはもう決定なのか」
「当然です。一度で分かる内容ではありません」
「俺は朝の採取くらい静かにやりたいんだが」
「静かに記録します」
「そういう静かじゃない」
そんなやり取りをしながら村へ戻ると、青ぷよ薬房の前ではミーナが店先を片づけていた。午後の陽が傾き始め、古い木の看板に描かれた青いスライムが、相変わらず笑っているのか溶けているのか分からない顔でこちらを見下ろしている。店先にはもう客の姿はなく、扉の横には「本日分完売。明日午前より販売」と大きく書かれた札がかかっていた。大きく書くなと言った気もするが、見やすいことは大事である。俺は咄嗟に文句を飲み込んだ。成長したな、俺。




