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第21話 人間関係はだいたい非効率でできている



客への説明というものは、やる前から面倒だと分かっていて、実際にやってみると予想よりさらに面倒で、終わったあとには「分かっていたなら最初からもっと簡単に済ませる方法を考えておけ」と過去の自分を責めたくなる種類の仕事である。


朝、青ぷよ薬房の店先に新しい価格表と商品区分の札を出した時点で、俺はすでに少し帰りたくなっていた。自分の店の前に立っているのに帰りたくなるというのも妙な話なのだが、生活用簡易回復薬、一般冒険者向け回復薬、高純度回復薬、高純度疲労軽減薬、高純度解毒薬、契約納品分、研究提供分、試作品販売不可、といった木札がずらりと並んだ光景は、俺の知っている青ぷよ薬房というより、どこかの真面目な薬師会出張所みたいで、看板に描かれたへたくそな青スライムだけが場違いに笑っているように見えた。


「店主さん、顔がもう閉店後みたいになってますよ」


隣で整理券の束を持ったミーナが、俺の横顔を見上げながらそう言った。今日の彼女は赤い髪をいつもより高い位置で結び、腰のポーチには予備のラベルと小さな炭筆、さらに客の購入本数を記録するための薄い木板まで差している。村娘というより、もはや現場監督である。俺が釜を見ている間に、彼女はいったいどこまで進化するつもりなのだろうか。


「開店前から心が閉店してるだけだ。体はまだ店にいる」


「体だけでも店にいてくれるなら大丈夫です。説明は私も手伝いますから」


「お前が店主になったほうが早い気がしてきた」


「店主さんがいないとポーションが作れないので、そこは頑張ってください」


扉の外には、すでに十数人の客が並んでいた。以前のように朝から押し合いになっていないのは、やはり整理券制度のおかげであり、ミーナが昨日のうちに村の掲示板と店先へ「明日より販売区分と購入上限を変更します」と書いた札を出しておいてくれたからでもある。あれを見た村人の多くは「ああ、ロイドの店も大きくなったんだねえ」と妙にしみじみした顔をしていて、俺としては大きくなったというより、周囲から無理やり背中を押されて床板ごと伸ばされている気分なのだが、そこを説明すると長くなるので黙っておいた。


一番前にいたのは、常連の猟師バルドだった。肩に弓をかけ、腰に短剣を差し、相変わらず山からそのまま歩いてきたような匂いをまとっている。あいつは俺の店が混み始めてからも朝早く来ることが多く、理由を聞いたら「遅いと旅の連中に全部持っていかれる」と言われた。店主として非常に申し訳ない話である。


「ロイド、今日から値段が変わるって聞いたぞ」


「ああ。村の人向けの生活用は今までとあまり変えない。名前と本数だけ記録することになった」


「名前を書くのか?」


「そうしないと、外の商人が村人のふりをして買いに来た時に困るからな」


「俺が商人に見えるか?」


「見えない。山で熊と相撲してきた人間には見える」


「熊とは相撲しねえよ。勝てねえからな」


勝てる可能性を少し考えているあたりが猟師である。


俺は生活用簡易回復薬を一本取り、棚から出す前に札の番号と日付を確認した。これまでなら「ほらよ」で済ませていたところを、瓶の底に貼った小さな管理札を見て、ミーナが木板にバルドの名前を書き込み、購入数の欄へ一本と記す。たったそれだけのことなのにずいぶん店らしくなった気がするし、同時にずいぶん面倒な店になった気もする。


「ちなみに、こっちの高純度ってやつは何が違うんだ?」


バルドが別棚に並んだ少し濃い青の瓶を指さした。


「効きが強い。傷が深い時や、山奥へ行く時向けだ。普段の擦り傷や筋肉痛に使うには少し過剰だから、必要な時だけにしてくれ」


「過剰ってことは、飲んだら若返るか?」


「若返らない。若返ったら俺が先に飲んでるだろ?」


「それもそうだな」


納得するな。そこは少し慰めてくれてもいいだろう。


次に来た若い冒険者は、価格表を見た途端に目を丸くした。以前なら銅貨で買えていた通常回復薬が、外部冒険者向けでは銀貨単位になっているのだから無理もない。俺の心もまだ少し丸くなっている。自分で書いた値段なのに、棚を見るたびに「高くないか」と思うのだから、商売人として成長が遅い。


「銀貨二枚ですか……?」


「薬師会で品質を見てもらった結果、今までの値段が安すぎたらしい。生活用と違って冒険用は保存管理と品質確認を分けているから、その分も入っている」


「いえ、あの、文句じゃなくて……前が安すぎたので、むしろ安心しました」


「客に安心される値上げって何なんだろうな」


「前の値段だと、正直、何か裏があるのかと思ってました」


「裏はない。俺の相場知識がなかっただけだ」


「それ、店主さんが言うと少し不安になりますね」


正直に言っても不安にされるとは。客商売というのは本当に難しいな。


急な値上げを行った後も大きな揉め事は起きなかった。常連は「まあロイドが決めたなら」と受け入れ、外部冒険者の多くは薬師会確認済みという言葉で納得し、商人らしい顔をした客は値段を見てむしろ興味深そうに頷いた。高くなったと文句を言う者がいなかったわけではないが、ミーナが笑顔で「村内生活価格は村民登録者向けです。外部販売分は品質保証と管理費を含みます」と説明すると、だいたいの者は引き下がった。あの子は柔らかい声で相手の退路を礼儀正しく塞ぐ才能があるんだ。俺も少しは見習わないといけない。


昼前には店頭に出していた一般販売分の大半が売れた。価格を上げたのだから多少は売れ行きが落ちるかと思っていた俺の見込みは、またしても外れた。高純度回復薬に至っては、以前より本数が少ないぶん早く消えた。値段が上がると買われなくなるものだろうと勝手に思っていたのだが、どうやら「高いならちゃんとしたものなのだろう」と受け取る者もいるらしい。……全く、今までの俺の考え方や価値観というものはほとんどあてにならないものばかりだ。田舎者だからと言われればそれまでだが。


「店主さん、高純度回復薬、店頭分は残り三本です」


ミーナが在庫表を見ながら言った。


「早すぎないか?」


「価格を上げても売れましたね」


「もはや嬉しいより怖い感情の方が勝つな」


「怖くても売上は売上です」


「商業組合側の人間みたいなことを言うなよ」


「クラウスさんの資料がすごく分かりやすかったので」


あの干し肉みたいな顔の男は、村娘まで商売の現実へ引き込んでいるらしい。恐ろしい影響力である。


「補充はできるのですか?」


店の奥から、アイスが記録板を持ったまま顔を出した。彼女は朝からほとんど店頭には出ず、作業場側で瓶番号と保存棚の対応を確認していた。客に出したら何を言うか分からないから奥にいてもらった、というのが半分。残りの半分は、本人が「接客は非効率です」と言ったからである。非効率で済ませるな。人間関係はだいたい非効率でできているんだぞ。


「素材が足りない。昨日採った分は騎士団納品分と研究提供分でほとんど回した」


「では、採取ですね」


「そうなるな」


「同行します」


「嫌だ」


反射で答えた。


アイスの眉がわずかに動いた。


「なぜですか」


「お前を森へ連れていくと、スライム一匹を採るだけで観察、測定、記録、仮説、質問が山ほど出る。俺は素材を採りに行くのであって、学術遠足をするわけじゃない」


「あなたのスライム討伐と素材採取工程は、現時点で最重要観察対象です。工房内の調合だけ記録しても、素材段階の変数が不明なら再現性の検証ができません」


「ほら、もう長い」


「必要な説明です」


「俺は必要な素材だけ欲しい」


「その素材が、なぜ高純度を保っているのかを確認する必要があります」


正論なのが毎回腹立たしい。


スライム素材の品質が他と違う理由は、たしかに採取段階にあるのかもしれない。薬師会の鑑定でも、核の損傷の少なさが異常だと言われた。アイスがそこを見たがるのは当然だ。俺としても自分の作業を見られるのは落ち着かないが、今後人を増やすなら、いずれ説明しなければならないことでもある。


「……分かった。ただし、森で騒ぐな。スライムが逃げるからな」


「スライムは騒音に敏感なのですか」


「そういう意味じゃない。お前が質問を始めると俺の集中力が逃げるんだ」


「それはあなたの集中力の問題です」


「森に置いていくぞ」


「観察記録が取れなくなります」


「困るのお前だけじゃないか」


ミーナが笑いをこらえながら、採取用の革袋と空の素材瓶を持ってきた。


「私は店の片づけと在庫表を見ていますね。店主さん、今日から採取した素材にも番号を振るんですよね?」


「振るらしいな」


「らしいではなく、振ります」


アイスが即座に訂正した。


「採取日、採取場所、個体色、核径、粘液量、使用用途の予定まで記録します」


「スライムを狩るだけで戸籍を作る気か」


「素材履歴です」


「名前をつけないだけましか」


「必要なら識別名もつけます」


「絶対に必要ない」


俺は採取道具を肩にかけ、裏口から外へ出た。正面から出ると客に捕まるからだ。これは決して逃げではない。れっきとした作戦である。商売人にも退路は必要なのだ。


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